——上下水道クライシスからの復活の鍵は、「受け身からの脱却」・「過去踏襲主義からの脱却」・「蛸壺からの脱却」——
——後半戦で議論していただきたい事項10——
Ⅰ.上下水道クライシスからの復活
昨年1月28日に発生した八潮の道路陥没事故から一年超が経過しました。事故後の昨年2月21日に設置された国土交通省主催の「下水道等に起因する大規模な道路陥没事故を踏まえた対策検討委員会(委員長家田仁政策研究大学院大学特別教授)」の最終第3次提言も、「5つの道すじ」とともに、昨年12月1日に金子国土交通大臣に手交されました。また、昨年3月14日に設置された埼玉県主催の「八潮市で発生した道路陥没事故に関する原因究明委員会(委員長藤野陽三城西大学学長)」も、本年2月19日、一定の新たな見解も含む最終報告を発表しました。
一見、一区切りのように見えますが、八潮の事故後の昨年3月7日に男鹿市で発生し3名の方が亡くなった制水弁室マンホール内の死亡事故、8月2日に行田市で発生した八潮の事故を受けた全国特別重点調査中の硫化水素による死亡事故、水道管老朽化による大規模な漏水事故の頻発と、上下水道界における事故がまだまだ多発しています。先日3月11日に大阪梅田で発生した下水道鋼管の道路上13mまでの隆起事故も、一歩間違えれば、大惨事になるところでした。昨年7月10日に横浜市で起きた「エアハンマー」によるマンホール蓋の飛散も、すぐ横を通っていたオートバイが危うく巻き込まれるところでした。こうした「ヒヤリハット」が相次いでいます。
こうした中、国民は、上下水道に対し、多くの不安を抱えています。「地下の事故と言えば、いつも、「上下水道」ばかりですね」、「他の地下インフラの地下鉄、電力ケーブル、通信線、共同溝、地下道路、地下街、地下河川等では、あまり事故は聞きませんね」。こういった印象を国民は持っています。もちろん、敷設延長が大きく違います。単純に比較はできません。
八潮以降の一年で、国民の方々に、都市の地下に張り巡らされている上下水道の敷設実態、上下水道の老朽化の現状、上下水道が止まったらいかに国民生活に影響を与えるかという上下水道の重要性、都市の下水道インフラは代替不可能なこと等について、理解を頂いたことは、本当に大きなことでした。また、それを受け、国家予算等の配慮もしばらく続くでしょう。
しかし、負の意味での「上下水道クライシス」が起こっていることは事実です。上下水道界挙げて、「上下水道クライシス」からの復活をめざさなくてはなりません。
上下水道界の方々の中には、八潮の事故が起きて、上下水道が注目されて、予算がついて活気が出てきた、こんな考えだけの方も少なくないのではないでしょうか。
上記の発生事象に国が事後的に一生懸命対応しているのはわかります。今国会へ提出する予定の改正下水道法によっても多くの法改正が予定されており、上下水道界は前に進んでいます。しかし、何か、足らない気がします。常に「受け身」なのです。
ここ数年の上下水道行政における注目すべき大きな政策は、2022年9月の「化学肥料価格高騰を受けての下水汚泥肥料の大々的活用への岸田総理指示」、2023年6月の「ウォーターPPPによる官民連携政策の打ち出し」、2024年1月以降の「能登半島地震を受けての上下水道耐震化・地震対策」、2024年4月の「上下水道行政一体化」、2025年1月以降の「八潮道路陥没事故を受けての上下水道老朽化・強靭化対策」の5点と私は考えています。これらはすべて、外からの指示により、または、地震・事故等の外的要因に対する対応として打ちだされた政策です。自らが未来を俯瞰し、自ら提案・実現した政策ではありません。「ウォーターPPP」も、「税金でなく民の資金の活用を」という外部からの提示によるものです。
Ⅱ.「受け身からの脱却」を目指して
3月10日夕刻、総理官邸で、「第3回日本(にっぽん)成長戦略会議」が高市総理出席のもと、開催されました。その中で、昨年11月10日の第1回日本成長戦略会議で提示された17の戦略分野ごとに、「61の主要な製品・技術」、さらにその中で「先行させる27の製品・技術」の提示がなされました。下表に示します。
【表】17の戦略分野における主要な製品・技術リスト(会議当日資料を基に谷戸作成)
当日の会議資料で、この選定は、「各戦略分野において、国内の経済安全保障等の様々なリスク低減の必要性、海外市場の獲得可能性、関係技術の革新性等の観点から官民投資を優先的に支援することが必要と考えられる主要な製品・技術等を戦略的に選定した」とされています。また、「今後の議論・検討を踏まえ、追加等もあり得る。」とされています。
