上下水道政策は、国家安全保障・日本経済成長戦略に貢献
今こそ、「攻めの上下水道行政」を
Ⅰ.はじめに
Ⅱ.「攻め」とは何か
Ⅲ.上下水道行政における「攻め」のポイント
(1)世界の情勢を読む
(2)日本政府の重要政策とのベクトルの一致を活かす、シンクロさせる
(3)国民ファースト、カスタマーファースト
(4)進め方として、初期段階からの「他省庁との深い連携・協働」が必須
(5)自治体の声を聴き、深い連携をとることが必須
(6)国民・民間・学・政・官(国・自治体)の連携が必須
Ⅳ.「攻めの上下水道行政」
Ⅳ-1. 下水サーベイランス
Ⅳ-2. データセンター(AX)に下水処理水を
Ⅳ-3. 上下水道料金の格差是正
Ⅳ-4. エネルギー自立・創出
Ⅳ-5. 肥料創造
Ⅳ-6. ドローン
Ⅴ.おわりに
Ⅰ. はじめに
先日、5月18日月曜日の午後、尾身茂先生(元新型コロナウイルス感染症対策分科会会長、日本下水サーベイランス協会特別顧問)を先頭に、「全国下水サーベイランス推進協議会」と「日本下水サーベイランス協会」の合同で、田村憲久自由民主党政務調査会会長代行のところへ、「下水サーベイランスの社会実装の推進」の提案に行ってきました。提案そのものは、十分にご理解をいただき、有意義なものとなりましたが、私に、強く印象に残ったのは、田村先生の次の言葉でした。
「尾身先生、今日午前、自民党内で、私が代表の『攻めの予防医療に関する関係合同会議』で、『攻めの予防医療』について、熱心な議論をしました。『下水サーベイランス』は、まさに『攻めの予防医療』そのものと言えますね。」
「攻め」という言葉が、強烈に頭に残りました。
ここ数年の上下水道行政は、外的要因に対し、その時点その時点で対応してきた「受け身の上下水道行政」でした。急に降ってきた上下水道一体化、能登半島地震、八潮の道路陥没事故に代表されます。いずれも、強烈な外からのパンチでしたので、その対応だけで、大変でした。その対応の集大成として、現在、下水道法等の大改正案が審議されており、5月22日には、衆議院の国土交通委員会で可決されました。今日までの政府の対応は、さすがだったと思います。
しかし、未来に向けては、このままでよいとは決して思いません。今からでも決して遅くはありません。「攻めの上下水道行政」を考え、実行しなければなりません。
自民党と政府で、「攻めの予防医療」について、真剣に議論しているのは、昨年10月24日の高市総理就任時の所信表明演説で、高市総理が「攻めの予防医療を」と表明したことによります。高市総理は、政治・行政全般に対し、常に、「攻め」を強く意識しておられるトップです。
Ⅱ.「攻め」とは何か
「攻め」とは何か。私は、次のように考えています。
「外からの要因・外からの切迫事象への対応でなく、自分から仕掛けていくこと」
じっと待っていて、何かが起こったら、それに対応するのではなく、日ごろから360度、世界の動き・日本の大きな課題をウォッチし、自ら動くことです。動き方には、「攻め」と「守り」があります。自ら動くとき、決して、「攻撃」だけでなく、「自ら守る」こともあると思います。私の言う「攻め」は、「自ら先に動く」ことであり、「自ら先導的に守る」ことも入ります。ですから、私の言う「攻め」の反対語は「受け身」です。本稿のタイトルが「『受け身の上下水道』から『攻めの上下水道』へ」となっているのは、そのためです。
Ⅲ. 上下水道行政における「攻め」のポイント(攻めの基本姿勢・方向性・戦略)
上下水道行政に限らず、国家行政における「攻め」にあたっては、以下の基本姿勢・方向性・戦略が重要です。
(1)世界の情勢を読む
国家行政における「攻め」にあたっては、世界情勢を読むことが必須です。現時点では、イラン情勢、ロシア・ウクライナ情勢、米中の動き、生成AIからAIエージェントへの進展等のAX(AIを中心としたトランスフォーメーション。今や、DXでなくAXです。)等が情勢の要です。ここから発生する問題としては、ホルムズ海峡問題からくる今後のエネルギー問題、肥料の逼迫化から来る今後の食糧問題、バイオテロ対応、AX社会への対応等です。後述するように、多くの分野で、上下水道の貢献は大きく拡大するでしょう。
(2)日本政府の重要政策とのベクトルの一致を活かす、シンクロさせる
