目次
Ⅰ.はじめに
Ⅱ.EU下水道法の大改正—5つの重要施策—
【重要政策1】雨天時汚濁削減計画策定の制度化
【重要政策2】3次処理(栄養塩処理)の拡大
【重要政策3】4次処理(微量有害物質処理)の導入と発生源者による費用負担
【重要政策4】処理場のエネルギー自立化
【重要政策5】処理場における下水サーベイランスの義務化
Ⅲ.未来志向の上下水道政策の立案に向けて
Ⅳ.おわりに
Ⅰ.はじめに
我が国の上下水道行政は、「本年1月28日に発生した八潮市の道路陥没の一因が地下の下水道管路の腐食劣化にあるのではないか」という案件一色に染まっています。
この下水道インフラの老朽化問題は非常に重要な課題です。しかし、我が国の上下水道インフラに関わる検討課題は、山積しています。現時点の課題の解決ももちろん重要ですが、未来に向けての「上下水道インフラのあり方」を、この機に、きちんと明示することがさらに重要だと思います。
上下水道インフラの老朽化問題の突出により、これまでの政策優先順位を変えなくてはならないかもしれません。その優先順位の変更も含め、将来をにらんだ議論を引き続き、展開していかなくてはなりません。具体的には、11月29日にスタートした「上下水道政策の基本的なあり方検討会第3回」の開催(4月中旬開催と聞いています。)と、その中での「八潮」を踏まえての考え方・優先順位の再整理です。
こうした中、欧州では、昨秋から今年初めにかけ、世界が注目する「先進的な水環境政策」の発表がありました。「EU下水道法(Urban Waste Water Treatment Directive)の大改正」です。EU圏では、この「EU下水道法」で、下水の収集・処理・放流基準等が定められており、EU加盟国では、これを遵守するよう、国内法及び州法が定められています。「EU下水道法」は、1991年に制定されて以降、何回か改正されてきましたが、今回は、初めての大改正です。2018年以降実施されてきた現況の分析・評価・方向性の検討を受け、数年越しで、議論されてきました。2024年末のEU議会の可決を経て、2025年1月1日に「改正EU下水道法」が発効されました。現在EU本部から、加盟27カ国へ送付され、「EU下水道法」に沿って各国の下水道法の改正作業がなされています。その決定を待って、各国で「先進的な水環境政策」が施行される予定です。
その「EU下水道法」の注目点、「特徴的・先進的な5つの重要政策」について、以下、述べたいと思います。いずれも、欧州の環境に対する先導性を示す「水環境の重要政策」です。
Ⅱ.EU下水道法の大改正—5つの重要施策—
「EU下水道法」は、「水は、すべての人に関わり、すべての人のためにある基本的財産である。水は、生命にとって不可欠で、かけがえのない天然資源として、社会的・経済的・環境的の3側面で考慮され、統合管理される必要がある。」という理念に基づいて制定されています。
「EU下水道法」は、都市下水の収集、処理、排出等に関する法的枠組みを定めているものです。法の目的は、不十分に処理された都市下水の排出によって、環境が悪影響を受けないよう保護することです。「ワンヘルスアプローチ」に従って、「人」・「動物」・「環境」の健康を持続的にバランスさせ、最適化することを目指しています。
以下、「改正EU下水道法」における5つの重要政策について、述べたいと思います。
1.【重要政策1】雨天時汚濁削減計画策定の制度化
〇加盟国では、2033年12月31日までに、10万人以上(負荷当量ベース。以下同じ。)の排水区域に対し、「雨天時汚濁負荷削減計画」を策定する。
〇1万人以上10万人未満の排水区域でも、雨天時合流式下水道越流水等が環境・公衆衛生に危険をもたらすと考えられる場合、2039年12月31日までに、「雨天時汚濁負荷削減計画」を策定する。
「雨天時汚濁負荷削減計画」の内容は、以下の通りです。
①排水区域の現状分析・評価
②雨天時の流出解析
③雨天時汚濁の削減目標
④マイクロプラスチックの段階的削減目標
⑤目標達成のために講じられる対策(貯留・分流化等)
⑥対策実施スケジュール
⑦責任者の明確化
雨天時合流式下水道越流水対策は、欧州では、雨の降り方が弱かったため、計画策定の制度化が行われていませんでしたが、昨今の気候変動による降雨パターンの変化(降雨の激化)等を踏まえ、今回、制度化されました。
