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【連載】「任閑遊」二十 松井正樹

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任閑遊

其の廿

アルプスおろし、到来する

松井正樹

(元国交省下水道部長・松井技術士事務所代表)

やっと夏の猛暑から解放されたかと思った矢先、急な用事で敢行した福岡旅行を終えて帰宅したその夜、突如高熱を発してしまった。明日は一日ゆっくり静養しようと決めて、その日は市販の解熱薬を服用して、早々に床についた。10時間ぐらいぐっすりと眠り込んで目を覚ましたら、少しすっきりしている。体温も37度くらいまで低下していたので、奇跡的な早期改善を確信し、なんかご機嫌な気分に浸ることとなった。

「何、お目出度いことを考えているのよ。今季、インフルエンザは大流行ですよ」
「でも、ほぼ平熱まで下がっているし、今日明日静養すればいけると思うけど」
「感染症かなんかで孫たちにうつしでもしたらどうするのよ。病院に行ってください」
「え~、それもリスクあるよな。かえって、感染してしまうかも」
「それって、医療制度を否定している発言ね。なんのために、医院はあるの?」

仕方なく、渋々ながらの気持ちで近くの耳鼻咽喉科(大正時代に建築された洋館のような古風な診療所)を訪問した。先生は新任の方でテキパキと診断していくタイプであった。

「喉が少し赤いですね。まあ風邪ということでしょう」
「インフルエンザか新型コロナか、検査してもらえませんか? 家内がやかましくて」
「高熱が一日で解消していますから、そんな感染症ではないです。必要ありませんよ。最近、特に夜間は冷え込んでいますから、自律神経が不安定になる方が多いです」
「そうですよね。一応、風邪薬は出してください。ぶり返しが心配ですから」

家内の言う通りにやると、碌なことは無いと再確認した。帰宅して、病院での問答を隠さず説明して、当初の予定通り、二三日ゆっくり過ごすことで自然治癒を図る方針に同意が得られることになった。
「どうして内科に行かなかったの? 検査ぐらいはしてくれたわよ」という彼女の捨てセリフは空虚に部屋に響いた。内科は検査好きの先生ばかりなのだ。

*

9月中旬に一通の封書が届いた。某県立美術館の事業部からであった。しばらく考えて、ハッとした。初夏に作品公募に応じて、篆刻作品を出品したことを思い出したのである。『今頃、何だろう』と不思議に思いながら開封してみて、さらに驚いた。あの作品が入賞していたのである。表彰式への出席要請書も添えてあった。

篆刻趣味も10年程度経過しているので、5回ほど入選(作品は美術展で展示される)したことはあったが、表彰対象となる入賞は2回目である。しかも、今回は提出時点から何ら手応えを感じておらず、入選・入賞への期待は皆無であった。

とりあえず、師匠に連絡した。

「あの~、県展ですけど、何とか入賞したみたいです。ご指導有難うございました」
「ああ、審査委員から聞いているよ。よかったね。技量としては上手な人もいたようだけど、印影の落ち着きと額装を含めた全体のバランスが良かったらしいね」
「そうですか。自分じゃ分かりませんけれど、ラッキーだったみたいです」
「表彰式には来てくれますか。その後の祝賀会で挨拶してくださいね」
「‥‥は、はい。行くようにします。額装は業者さんの功績ですね。皆さんに感謝です」

航空チケットは完売だったので、JR利用にならざるを得ず、朝一番のバスで松本駅に行き、特急『しなの』と新幹線『のぞみ』を乗り継いで博多駅まで移動し、それから地下鉄で式典会場まで辿り着いた。式典開始の5分前であった。

祝賀会では、県内書道界の全社中の主要メンバーが集合し、平素は作品と号名で知り合う関係であるが、実際に対面して人となりを実感する機会となり、中学校卒業生の同窓会に近い雰囲気と化して、興味深い交流の場となった。

A氏「今日の午前中は陸上競技の大会に出て、それから駆けつけてきました」
B氏「夫婦で50年続けています。ボケ防止に効きますよ。止めちゃだめですよ」
C氏「高校講師を今年で卒業です。私の生徒さんと書家の名跡巡りをやっていきます」

皆さん個性豊かでお喋り好きで、お酒も料理も平らげて、一期一会になる可能性の高いこの場を堪能されていた。でも、集中して揮毫されると凄い作品を残される方々、私はこのギャップ感を好感もって受け入れながら、高揚感から発すると思われた少しばかりの発熱を実感した。