高市総理の「日本成長戦略会議」の17の戦略分野に注目です。17の分野のうち、「AI・半導体」、「デジタル・サイバーセキュリティ」、「情報通信」、「防衛産業」、「海洋」、「造船」、「マテリアル」、「合成生物学・バイオ」、「創薬・先端医療」、「資源・エネルギー・安全保障・GX」、「フードテック」、「防災・国土強靱化」の12分野で、上下水道は大きく関与・貢献できる可能性があります。
(3)国民ファースト、カスタマーファースト
上下水道は、「国民の命と健康と暮らしを守る」インフラです。主役は、カスタマーでもある「国民」です。「攻め」を考える時、これが基本・ベースにあるべきです。
今後の「上下水道の攻め」にあたって、昨年の八潮の事故が契機となり、国民に広く、上下水道の老朽化等の現実、上下水道が日々果たしている役割の重要性(上下水道が使えなくなったら国民生活がどうなるのか。)、上下水道経営の実態等を、知ってもらえたのは、本当に大きなことでした。今後の「攻め」にとって、とても、重要なことです。
(4)進め方として、初期段階からの「他省庁との深い連携・協働」が必須
受け身の時は、国土交通省で、待っていればよかったかもしれません。自ら攻めていくにあたっては、初期段階から、他省庁との深い連携・協働が必須です。特に、官邸、内閣官房、財務省、総務省、経済産業省、厚生労働省、農林水産省との連携は、重要です。国土交通省自ら、他省庁に対して、働きかけ、動くべきです。
私は、「下水サーベイランスの社会実装の推進」で、ここ数年、関係省庁等を回ってきた中、省庁間連携・省庁間対話の重要性を痛感しました。
(5)自治体の声を聴き、深い連携をとることが必須
上下水道インフラの事業主体は、自治体です。主経営者(CEO)・主執行者(COO)である自治体の声を平素から常に聴き、初期段階から、深い連携をとることが大事です。
(6)国民・民間・学・政・官(国・自治体)の連携が必須
国民ファーストの考え方をベースに、国民、民間企業、民間団体、大学、研究機関、政治(国会)、自治体、他省庁との連携が重要です。
Ⅳ.「攻めの上下水道行政」
Ⅳ-1.下水サーベイランス――国家安全保障への貢献。下水道は情報インフラ。情報を売る
下水サーベイランスは、下水中の病原体等を測定することにより、都市・地域の感染状況を集団レベルで検知し把握することができる「街の健康診断」ともいえるものです。
下水サーベイランスを社会実装することにより、感染状況を、より早く、より客観的に、かつ効率よく把握でき、地域における効果的な感染症対策や市民の感染対策行動の変容に繋げることができます。医療物資・人材等の効率的配分等により保健所・医療機関の負担軽減に寄与します。感染情報の活用が社会経済活動への影響を軽減します。
今後、新たな変異株や未知の感染症の発生も懸念されています。こうした必ず将来やってくるパンデミックへの早期対応に対して、下水サーベイランスは、極めて有効です。次なるパンデミックが襲来する前のこの平時に、全国の下水サーベイランス観測網(モニタリング網)を構築し、備える必要があります。パンデミックは、平均して10年に一回、襲来しており、2020年の新型コロナウイルスの発生から6年たった今、残された時間はありません。2003年のSARS、2009年の新型インフルエンザ(H1N1)の教訓を活かせなかった我が国は、二度と同じ誤りを繰り返してはいけません。
感染症対策は、国家安全保障の重要政策です。下水サーベイランスは、感染症対策の中で最も効果的手段の一つです。その点から、下水サーベイランスは、国家安全保障政策の柱の一つともいえるものです。下水サーベイランスは、バイオテロ対策にも有効であり、国家の防衛政策の一端を担う手段です。
世界では、EU約1300か所、米国約1400か所等、72か国約4700か所で下水サーベイランスが実施されています。それに比べ、日本は全国でわずか27処理場でのみと、大きく立ち遅れています。
こうした国家安全保障の一端を担う下水サーベイランスの社会実装に、今後、国土交通省が積極的に関与するべきではないかと考えています。
「下水道インフラの新たな価値創造」として、また下水道法の目的に「公衆衛生向上への寄与」が明記されていることを考えると、もっと積極的に国土交通省が関与すべきと考えます。EUでは、昨年1月1日から、EU下水道法において、EUのすべての加盟国に対し、下水サーベイランスの実施が義務付けられています。EUの公衆衛生法や感染症法でなく、下水道法で義務付けられていることに注目です。
