
【連載】「任閑遊」八 松井正樹
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5月の大型連休が終わって以降、全国的な傾向として、天候不順の日々が続いているようである。お天気キャスターの方々もそのようにコメントされているけれど、“日本列島の屋根”とも称される松本市に在住している私は身をもって感じている。急に夏日が出現したかと思うと、すぐに冬場の寒風が舞い戻ってくるのだ。
だから、冬服から春夏物に切り替えるタイミングが未だに分からなくて、つい最近まで、長袖シャツにジャンバーを羽織るというスタイルで市内を彷徨していた。多少の汗はかくけれど、これも、山々が緑色に芽吹いてくるこの時期に今季3度目となる風邪にだけには罹りたくないという健気な思いがそうさせたのであった。
それでも、周辺の方々の多くから風邪の症状を訴えられる声が届くようになり、最終的に私自身も罹患した。
発熱は軽微であったが、鼻詰まり、鼻水、咳等の症状が尋常ではなく、堪らず近隣の耳鼻咽喉科を受診した。
この医院は、大正時代に建てられたようなレトロな西洋風建築物だったので、玄関前の歩道を散歩で通り過ぎるたびに『いつかは、受診してみたいな』と憧れを抱いていた。それが実現しているという喜びに浸りつつ、三代続くというこの医院の待合室で待機していると、
『現在、解熱・咳止め・抗アレルギーの薬品が品薄状態であり、一部は在庫切れになっております』
との張り紙が目に入ってきた。これは、いわゆる医療崩壊の初期症状ではないか、社会秩序の崩壊とはこのように忍び寄ってくるものなのかと、不安を通り越して、この身に及ぶ不運に舌打ちしてしまった。
「あ~、副鼻腔がやられてますね。鼻水の塊が喉から気管の方に流れ落ちてます」
「あの~、咳がひどくて、寝ていられないのですが」
「だから、気管が刺激を感じて咳を誘発しています。肺に異物が侵入しないように」
「そうですか、それで、お薬はあるのでしょうか。大丈夫ですか」
「今朝まとまって入荷がありましてね。咳止めと抗生剤を1週間分出しましょう」
よかった。何か、幸運の女神に助けられたような晴れ晴れとした気分になって、途中で古本屋に立ち寄りグダグダしながら帰宅することができた。
何でもないことだけど、ラッキーと思われる断片(かけら)を拾っていくことで少しばかりの幸福感を味わえることに気づいてきた。
このような考え方にシフトしてきたのも、大型連休を挟んだここ一ケ月程の得難い経験によるところが大きい。
私の目の前には、運も不運も、幸も不幸も交互に時に不規則に登場してくるようなのだ。だからどう考えても、マイナスはやり過ごし、プラスだけを大切に蓄えていく姿勢を貫くことがお得なのである。天啓ともなるのだ。
同居人に「本当におめでたいわね」と陰口をたたかれようが、気にする必要はない。
*
それより少し前に、一通の封書が我が家に届いた。差出人を確認すると、蘭亭書道展事務局とある。『あ~、そうだった』と記憶が戻った。過ぎること2月に第37回蘭亭書道展(主催;朝日新聞、朝日カルチャーセンター)宛に篆刻一点を応募していたのだった。恐らく、『厳正なる審査の結果、残念ながら・・・』であろうと、未開封のまま机上に置いたままにしていたが、気にならないわけでもない。
一週間くらい経ったころ、このままでは気になっていかんと思い、中に目を通した。
驚いて、何回か読み返してしまったが、役員部門で3位に当たる「王羲之大賞」に選定されたとのことであった。これまでは、一般会員として10回ほど連続して応募して、3回は特別賞を受賞した経験はあるけど、選外のケースが当たり前のように多かったし、役員になってしまえば、強豪ぞろいの中でとても無理だろうと踏んでいたのである。嬉しい誤算であった。幸運ともいえる。
直後、『あ、いかん』と体内時計の非常ベルが鳴って、慌てて師匠に電話で報告することになった。
「何かついているよね。まあ、数多いる書家の端くれになったということかな」
「先生のご指導のお陰です。でも、びっくりです。まぐれですね」
「毛筆作品が多い中、篆刻が選定されて良かったよ。よく貢献してくれた」
「とんでもないです。まだまだ、迷いばかりです。アハハ・・・」
そして、急遽予定変更して、福岡市美術館で開催される授賞式に出席することとし、大型連休が始まる土曜・日曜、群れ成す雑踏に揉まれながら、福岡・松本間を往復することになった。改めて本当にラッキーだったと感じた。
大きな疲労を抱えて帰還し、ぐったりした感覚のまま仏壇前に座り込んで、ご先祖様に報告した。終わりに、『些細なことで結構ですから、ラッキーが続きますように』とお願いもした。近くの神社の方が良かったかもしれないが、浄土にいる連中が話を通してくれることを期待した。
*
大型連休の中盤、アマチュアのクラシック愛好家が集う音楽発表会に参加した。