これは、非常に重要な情報です。この「日本成長戦略会議」の答申が今後の高市内閣の政策立案の核となり、6月の「骨太の方針」に繋がり、8月末の令和9年度概算要求に反映されるからです。
こうした具体的な製品・技術の提示原案は、経済産業省と内閣官房で策定されています。今後、日本成長戦略会議の答申までの間、上下水道界として、種々の方面より、関与・コミットしていく必要があります。こうした取り組みが、「受け身」でない「ポジティブな対応」です。
具体的に、上記表の中に取り込める上下水道関係の技術を挙げます。
- 1の半導体に、半導体関連の上水の確保施策、半導体排水処理技術 を追加
- 2の④のデータセンターの項に、データセンターの冷却水に下水処理水を活用する施策を追加
- 7の①の海洋無人機に上下水道分野で開発した水中ドローン技術を追加
- 10の①のバイオものづくりに、合成生物学・バイオ・AX(AIトランスフォーメーション)を活用した水処理・汚泥処理技術のイノベーションを追加
- 10の①のバイオものづくりに、「微生物燃料電池技術」を追加
- 11の②の感染症対応製品と併せて、「感染症対応技術」を追加。具体的には、日本が世界一の「下水サーベイランス技術」を追加。
- 12のGX関連技術として、⑧CO2を削減する低炭素型高機能コンクリートを追加
- 12のGX関連技術として、「微生物燃料電池技術」を追加
- 15の①防災技術に、全速全水位型ポンプゲートシステムを代表例として追加
- 表にはないが、分野横断的課題の「新技術立国」の項に、上下水道分野で日本が世界に誇る技術を有する「管路更生技術」、「管路の推進工法技術」、「下水サーベイランス技術」を表記
(表: pdfファイル, 244kb)
このように、「受け身」・「後始末」でなく、日本政府の大きな方向性とシンクロさせながら、上下水道行政を進めていくことが重要です。
Ⅲ.上下水道クライシスからの復活の鍵は、「受け身からの脱却」・「過去踏襲主義からの脱却」・「蛸壺からの脱却」の三つ
受け身からの脱却について、具体的な方向性をⅡ.で具体事例で述べました。
「上下水道クライシスからの復活」においては、「受け身からの脱却」の他、「過去踏襲主義からの脱却」と「蛸壺からの脱却」が必須です。
現在、上下水道界では、毎年行われるイベント、種々の業界団体の総会、国会議員等への提案活動、毎年開催される講演会等において、企画段階から、前年のコピペから、スタートしています。上下水道を取り巻く社会情勢・経済情勢・政治情勢は、大きく変化しています。こうしたときに、過去踏襲主義・前例踏襲主義では、通用しません。一から発想を変える、変えようとする機運が大事です。
また、「上下水道の論理だけで考える」、「上下水道関係者だけで考える」という「蛸壺からの脱却」も重要です。
以上の「受け身からの脱却」・「過去踏襲主義からの脱却」・「蛸壺からの脱却」の三つの脱却がないと、上下水道界の未来は厳しいと思います。
Ⅳ.「上下水道政策の基本的なあり方検討会」の後半戦に期待する—後半戦で議論いただきたいこと
3月18日から、「第2次とりまとめ」後の、「上下水道政策の基本的なあり方検討会」の後半戦がスタートします。上記で述べた「受け身からの脱却」・「過去踏襲主義からの脱却」・「蛸壺からの脱却」の三つの脱却を意識しつつ、「上下水道の未来ビジョン」策定に向けての内容の濃い議論を期待したいと思います。
何より、マイナスをゼロにする後追い的な受け身の政策だけでなく、ポジティブ・アグレッシブで、上下水道関係者が元気になる、また、若者が上下水道界を目指そうとする政策を打ち出していただきたいと思います。
一方では、「上下水道の一体化・統合化」のような上下水道界の一部の方々にとっては厳しい話であっても、国民にとって大きな利益になる政策を勇気を持って、打ち出していただきたいと思います。
また、議題や提案内容について、国だけで決めず、国民等の幅広い意見を率直に受け入れる柔軟な対応で、議論を進めていただきたいと思います。
具体的な提示として、私が期待している「議論いただきたい事項10項目」を以下に述べたいと思います。
- 上水道と下水道の一体化・統合化のあるべき姿は。その道筋は
・国土交通省に上水道行政が移った後、二年間、具体的な動きがありません。国土交通省に上下水道行政が一体化された効果が見えていません。 - 全国の上下水道料金の自治体格差はひどすぎる。格差是正のための手法や如何に。その道筋は
