Ⅰ.「上下水道クライシスを越えて、次のステージに向かう上下水道インフラ」その未来へ向けての考え方・政策、11の提案
1.上下水道界だけで考える思考からの脱却――「国家的上下水道コンソーシアム」の立ち上げ
2.下水道は、街づくりの一手段――上下水道インフラ施設だけで考える思考からの脱却を
3.国民目線(カスタマー目線)で上下水道インフラの未来を考える
4.下水道は、「都市の健康診断」に資する強力な情報インフラ
5.「全国の上下水道料金格差の解消」は、国民目線から考えたとき、最も大きな課題
6.「上下水道運営・経営の超広域化」が上下水道インフラの多くの課題を解決する。最適規模は、地方整備局単位ではないか
7.インフラメンテナンスにおける群マネにおいては上下水道中心の群マネが望ましい
8.上下水道政策の最優先課題は「生命・健康を守る」・「国民のため」・「日本の国益を守る」の三点
9.上下水道関連、四つの国土強靱化
10.国民が上下水道に求めているものが直近20年変わってきていることを認識すべき
11.現在は、我々が歴史上初めて経験する第一回目の上下水道インフラ本格的改築更新期
Ⅰ.「上下水道クライシスを越えて、次のステージに向かう上下水道インフラ」その未来へ向けての考え方・政策、11の提案
10月21日、高市内閣が発足しました。私は、新しい内閣総理大臣就任時点において、上下水道インフラへの国民の関心がこれほど高いことは、かつてなかったのではないかと考えています。昨年1月1日の能登半島地震発災、4月1日の上下水道行政の67年ぶりの一体化、今年1月28日の八潮市道路陥没事故の発生、が契機です。
時あたかも、昨年11月29日には、国土交通省において、「上下水道政策の基本的なあり方検討会」がスタートしました。「第一次とりまとめ」が発表され、「第二次とりまとめ」も近く発出される予定です。検討会の最終の結論は、将来の「上下水道ビジョンの策定」、「水道法・下水道法の改正」等に繋がるでしょう。
また、八潮市の道路陥没事故を踏まえて、三つの委員会、即ち、「復旧工法検討委員会(埼玉県主催。委員長森田日大教授)、「下水道等に起因する大規模な道路陥没事故を踏まえた対策検討委員会(国土交通省主催、委員長家田東大教授)」、「八潮市で発生した道路陥没事故に関する原因究明委員会(埼玉県主催、委員長藤野城西大学学長)」が活発に動いています。家田委員会の第3次提言(案)も提示されています。石井上下水道審議官のリーダーシップのもと、国土交通省上下水道審議官グループの皆さんは、的確に次々と新たな上下水道行政の布石を打ち、将来への礎を築いておられます。
こうした中、上下水道インフラ政策について、国民の関心は非常に高くなっていると感じています。私の肌感覚では、これだけ上下水道インフラに国民の関心が集まるのは、日本中が主に生活排水による水質汚濁に見舞われ、下水道法で下水(汚水)は下水処理場で処理して公共用水域に放流しなくてはならないという下水処理の義務付けがやっとなされた昭和45年(1970年)の公害国会の年以来、55年ぶりです。
本稿では、現在議論されている「上下水道政策の基本的なあり方検討会とりまとめ」、「家田委員会答申」、「令和8年度予算要求」等を踏まえ、さらにステップアップ・バージョンアップするための11の「考え方」・「政策」を提案したいと思います。
なお、「下水道の散歩道・下水道インフラの未来への提案」は、この半年、第74回から前回第76回まで、対談シリーズということで、後藤田正純徳島県知事、田村憲久衆議院議員、森田弘昭日本大学教授に、ご登場いただき、上下水道インフラの未来について、幅広い観点から意見を頂く形で、対談をしてきました。今回の第77回の提案のあと、第78回以降は、対談シリーズと提案を状況に応じて適宜掲載し、進めていきたいと考えています。よろしくお願いします。
現時点において、「上下水道政策の基本的なあり方検討会」等で、まだ深く議論されていない内容を中心に新たな提案を以下に述べたいと思います。
Ⅱ.上下水道だけで考える思考からの脱却に向けた3つの提案
1.上下水道界だけで考える思考からの脱却――「国家的上下水道コンソーシアム」の立ち上げ