この分野では、日本が先行している感もありますが、計画内容に、マイクロプラスチックが入っている点と、責任者の明確化を求めているところは、注目です。
2.【重要政策2】3次処理(栄養塩処理)の拡大
〇15万人以上(対象処理人口。以下同じ。)のすべての都市下水処理場は、依然として、窒素及びリンの大きな排出源であるため、3次処理(栄養塩処理)を体系的に拡大実施する。
〇15万人以上の処理場で、2025年1月1日現在、3次処理を適用していない処理場では、遅くとも、2039年12月31日までに3次処理を実施する。
〇1万人以上15万人未満の処理場のうち、2027年末までに作成・公表される「富栄養化の恐れのある水域リスト」の水域に放流される処理場は、遅くとも、2045年12月31日までに、3次処理を実施する。
富栄養化危険リストの作成・公表や期限の詳細な設定等、EUは、先を見て、極めて細かい対応を計画的に実施しています。我が国も見習うべき点が多々あると思います。
3.【重要政策3】4次処理(微量有害物質処理)の導入と発生源者による費用負担
〇4次処理とは、都市下水中の様々な微量汚染物質を低減する処理をいう。微量汚染物質のうち、汚染のかなりの部分を占め、除去技術が確立されている有機微量汚染物質の除去にまず、焦点を当てる。
〇加盟国の15万人以上の都市下水処理場では、遅くとも2045年12月31日までに、全量4次処理を実施する。中間目標として、2033年12月31日までに、総放流量の20%を4次処理する。
〇加盟国は、2030年末までに、下水処理場由来の微量汚染物質が人の健康・環境にリスクをもたらしている水域のリストを作成し、その地域に放流している1万人以上15万人未満の処理場は、遅くとも、2045年12月31日までに、4次処理を実施する。
〇新たに4次処理を行うには、モニタリング費用や高度な処理機器の費用が発生する。4次処理を必要とする処理水に含まれる微量汚染物質の主発生源は、医薬品と化粧品の製造残留物である。よって、原則として、医薬品と化粧品の製造関係者が4次処理にかかる追加費用を負担する。
この4次処理の実施と、発生源者への費用負担の義務付けは、画期的な施策です。世界最先端を行く欧州ならではの政策であると思います。マイクロプラスチックとPFASのモニタリング(監視)も、指令しています。
4.【重要政策4】処理場のエネルギー自立化
〇加盟国は、自国の領土内の1万人以上のすべての都市下水処理場関連で使用される年間総エネルギー量が、再生可能エネルギー源(太陽光・水力・風力・バイオガス・熱利用・運動エネルギー利用等)からのエネルギー生産の総量を超えないようにすることを義務付ける。
〇目標達成時期は、2045年末とする。中間目標として、2030年末は、国内年間処理場使用総エネルギーの20%、2035年末は40%、2040年末は70%を再生可能エネルギー源からのエネルギー生産で賄う。
今回、EUでは、個別の処理場毎ではなく、加盟国の国全体の処理場等でのエネルギー自立化を目指すことを義務化しました。各々の処理場は、立地している地域により条件が大きく異なるため、格差が出ます。そのため、個別の処理場ごとの義務付けはせず、国全体での自立化目標の設定としました。
5.【重要政策5】処理場における下水サーベイランスの義務化
〇加盟国は、公衆衛生担当省庁(日本でいえば厚生労働省)と下水処理担当省庁(日本では国土交通省)の間で、下水サーベイランスの推進に関し、協力・調整する体制を構築する。
〇都市下水処理場の入り口で、次の病原性微生物を監視する(恒常的な平時の下水サーベイランスの実施。)
①SARS-CoV-2(新型コロナ)ウイルス及びその変異体
②ポリオウイルス
③インフルエンザウイルス
④新たな病原性微生物
⑤加盟国が監視の必要があるとみなすその他の公衆衛生指標病原性微生物等
〇採水箇所・採水頻度・分析機関等について、下水道管理者と公衆衛生担当部局で協議し、役割、責任、費用分担を明確にする。
〇加盟国の公衆衛生担当省庁が公衆衛生上の緊急事態を宣言した場合、人口分布等を考慮し、代表性のある処理場の流入下水中の、当該病原性微生物の下水サーベイランスを行う。この監視は、緊急事態の終了宣言時まで行う。