現時点で、厚生労働省も、国土交通省と連携を組んで、下水サーベイランスの社会実装を進めたいと望んでいます。両省における連携・対話により、我が国の感染症に対する国家安全保障政策が一気に進み、国民の命・健康・くらしに大いに貢献することが期待されます。これぞ、前述した「攻め」の方向性とぴったり一致します。
このように、下水道インフラは、街の健康状況を把握する「情報インフラ」です。この「街の健康情報」は、天気予報のように、将来、ビジネスに繋がる可能性があります。下水道事業の収入源の一つになる可能性があります。
Ⅳ-2.データセンター(AX)に下水処理水を――AXに下水道は大きく貢献する可能性。水を売る
ここにきて、AIの急速な発展・拡大(AX: AIを中心としたトランスフォーメーション)に伴う世界中におけるデータセンターの設置時の冷却水確保のための水問題がクローズアップされてきています。下水道の散歩道の前回第79回でも、私も、「日本成長戦略会議」に関連して、データセンターへの下水処理水の活用をコメントしました。
生成AI、AIエージェントの発展に伴い、AX関係のデータセンターの設置は、我が国でも、加速度的に広まるでしょう。世界では、現在、11,000箇所の大型データセンターがあります(このうち日本は250箇所です)。2030年までに、このデータセンターの数は、世界で2倍になると試算されています。近い将来、我が国でも、現在の250箇所のデータセンターの数は、オーダーの違う数、必要になるでしょう。その時、冷却水の水源として、上水や地下水は、極めて、問題があるでしょう。現在余っている工業用水道の水は、補填には、役立ちますが、地域的偏りもあり、全国的な貢献にはならないでしょう。その時、注目されるのは、将来ともサステナブルに確保できる下水処理水であることは間違いありません。
しかし、データセンターの膨大な冷却水への下水処理水又は下水の再利用は、種々の課題があり、そう簡単ではありません。
代表的な課題としては、以下が挙げられます。
①データセンター設置予定地と近隣の下水処理水発生場所の位置関係
距離が離れている場合、処理水を遠距離圧送するのは、管路建設費・維持管理上、無理があります。
②処理水の水質とデータセンターの求める水質の調整
データセンターの求める処理レベルと、下水処理場の処理水質の調整と、その負担論が課題となります。冷却水は、そう高度な処理水質を求めないとしても、データセンター内の冷却配管への劣化対応等、デリケートな問題があります。
こうした課題に対応して、膨大な冷却水用に、下水処理水を的確に最大限活用してもらうためには、まさに、「攻めの上下水道行政」が必須です。
できるだけ早期に、国土交通省、経済産業省、内閣官房等で連携した「データセンターにおける水の確保・下水処理水の活用の検討会」を立ち上げ、立地場所を民間企業だけに任せず、国をあげて、AXに対応することが必要です。下水処理場の隣接地、処理場内空地への立地促進、処理場での太陽光・風力・バイオによる発電との連携、どうしても処理場から離れている場合に下水道の途中から下水を抜き出して活用する「Sewer Mining サテライト下水道」の検討、上水道を利用せざるを得ない場合の料金等条件設定、こうしたことを政府をあげて、連携し、都市計画等と調整して、必要な事項は制度化するのです。「データセンター設置管理法」を制定し、その中で上記事項を制度化するのも悪くないかもしれません。
早急に、国土交通省側から「攻めの行政」を展開すべきと思います。と言いますのも、この膨大な冷却水需要を下水道として、取り込むことができれば、下水道会計にとって、大きな恒常的安定的収入になります。水を売るのです。
さらに、この収入は、膨大となる可能性がありますが、それを所在都市の収入とするだけでなく、半分は、国家収入とするという考え方ができるかもしれません。この国家収入で、全国の上下水道料金の格差是正を行うのです(下記参照)。まさに、知恵の出しどころで、「攻めの上下水道政策」そのものです。
Ⅳ-3.上下水道料金の格差是正――国策として仕組みを作るべき。収入の全国プール