上下水道の未来を考える時、まず、「上下水道界だけで考える思考からの脱却」を真っ先に行うことが必須です。長い上下水道インフラの整備・運営・経営の歴史において、上下水道の世界の関係者だけで、構想・計画・施工・維持管理・経営を行ってきたことは否定できません。「上下水道が我が家」の人たちだけで、ほぼ整備・運営・管理を行ってきました。社会が比較的単純な時代は、それが効率的でしたが、複雑化し、IT化し、グローバル化した現在では、上下水道界のどの課題解決にあたっても、最適解にはほど遠いと思います。
計画、維持管理、経営、技術開発等すべての面で、幅広い業種を含む全産業界・幅広い官学民の関係者を巻き込んだ政策遂行が望まれます。これが、今後のDX化、GX化、経営効率化、技術革新に向けての鍵だと考えます。
具体的な政策としては、多くの産業界・官学民の関係者を巻き込んで上下水道の未来像を打ち出す「国家的コンソーシアムの結成」を提案します。これは、大きな効果を発揮すると考えます。政府・事業体・民間企業を中心とした三位一体の「国家的上下水道コンソーシアム」の立ち上げです。官民を繋ぐハブとして、コンソーシアムを立ち上げることで、「的確な政策提言」、「政策の実装の加速化」が図れるでしょう。これにより、従来、上下水道界に参入してこなかった各産業界のリーダー企業が幅広く加わり、画期的な技術開発、政策が生み出される可能性が高まります(今喫緊に求められている大口径管路の無人点検技術・無人改築更新技術等は、一気に開発が加速化する可能性があります)。先述したように上下水道への国民の関心がこれだけ高まった今だからこそ、可能となった政策です。
2.下水道は、街づくりの一手段――上下水道インフラ施設だけで考える思考からの脱却を
上下水道施設は、国造り・地域づくり・街づくりの一要素であり、上下水道施設を整備し、運営することは、目的でなく、街づくり等の一手段であることを認識する必要があります。そのため、上下水道を整備し、運営したらそれで良いではないかという考えから、街づくり等を構成する他の多くのインフラ(道路・河川・公園・電力インフラ・通信インフラ等)との調整、街づくりへの貢献を考えることが重要です。「上下水道インフラ施設だけで考える思考からの脱却」。これが「上下水道だけで考える思考からの脱却」の二点目です。
街づくり等への貢献では、下水道インフラほど、メタンガス・下水熱・肥料・水力発電等資源エネルギーの宝庫である社会インフラはありません。常に、街づくり等への貢献を考えるべきと思います。
3.国民目線(カスタマー目線)で上下水道インフラの未来を考える
国民が望んでいるのは、上下水道施設そのものではなく、施設を通じて提供するサービス・効用であることを理解すべきです。こうした理解の下、「一番の主役の上下水道インフラの利用者たる国民の目線(カスタマー目線)で上下水道インフラの未来を改めて考えること」が必要です。具体的には、後述の水道料金・下水道使用料の格差問題への対応等があります。「上下水道だけで考える思考からの脱却」の三点目です。
Ⅲ.上下水道政策を国民目線で考える8つの提案
以下は、「上下水道だけで考える思考からの脱却」のテーマではなく、国民目線で考える個別の政策提案です。
4.下水道は、「都市の健康診断」に資する強力な情報インフラ
下水処理施設には、処理区のすべての住宅・事業場からの下水が流入してきます。下水道普及率(汚水処理人口普及率)が90%を超えた現在、都市の排水は、ほぼすべてが下水処理施設に流れてきます。その下水処理施設に流れてくる流入下水を採水し、水質分析すると、都市の多くの水質関連情報を日々、得ることができます。特に、ここ数年、新型コロナウイルス蔓延と共に注目されるようになったのが、「下水サーベイランス(下水疫学)」です。東京大学の北島正章特任教授のグループが開発し、世界最高の分析精度を有する分析法の実用化により、現在は、処理区の中に一日あたり14万人に一人の新型コロナウイルスの患者がいれば、下水処理施設でわずか200mlの下水を採水するだけで、新型コロナウイルスを検知し、流行状況の傾向把握ができます。また、現在までに、世界中で、新型コロナウイルス以外に、インフルエンザA型B型、RSウイルス、サル痘、ノロウイルス、ヒトメタニューモ、エンテロウイルス68、A型肝炎、カンジダ・アウリス、麻疹ウイルス等の下水サーベイランスが実施されています。現在、米国では、1400箇所の処理場、EUでは、1300箇所の処理場で、下水サーベイランスが実施されています。他に、韓国では99処理場、シンガポールでは500箇所、アフリカでも46カ国で下水サーベイランスが実施されています。(技術が世界一の日本では、30箇所程度の現状です。一方、EUは、今年1月より、EU下水道法で下水サーベイランスの実施が義務付けられました。)