・水道料金8倍、下水道使用料6倍の自治体格差是正は喫緊の課題です。従来の延長線の考え方から脱却すべきです。 - イラン情勢から再びクローズアップされてきた「エネルギー問題」対応のために上下水道分野でも、徹底的な省エネ・創エネを一から考えるべきではないか。水処理方式も一から見直すべきではないか。処理場等施設ごとのエネルギー自立化を義務付けるべきではないか
・3月18日以降、あり方検討会で、本格的議論をすべきです。エネルギー自立でなく、将来はエネルギー供給基地となる施策・技術開発が求められます。 - イラン情勢関連で化学肥料の原料となる尿素の逼迫がおこっている。下水道システムから、尿素を創出することを考える必要があるか。化学肥料高騰が再び発生。下水汚泥の肥料化、リン抽出等は、引き続き強化する必要があるのではないか
・今後とも、化学肥料価格に一喜一憂せず、恒久的・継続的な対応が必要です。 - 都道府県を超えた上下水道事業の超広域化の必要はないか。もし、実施するとしたらその手法、道筋は
・全国を地方整備局単位の10ブロックにする案はいかがか。もし、そうした場合、その運営主体、官民関係の議論が必要です。 - 上下水道事業の一部直轄事業化は考えられないか
・直轄による新技術の先導的・試験的導入の意義、また、国に技術・経験ノウハウを蓄積する意義はあると考えます。 - 50年以上の経験ノウハウ・実績・人材・技術を有する日本下水道事業団の活用のあり方如何
・上下水道事業団はいかがか。浄水場・配水池等、上水道分野で、箱もの構造物の本格的改築が今後急増する中、自治体にとっては期待大の政策と考えます。 - 超大都市の上下水道部局の役割・あり方如何
・技術力、人材力、財政力を有する超大都市の上下水道部局が自らの組織を超えて果たすべき役割如何。この議論はとても大切です。 - 下水サーベイランスの社会実装に、国土交通省が積極的に関与するべきではないか
・日本における下水サーベイランスの社会実装が強く求められています。「下水道インフラの新たな価値創造」として、また下水道法の目的に「公衆衛生向上への寄与」が明記されていることを考えると、もっと積極的に国土交通省が関与すべきと考えます。 - 全国でDXを進めるにあたり、支障となっている事項を取り除くべきではないか
・具体的には、ベンダーロックイン等の問題があります。
国におきましては、こうした重要テーマを、是非、あり方検討会の議論の俎上に乗せ、真摯で真剣な議論をしていただきたいと考えています。
Ⅴ.おわりに
一か月程前、某業界誌の企画で、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会長として2020年以来3年にわたり、我が国の新型コロナウイルス対策の総指揮をされてきた尾身茂さん(現結核予防会理事長)と、鼎談をさせていただきました。その中で、私の「3年間にわたる大変な日々の中で、専門家として、当時、『これだけは守る』と、核として大切にされてきたものは何だったのでしょうか」という質問に対し、尾身さんは、「科学者として、誰にも忖度をせず、たとえ煙たがられたとしても、しっかり提言することを一貫して大切にしていました。」と答えられました。強く、心を打たれました。忖度しない矜持・忖度しない毅然とした姿勢、これは、人生のあらゆる局面で、最も大切なことだと思います。忖度なく、真実を把握し、真実を明らかにして、対処を考える。忖度のない真実の追求がないと、一歩も進みません。現在の上下水道界にとって、もっとも、大事な言葉だと思いました。上下水道界挙げて、上下水道クライシスからの復活を図っていきたいものです。
2026年(令和8年)3月記
【筆者略歴】(やと・よしひこ)東京大学工学部都市工学科卒業。建設省入省。1987年西ドイツカールスルーエ大学客員研究員、その後、京都府下水道課長、建設省下水道部下水道事業調整官、東北地方整備局企画部長、国交省下水道事業課長、国交省下水道部長、日本下水道事業団理事長(公募による選任)、㈱NJS取締役技師長兼開発本部長等を歴任。2022年3月より㈱NJSエグゼクティブ・アドバイザー(常任特別顧問)、現在に至る。他に(一社)日本下水サーベイランス協会副会長、(公財)河川財団評議員等を務めている。技術士(上下水道部門(下水道))。著書に「21世紀の水インフラ戦略(理工図書 書き下ろし)」がある。