この発表会を主宰する先生(声楽家)とは縁があって、私が趣味として続ける下手なサックス演奏も聞いてもらったこともあったが、特別に参加してはどうかとのお誘いを受けたのだ。
「時には、ジャズっぽい曲を聴くのもいいのよ。気軽な気持ちで参加してくださいな」
「チャンスがあれば吹きまくるのが信条ですから。でも、上達はしてないですよ」
「皆さん趣味ですから。もう一曲はヴォーカルでお願いします。響の良いホールなのよ」
「え~、ハイ、やってみます。伴奏はどなたですか」
「市内でピアノ講師されている方にお願いしてます。腕は一流ですよ」
「逆に、ご迷惑かけるかも。一度、リハーサルさせてください」
と口にした瞬間、不思議な勢いに乗って安請け合いしている展開に愕然とした。何の根拠もなく、長年クラシック音楽を嗜んできた愛好家の実力を舐めている自分が情けなく、背中から冷汗が流れてきた。後悔してももう遅いと観念して、せめてゲスト扱いになるのだけは丁重にお断りし、飛び入り参加という形で出演することで納得いただいた。もちろん、参加費用は負担することになるが、これで少し気が楽になった。
当日は、午前10時頃に会場(塩尻レザンホール)に到着し、ステージに登壇して直前リハーサルを行った。皆さんとても上手である。ピアノ演奏の方、独唱の方、コーラスグループなどなど、プロはだしの堂々としたリハーサル光景であった。例のピアノ講師の方はクールな面持ちで待ち構えていた。
「私は譜面通り弾きますから、2コーラス目からフリーに入ってきてくださいね」
「はい、わかりました。セッションとは雰囲気違うので、緊張しますね」
「いつものように演奏されてください。楽しくやりましょう」
「はい。メロディーフェイクも入れて、精一杯、ジャズっぽさを出してみます」
強がりを含んだ他愛ない会話を交わして、一通り重奏してみた。2曲通して所要10分程度であったが、お目出たいことに本番でも上手くいきそうな錯覚に陥った。ステージ・リハーサル恐るべしである。
本番はプログラムの流れのままに、アッという間に過ぎ去った。特に失敗してフリーズすることもなかったので、まあ良かった。
発表会が終了して、記念撮影のために全員でステージに集合して並んだ時、隣のご婦人から話しかけられた。
「あの真っすぐ伸びきった形のサックスの音、初めて聴きました」
「ソプラノサックスっていいます。高音域が出るタイプですね」
「綺麗な音が出るんですね。曲に合ってましたね」
「恐れ入ります。ヤマハ製のゴールド塗装バージョンなので、音はこなれているかも」
もっと、マシな受け答えをするべきだったと、帰宅中のマイカーの中で大いに反省した。ご婦人が発言された趣旨は楽器自体のことではなかったのだ。偶然に隣に立ち並んだ相手の演奏を懸命に思い起こして、どこか良いところがなかったかと必死に拾ってくれたのだ。
なんとも有難いことではないか。やはり、ついている。そう確信して、この日もラッキーだったと自分に言い聞かせた。そして、ご利益も確実に到来していると得心した。
―令和7年6月上旬―
【挿図】「海印三昧」筆者自刻
出典は華厳経。『海印三昧』とは、静かに横たわる大海の水面に真理が映し出されるような、最高の禅定のことを指します。釈尊が華厳経の説法をする時に、自然とその状態に入られたとされてます。
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【題字】「任閑遊」筆者自刻 60×60mm
出典は碧厳録です。碧厳録第64則の一節に「長安城裏 任閑遊」とあります。「(禅家の師弟が旅の途中に)長安城を訪問し、特に用事もなく暇だったので、二人して街中をゆっくりと散策して楽しむ」という意味になりますが、解説書によると、長安城裏は悟りの世界を意味しているとありました。悟りの境地を得た人々は、何事もこだわりなく自由自在に振舞い楽しむことを日常とするということでしょうか。個人的には、師弟仲良くという雰囲気が好きなところです。
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(c) Masaki Matsui
【著者プロフィール】
松井正樹(まつい・まさき)。昭和29年北九州市生まれ。元国土交通省下水道部長。現在、松井技術士事務所代表。合気道稽古人(五段)、ジャズ・マニア(レコード蒐集、サックス演奏、ヴォーカル)、篆書・篆刻を嗜む。信州松本市在住。
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【連載目録】
其の壱 バケットリスト事始め 2024.9
其の弐 終わりなき稽古、いつまでやるのか 2024.10
其の参 愉しきは古稀同窓会 2024.11
其の四 未知なる世界への越境 2025.1
其の五 セッション魔王になれるか? 2025.2
其の六 老い行くコレクターの選択 2025.3
その七 友を見送る 2025.4