このような「下水サーベイランス」により、都市における感染症の蔓延状況を、ほぼリアルタイムに、素早く、的確に、匿名性・非侵襲性を持って、把握できます。「都市の健康診断ツール」です。
このように、下水道は、他の公共インフラにはない「情報インフラ」という特性を有しています。下水サーベイランスは、下水道の国民への貢献、都市への貢献という点で、将来の大きな可能性を秘めています。我が国における下水サーベイランスの早急な社会実装が望まれるところです。
5.「全国の上下水道料金格差の解消」は、国民目線から考えたとき、最も大きな課題
上下水道料金(厳密には水道料金と下水道使用料)の全国格差は、放っておけない最も大きな課題だと考えます。最も高い都市と最も安い都市の間で、水道料金で8倍、下水道使用料で6倍の格差があります(上下水道政策の基本的なあり方検討会第3回資料による)。原価計算として供給側(経営側)からの観点で算出するだけでなく、利用者(カスタマー)の立場から見た物価対策として、また、水という生きていくのに人間が必ず必要な基本的人権に関わる費用という観点から、公費による一定の支援が必要なのではないでしょうか。長期的には、後述の上下水道インフラ運営・経営の超広域化で解決できる可能性は少なくありません。ただ、世帯収入が少ない地域ほど料金が高い傾向にあり、世帯収入の多い大都市で安いのは、大きな問題です。今回の臨時国会での物価高対策としても、上下水道料金は、本来、検討されるべきものであったと考えます。
6.「上下水道運営・経営の超広域化」が上下水道インフラの多くの課題を解決する。最適規模は、地方整備局単位ではないか
上下水道インフラのサステナブルな運営・経営を考えるとき、将来的に、上下水道経営を一体化した上で、近隣市町村の広域化という小さなスケールでなく、本格的な超広域化が必須であると考えます。ただ、一気に実施するのは難しい中、段階的に広域化を図ることを考えるべきと思います。第一段階の「超広域化」は、都道府県単位の広域化でしょう。最終の超広域化の姿は、国と連携しての災害対応等を考えると、全国の地方整備局単位(北海道・沖縄を含むと10)の超広域化が最適規模ではないでしょうか。
超広域化の際の、組織、上下水道財産の保有権、経営権等は、今後の検討に委ねられると思いますが、検討の視点としては、国家安全保障、民間活力の最大限の活用、経営リスクヘッジ、ウォーターPPPからの移行対応等の観点があると思います。
いずれにしろ、料金格差の是正、料金の低減、業務の効率化、今後厳しくなる業務運営人材の確保等への対策として、上下水道運営・経営の超広域化は、避けて通れないと考えます。
その先には、電力等他のインフラとの連携もあるかもしれません。
7.インフラメンテナンスにおける群マネにおいては上下水道中心の群マネが望ましい
自治体のインフラメンテナンス対応に、「群マネ(地域インフラ群再生戦略マネジメント)」は、極めて有効と考えられます。その「群マネ」は、①上下水道は、ほぼ全国で実施されていること、②技術的に他のインフラの管理より上下水道の管理は難しいことより上下水道のマネジメントができれば他のインフラマネジメントもできることが多い――という理由より、インフラメンテナンスにおいては、上下水道を核とした群マネがベストだと考えます。超広域化による上下水道の運営・経営に至るまでの間、また、その後においても、インフラメンテナンスにおいて、「群マネ」の活用は、有効と考えます。
8.上下水道政策の最優先課題は「生命・健康を守る」・「国民のため」・「日本の国益を守る」の三点
上下水道だけで考えるのではなくインフラ全体・国土行政全体で考えてみても、同様の方向性かと思いますが、上下水道政策を司るにあたっての最優先課題は、「生命・健康を守る」・「国民のため」・「日本の国益を守る」の三点だと考えます。
9.上下水道関連、四つの国土強靱化