全国の上下水道料金の自治体格差はひどすぎると思います。国民ファーストの課題として、真っ先に対応すべきと思います。格差是正のための手法・道筋を国会・各省庁・自治体・学・民間等で早急に検討すべきと考えます。「攻め」の行政で検討いただきたいと思います。
現在、水道料金8倍、下水道使用料6倍の自治体格差があります。是正は喫緊の課題です。従来の延長線の考え方から脱却すべきでしょう。
手法としては、①上記の全国的に確保できる可能性のある恒常的安定的収入の半分を国家で新設する下水道特定財源会計に納入いただく。その財源を活用して、全国の格差是正を図る、②将来的には、都道府県を超えた上下水道事業の超広域化経営により、地域格差是正をはかる――等があると考えます。
Ⅳ-4.エネルギー自立・創出――BXも活用。電気を売る
イラン情勢から再びクローズアップされてきた「エネルギー問題」対応のために上下水道分野でも、徹底的な省エネ・創エネを一から考えるべきと思います。水処理方式も一から見直すべきではないでしょうか。処理場敷地内の太陽光発電・風力発電・微生物燃料電池発電等も徹底的に図るべきでしょう。目標として、処理場等施設ごとのエネルギー自立化を義務付けるべきではないかと思います。エネルギー自立でなく、将来はエネルギー供給基地となる施策、そしてその技術開発が求められます。技術開発においては、「微生物燃料電池」の実用化等、BX(バイオ・トランスフォーメーション)の活用も重要です。このテーマも、「攻めの上下水道」の代表格的テーマです。
Ⅳ-5.肥料創造――リンはより本格的に。肥料を売る
イラン情勢関連で化学肥料の逼迫が激しくなっています。下水汚泥の肥料化、とくに、堆肥化ではなく、農家等の利用者の抵抗もない下水及び下水汚泥からの「リンの抽出」等は、本格的に強化する必要があると思います。化学肥料価格に一喜一憂せず、恒久的・継続的な対応が必要です。これも、重要な「攻めの上下水道」のテーマです。
Ⅳ-6.ドローン――より進化した点検ドローンへ
八潮の陥没事故、その後の男鹿・行田の事故を踏まえ、中大規模の下水道管路の点検における「No Entry」は、共通のあるべき姿となっています。その中で、今後の点検において、ドローンの活用は、必須でしょう。現在、一気に、多くのドローンが出てきています。今後、飛行安定性、操作の安易さ、飛行時間、ガス検知器等付属機器の充実性、照明の明るさ等の点検のしやすさ、画像の精度、管路内の3Dマップの作成機能等将来の管路管理デジタルデータ作成への対応度等、幅広い評価基準から見たドローンの評価が急がれると思います。全国で一気に点検が進みますが、この際、点検だけでなく、上述したように、管路のデジタル3Dデータの収集・管理を同時に行い、管路のたるみ・変形等を計測・管理し、将来の点検・保守・改築に繋げることを、国土交通省として、方向づけることが重要と思います。これも、「下水道行政の攻め」であると思います。
Ⅴ.おわりに
5月24日の夕刻、東京有明で開催された「渡辺貞夫オーケストラ2026公演」に行ってきました。「ナベサダ」さんは、93歳ですが、そのサックスの音は、相変わらず、素晴らしいものでした。全く、音量の衰えはありません。アンコールにも、応えられていました。驚きの連続でした。誰もまねができない、93歳のサックス。それでも、まだ、「攻めておられる」のを感じました。さらなる進化を目指して、攻めておられるように感じました。
「攻めの上下水道行政」、いまは、その絶好の機だと思います。他の社会インフラにはない、多くの特徴・素晴らしいポテンシャルを上下水道は持っています。上下水道界あげて、「受け身の上下水道」から「攻めの上下水道」に脱皮を図り、輝かしい上下水道の未来を一緒に構築していこうではありませんか。
2026年(令和8年)5月記
【筆者略歴】(やと・よしひこ)東京大学工学部都市工学科卒業。建設省入省。1987年西ドイツカールスルーエ大学客員研究員、その後、京都府下水道課長、建設省下水道部下水道事業調整官、東北地方整備局企画部長、国交省下水道事業課長、国交省下水道部長、日本下水道事業団理事長(公募による選任)、㈱NJS取締役技師長兼開発本部長等を歴任。2022年3月より㈱NJSエグゼクティブ・アドバイザー(常任特別顧問)、現在に至る。他に(一社)日本下水サーベイランス協会副会長、(公財)河川財団評議員等を務めている。技術士(上下水道部門(下水道))。著書に「21世紀の水インフラ戦略(理工図書 書き下ろし)」がある。