〇10万人以上の人口密集地区において、加盟国は、2028年末までに、下水中の薬剤耐性菌(AMR)の下水サーベイランスを開始しなければならない。
〇EUの執行機関である欧州委員会は、2026年7月2日までに、下水中の薬剤耐性菌(AMR)を測定するための最小採水頻度と統一された測定方法を確立する。
以上のように、EU加盟国27カ国に、EU下水道法として、下水サーベイランスの義務付けの指令がなされました。「EU下水道法」の中では、その狙い・目的として、「感染症の予防又は早期警戒の目的を果たすため、都市下水監視システム(下水サーベイランス)を開始する。これにより、都市下水から得られる公衆衛生データの最適な利用が可能となる。」と記されています。
下水サーベイランスは、現在、世界72カ国、4700箇所で下水サーベイランスが実施されています。EUでは、1300処理場で調査中です。その他、米国1400処理場、シンガポール500箇所、韓国でも84処理場で実施しています。それに対し、我が国では、16処理場という現状です。我が国の下水サーベイランスの技術は、世界一です。その技術の更なる活用が期待されるところです。
Ⅲ.未来志向の上下水道政策の立案に向けて
以上、「改正EU下水道法」における5つの重要政策を紹介しました。環境問題に関し、常に、世界をリードしている欧州の矜持が感じられます。
こうしたEUの環境に対する先導的な動き等を踏まえ、4月以降の「上下水道政策の基本的なあり方検討会」で、未来への確固たる道筋をつけていただきたい事項は、以下です。
1.欧州の先進的な水環境政策を見る如く、人類のサステナブルな存続のため、上下水道インフラにおける最先端の環境対策・公衆衛生対策・エネルギー自立化対策を打ち出すべきではないか。この環境対策等費用は、公費(税金)で賄うべきではないか。
2.上下水道インフラのサステナビリティ確保のために対応すべき事項を明らかにする。それは、①経営組織確立、②人材確保、③財源確保ではないか。
3.経営組織確立、人材確保、財源確保に対応できる手段・方策は、「上下水道一体化」・「ハイパー広域化」・「官民連携」ではないか。
4.上下水道インフラのサステナビリティ確保のためには、上下水道の老朽化対策の確立は必須ではないか。改築更新は、新設後今回が初めての経験だが、人類が生きている限り、今後、何回でも改築更新は、やってくる。この考えのもと、改築更新費用の相当費用は、料金・使用料でなく、公費(税金)で賄うべきではないか。その負担論を確立すべきではないか。
5.上下水道行政のうち、人命にかかわる「下水道雨水対策」・「老朽化対策」等は、今後とも、公費(税金)で賄うべきではないか。今回の八潮陥没事故を受け、国土交通省から地方公共団体に対し、全国特別重点調査の要請が発出されましたが、「人命」という点では、私は、今回の調査対象に加え、「鉄道横断管路で30年以上の全箇所」、「高速道路盛土部分横断管路で30年以上の全箇所」も調査すべきと思います。調査主体も、地方公共団体ではなく、「国土交通省地方整備局+国総研チーム」とすべきと考えています。
Ⅳ.おわりに
現在、我が国の上下水道行政は、もともと、多くの課題が山積している中、八潮の道路陥没に端を発した上下水道インフラの老朽化問題のみが注目されています。
しかし、こうした時期こそ、未来を見つめ、新しい施策を次々と生み出していってほしいと思います。特に、今回紹介した「公衆衛生への貢献対応・水環境対応」は、上下水道インフラが本来持っている「公衆衛生」・「水環境保全」という目的からして、真っ先に取り組むべきテーマだと思います。欧州におけるEUの動きに対し、我が国ももっと鋭敏になり、環境面で世界の最先端に立つ気概を持って、上下水道行政が進められることを期待しています。
内外の動きに対し、高いアンテナを張り巡らし、豊かな想像力で、先を見据えて、上下水道の輝ける未来に向けて、上下水道関係者一丸となって、対応していきたいものです。
2025年(令和7年)3月記
【筆者略歴】
(やと・よしひこ)東京大学工学部都市工学科卒業。建設省入省。国土交通省東北地方整備局企画部長、国土交通省下水道事業課長、下水道部長、日本下水道事業団理事長等を務める。技術士(上下水道部門(下水道))。著書に「21世紀の水インフラ戦略(理工図書 書き下ろし)」がある。