【連載】「任閑遊」十四 松井正樹
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其の十四
寒風は吹き抜ける
松井正樹
(元国交省下水道部長・松井技術士事務所代表)
さすがに、寒波が到来した時の信州の厳しさは格別である。松本は盆地であるから、積雪に悩まされる事態を未だ経験していないが、零下近い寒風が北アルプスから吹き下りてくると、九州生まれの我が一家は観念してしまう。『今は出るべきではない。家籠りに限る』となる。この2月も、そのスタンスで乗り切ろうと予定していたが、どうしても外出せねばならない用務が出現した。
まずは、誠に有難いことに、一般財団法人松本市スポーツ協会なる由緒ある団体から表彰を頂くことになったのである。
この協会は主に社会人を対象としたスポーツ振興に尽力されており、陸上、テニス、サッカー、スキー、武道(柔道、剣道、空手、合気道、弓道)、ダンスなどの社会人団体を傘下に置いている。顕彰には、功労表彰(全国シニア大会での高位入賞者など)と精励表彰(長年活動を継続している方など)があって、私の場合は後者である。選考基準を見てみると20年程度以上の経験が基本条件とあり、私の場合、松本に移転してから3年程度なので、どうもおかしいと感じた。それで、内示をいただいて暫くして、道場長に相談してみた。
「あの件ですけど、松本でまだ3年ですから、早過ぎませんか?」
「え~、合気道はもう30年近く続けてますよね。だったら、問題ないです」
「でも、趣旨からすると、地元での活動が評価されるのではないでしょうか」
「いえ、合気道では地元優先はしませんから。難しいこと言わず、貰ってくださいよ」
こんなやり取りもあって、2月中旬某日、冠雪残る悪路を転ばぬようゆっくり歩いて、表彰会場である松本駅前のホテルに参上した。
表彰式では、協会長である市長を筆頭に、市会議員、市幹部が壇上に臨席されており、荘厳な雰囲気が演出されていて、私も神妙な面持ちで手交いただく順番を待つことになった。
少しばかりの緊張感と高揚感に包まれて、不思議なことに、他の競技の列席者との一体感が自然と体内から湧きだしてきた。『表彰貰えて、良かったな』とこの日の幸運を受け入れた。
*
授賞式の後は祝賀会となって、大広間の中の指定された円卓の一席に着座した。
右隣は松本合気道協会理事長を務める方。私より年下であるけれど、自力で道場開設したガッツある人物なのだ。仕事と合気道、どっちが本業か分からないほど、これに賭けている。腕っぷしが私の倍くらいの太さである。羨ましいと言うよりも『ある種の尊さ』を感じた。無形の技法を世代を越えて伝承させていくには、このような情熱家が不可欠なのである。二人の会話は弾んで、打ち揃って市長や市議会議長の席まで表敬挨拶に出向いた。想定外の行動であった。
左隣は社交ダンス協会の重鎮というご老人。少し異質ながらお洒落なオーラを振りまいている。若い頃は競技ダンスにも参加して、派手に踊りまくっていたという話を淡々となされて、私も興味深く聞かせていただいた。
「でもね。この趣味を始める時、ダンスか合気道、どっちをとるか悩んだんだよ」
「ペアで型稽古を繰り返していく点では、共通点ありますよね。女性も多いですし」
「踊りはあらゆる原点だからね。そっちに行っちゃった。今からやれるかな」
「70歳で入門される方もいます。その方は3年続けていて来月には昇段審査受けます」
「そうか・・・ 90歳になっちゃうな。お迎えが来るよ。欲張りはいかんね」
社交ダンス界のご意見番として超然とされておられれば良かろうと思うのだけれど、このご老人の関心事は別の世界へとはみ出している。人の欲の深さと同根かもしれないが、今でも未知なるものへの憧憬を抱えておられる。でも、やがて迫り来る『知足』の境地の手前で、こんな貪欲な生き方もあると思った。
しばらくして、少し酔いの回ったご婦人達が重鎮の周辺に集まってきた。皆さん姿勢もよく、足腰もしっかりされていて、機関銃のようにお喋りを繰り出してきた。円卓が一挙に華やいだ。席を離れてこの光景を眺めてみて、社交ダンスにトライするのもいいかもと率直に感じてしまった。