上記8で述べた上下水道政策としての最優先課題の第一番目の「生命・健康を守る施策」は、浸水対策、耐震対策、老朽化対策、感染症対策の四つの政策だと考えます。いずれも、「国土強靱化」に繋がる政策です。本年6月6日に閣議決定された「第1次国土強靱化実施中期計画」には、4で述べた下水道インフラによる感染症対策(下水サーベイランスの活用)は、盛り込まれていませんが、これも大きな「国土強靱化施策」だと考えます。
浸水対策の中で急ぐ必要のある政策として、豪雨時の「エアハンマー対策」があります。喫緊の課題であると思います。また、現在進行中の管路の全国特別重点調査関連では、比較的早期に、全国の鉄道横断管路・大規模河川横断管路の点検を行うべきと考えます。起こった際の影響の大きさの観点からです。
10.国民が上下水道に求めているものが直近20年変わってきていることを認識すべき
国民は上下水道の施設(モノ)を求めているのではなく施設を通じて提供されるサービス(コト)を求めています。その上で、改めて、上下水道に何を求めているかを考え、それに対応する必要があります。
家庭における用途別使用水量のシェアにここ20年で大きな変化が生じています。2006年は、風呂24%、トイレ28%、洗濯16%、炊事23%でした。これが、2021年には、風呂43%、トイレ20%、洗濯16%、炊事15%に変化しています。風呂が大きく増え、トイレと炊事が大きく減っています。トイレの減少は、節水型便器の影響でしょう。炊事の減少は、中食・外食の増加です。風呂の増加の中には、シャワーの使用の増加、浴槽の大規模化がきいていると思いますがその増加ぶりは、想像をはるかに超えるものでした。国民が上下水道に求めているものの変化を感じずにはいられません。国民は、健康、リラックス、快適、安心、清潔、を求めているのです。浸水対策は、国民にとって、ダイレクトに、命、財産、清潔を守ってくれるものですが、上下水道の耐震対策、老朽化対策は、国民にとってみれば、こうした快適性・健康・清潔が継続的に担保できるようにというニーズを確保するためのものといえるかと思います。
こうした国民が、上下水道に求めているものの変化を、今後、的確にとらえていく必要があると思います。下水道における「水質保全」、「浸水防除」、「資源エネルギー創出」、こういった目的は、どちらかと言えば、供給側の論理かもしれません。カスタマー側のニーズに不断に、コンスタントに対応していくことも極めて大事な観点です。
11.現在は、我々が歴史上初めて経験する第一回目の上下水道インフラ本格的改築更新期
我々は、現在、歴史上初めての上下水道の本格的第一回目の改築更新期を迎えています。今まで一度も経験してこなかったことです。しかし、考えてみると、今後、人類が生きている限り、改築更新は、何度も訪れます。永久に続きます。上下水道インフラの維持管理は短期間しのぐというものでなく、永久に続くのですから、ちょこちょこと部分的に変えても非効率です。こうしたことを考えると、現時点における上下水道インフラの改築更新は、従来の延長線でなく、現時点で最適・最良なものにフルモデルチェンジすることが合理的だと思います。従来手法に捉われない水処理方式、抗菌剤使用による耐腐食性コンクリート管路の全面採用等、フルモデルチェンジの検討が必要です。技術開発・イノベーションによる多くの選択肢の技術開発と客観的な評価が求められます。
Ⅳ.おわりに
上記の通り、上下水道インフラの未来に向けての、「考え方」・「政策」についての11の提案を述べました。現在進行形の「上下水道政策の基本的なあり方検討会」の議論の中で、少し出てきているものもありますが、いずれも、深い議論にはなっていないものを提示しました。今後の「あり方検討会」の議論の中で、また、別の場でも、国等において、さらに突っ込んだ議論を進めていただくと、幸いです。
2025年(令和7年)11月記
【筆者略歴】(やと・よしひこ)東京大学工学部都市工学科卒業。建設省入省。1987年西ドイツカールスルーエ大学客員研究員、その後、京都府下水道課長、建設省下水道部下水道事業調整官、東北地方整備局企画部長、国交省下水道事業課長、国交省下水道部長、日本下水道事業団理事長(公募による選任)、㈱NJS取締役技師長兼開発本部長等を歴任。2022年3月より㈱NJSエグゼクティブ・アドバイザー(常任特別顧問)、現在に至る。他に(一社)日本下水サーベイランス協会副会長、(公財)河川財団評議員等を務めている。技術士(上下水道部門(下水道))。著書に「21世紀の水インフラ戦略(理工図書 書き下ろし)」がある。