*

10月に入って、松本市合気道連盟の交流演武会が開催されることになった。この事実を知ったのは10日程前の稽古の時で、『え、準備する時間が足りない』との切迫感が私の脳裏をかすめた。市内の8道場が集って順番に演武を披露していくことになるが、単なる道場紹介だけではなく、ランキング決定大会の意味合いも含まれていることは誰もが心得ている。

まずは、当道場の出演者と組み合わせを決めないといけない。そして、直前の稽古日には模擬演武を経験しておく必要がある。師範は口にこそ出さないが、稽古人がどのように対応するか密かに観察しておられるに違いない。

「皆さん、演武会に参加する人は挙手してください。弐段以上は原則参加ですけど」
Ⅾ氏「免許更新を予定していますが、開始時刻に間に合うかどうか微妙です」
「確定させてください。朝一番で受付けするとか、更新日を変更するとか」
E氏「組む相手の方が見つかりません。斡旋していただけますか」
「同段位の御本人同士の了解が必要です。まずは、各自で探してみてください」
F氏「本番まで時間がないので、松井さんで仮の組み合わせを考えてみてください」
「そうですね。今日のメンバーでしたら4組ぐらい想定できます。あとは次回で修正しましょう」

このあと、私自身の出張用務もあって一度稽古を休みにしたら、参加希望者の追加もあり、組み合わせが大幅に変更されることになった。私の想定案は白紙となったが、それはそれで良い方向に進んでいるので、そのLINEの報告に『OK』で返信した。私は同段者G氏と組んで最後の登場となり、若年者の彼が受け役をするということで了解が成立したが、事前の合わせが3日前の稽古の日のみとなった。その日もお互いの体捌きの癖や受け身のタイミングなどを確認して終了してしまい、具体的な技出しは当日に持ち越されることになったのだ。切迫感どころではない。まあ、儘あることではあるけれど。

いよいよ演武会当日が訪れた。年齢のせいかもしれないが、不思議と落ち着いている。これが良き兆候とは限らない。『松井さん、サイン出してくださいね。その通り打ち込みますから』『ああ、ゆっくりと確実に決めていこう』と話し合っていたので、その記憶を頼りに市立武道館道場の中央に進み出た。

どんなサインだったっけ?

この年齢に達すると、直前記憶はすぐに泡のように消えてしまうのだ。
多くの視線を浴びてしまうと、どうしても肉体が硬直感に包まれる。お互いの眼光が尋常ではない殺気を宿してくる。瞬時に『まずい』と感じたが、もはや相互の重心が移動し始めているから、この流れで行くしかないと割り切った。想定通りの技は最初の3本だけであった。自分のペースでやや強引に、G氏の疲労具合を気にしながら、2分ぐらいの演武が終了した。彼には申し訳ない気持ちが湧き上がったが、怪我することなく、破綻なく演武をこなせたから何よりであったと納得した。

演武会が閉会してから、師範や仲間に挨拶し、更衣室が満員だったので道着のまま徒歩で帰宅の道についた。夕刻ともなると、北アルプスから到来する秋風が寒さを運んでくる。心地良い冷感ではあったが、道着の汗がまだ乾ききっていないままだったのが油断であったと思う。やがて肌が粟立ち微かな痙攣が自覚されてきたので、急ぎ足で自宅まで駆け込んだ。シャワーを浴びて大汗を流してから検温すると、微熱モードになっているのに驚いた。本能的に、この事態急変を甘く見てはいけないと感じた。薬箱を探し始めた私の行動を奇異に感じたのか、家内は勝ち誇ったようなニヤニヤ表情から少しばかりの心配顔に豹変していった。私はこれには反応することなく、当たり前のように耳鼻咽喉科でもらった風邪薬を服用して、早々に寝室に移動した。そして、今度は優良患者に徹して、しっかりと宅内静養することを決心したのである。

―令和8年10月中旬―



【題字】「任閑遊」筆者自刻


(c) Masaki Matsui

【著者プロフィール】

松井正樹(まつい・まさき)。昭和29年北九州市生まれ。元国土交通省下水道部長。現在、松井技術士事務所代表。合気道稽古人(五段)、ジャズ・マニア(レコード蒐集、サックス演奏、ヴォーカル)、篆書・篆刻を嗜む。信州松本市在住。

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