*
2月下旬の連休の中日に「サックス教室の発表会」をするからと、突然の通知が舞い込んできた。そのサックス師匠からのメールには、一人5曲演奏するようにとあり、リズムセクションは即席ながら地元プロの方が担当されるとのこと。そして、最後に『存分に楽しみましょう』とあった。さすがに、ジャズサックス奏者としてブリブリ言わせてきたキャリアが有無を言わせない迫力となっている。
『楽器は人前で披露してこそ上達する』という真理を信奉する私にとって、これは『渡りに船』である。これまでも、セッション酒場への参入も含めて、あらゆる機会を貪欲に拾いあげてきた私にとって、特大のプレゼントであった。早速に譜面の準備をし、愛機のコンディションも調整して、演奏曲をYouTubeで聞き込んではイメージ作りに没頭することにした。もっとも、この努力が報われるかどうかは、神のみぞ知るところではある。
師匠はとても上機嫌であった。抗がん剤で治療中の高齢者にはとても見えない。
「皆さん、よく集まってくれました。8名の参加ですから、面白くなると思います」
「演歌系3名、ポップス系3名、ジャズ系2名ですね。重ならないように登壇ください」
楽器店の大きな練習スペースが会場なので、天井は低くて吸音効果も乏しく、あれこれ苦情も言いたいけど、そんな余裕のあるライブではない。観客は同伴家族のみ。会場に呑まれる恐怖感は無いけど、自分の発する音がダイレクトに聴こえ過ぎるのだ。少しばかりの拍子や音程のズレが自分自身を鋭く攻撃してくる。これは、ライブ感覚養成のレッスンなのだと思い直すことにした。必ずミスはある。それに執着しないことだ。
「松井さん。一曲目は指馴らしも兼ねて、お得意のナンバーを。楽な気持ちで」
「いや~、そこが難しいのです。『お得意』というのがプレッシャーになります」
「『ジェントル・レイン』だったら、ボサノバらしく、小雨の浜辺を歩く気分で」
「どうしても力入ってしまうんです。集中豪雨になりますね。そんな時もあるでしょ」
「『キャラバン』でしたら、砂漠を疾走するイメージですね。抜けてください」
「抜けるって? 先生も共演してください。アルトも加わってもらって、走りましょう」
師匠からのコメントは的を射たものではあったが、演奏直前に言われても、こちらが固まってしまう。これも承知の上での所業であったかもしれない。しかし、トリで演奏した『キャラバン』では3人のサックス奏者(ソプラノ、アルト、テナー)が壇上に並んで、3管スタイルでのユニゾン演奏になったので、少ない聴衆ではあったが大いに拍手を頂戴した。
3時間を越えるライブレッスンは何とか終了して、心地よい疲労感を持ち帰ることとなった。生演奏では“素”の自分が出てしまう。この時のセルフコントロールが肝要なところである。“素”の自分は、封印しておきたい、もう一人の自分であろう。歓迎するものでは無いが、消滅もさせられない。仲良くするしかないのかと思った。聴衆の一人として長時間着座していた家内は、「皆さん、吐き出していたわね。いいことね。あなたは、その顔だし目立ち過ぎ!」と批評してくれた。いつもより優しさに包まれていた。救われた気分になった。
会場を出て、歩道の脇で固まった結氷を何気なく踏みつけた。クチャッと割れこむでもなく冷徹に反力を返してきた。滑ってしまうところだったと身構えて、夕焼け気味の西空を眺めた。赤く染まりかけた北アルプスからの寒風は、なんら容赦することなく、私の体温を奪っていくのだった。

独座大雄峰
(筆者自刻)
―令和8年3月上旬―
【題字】「任閑遊」筆者自刻
(c) Masaki Matsui
【著者プロフィール】
松井正樹(まつい・まさき)。昭和29年北九州市生まれ。元国土交通省下水道部長。現在、松井技術士事務所代表。合気道稽古人(五段)、ジャズ・マニア(レコード蒐集、サックス演奏、ヴォーカル)、篆書・篆刻を嗜む。信州松本市在住。