Ⅰ.はじめに
Ⅱ.全国点検調査関連でまず早急にやるべきこと―7つの重要視座・視点・施策―
(視点1)「安全第一」で全国点検を
(視点2)下水道管路腐食の「メカニズム」と硫化水素の「危険度」を正しく知る
(視点3)管路腐食の全国の「真の現状」を知ることがまず第一にすべきこと。特に、腐食した際の影響度の大きい「大口径管の現状詳細」がわかっていない
(視点4)大口径管の安全な点検調査は数年前まで技術的に難しかったが、今はできる。今こそ、一斉に「大口径管の安全な詳細点検調査」を実施
(視点5)シールド工法等で施工し、マンホール間隔のあいている大口径管区間のスパン間全区間詳細調査を一斉実施
(視点6)2000mm以上・30年経過の管路の悉皆(全数)調査を一年で実施するにあたっては、国土交通省地方整備局・国総研・日本下水道事業団の合同調査組織を作って全額国費で実施すべきではないか
(視点7)調査結果をきちんと受け止め、緊急対策・抜本的対策を考える。この対策・具体案も、引き続き、早急に詰める
Ⅲ.おわりに
Ⅰ.はじめに
1月28日、埼玉県八潮市で、大規模な道路陥没が発生しました。現時点(3月17日)におきましても、トラックの運転手さんは、まだ救出されておりません。そうした中、2月2日には、埼玉県の「復旧工法検討委員会(委員長森田弘昭日本大学教授)」、2月21日には、国土交通省の「下水道等に起因する大規模な道路陥没事故を踏まえた対策検討委員会(委員長家田仁政策研究大学院大学特別教授)」、3月14日には、埼玉県の「原因究明委員会(委員長藤野陽三城西大学長)」がスタートしました。
国土交通省の家田委員会では、近く、中間とりまとめが出されることになるかと思います。
こうした中、三つの委員会の委員の方等と、情報共有をし、また、八潮の現場での運転手さん救出対応の一助を現場最前線で行ってきた者として、現時点での、「全国点検調査関連でまず早急にやるべきこと」に関し、「7つの重要視座・視点」を述べたいと思います。本稿を執筆するにあたりましては、各委員会の委員の方、オブザーバーの方、大学、自治体の方々等、多くの方々の意見を聞き、客観的に、記述しましたが、意見は、私の意見です。読者の方々に客観的な視座・視点を情報共有いただきたく、執筆しました。
Ⅱ.全国点検調査関連でまず早急にやるべきこと―7つの重要視座・視点・施策―
八潮の道路陥没事故につきましては、テレビ・新聞等で、概要を読者の皆さんは、ご存じと思いますので、本題の「7つの視座・視点・施策」に直接、入ります。
【視点1】「安全第一」で全国点検を
八潮の道路陥没事故に関し、国土交通省委員会を中心に、当座の対応・将来に向けての対策についての検討が進む中、悲しい事故が、また、発生しました。3月7日、秋田県の流域下水道幹線の県管理のマンホール内で、三名の作業員の方が、おそらく硫化水素中毒と思われる症状で、お亡くなりになりました。なんともいたましいことです。
のちに、詳述しますが、下水道管路の中は、細心の注意を払って、作業を行うべき空間です。八潮の道路陥没事故を踏まえて、2月上旬に国土交通省が13流域下水道420km区間のマンホール1700箇所において、緊急点検を指示しました。現在、この緊急点検箇所とは別に、全国で、国の今後の新たな方針を待たずに、自主的な点検調査が多く行われています。秋田県の事故は、八潮の事故を踏まえての点検調査ではなかったようですが、全国では相当の緊急点検がすでに自主的に行われています。
今後、国土交通省委員会の結論を得て、全国管路点検調査が一斉に始まるでしょう。その際の、「安全第一」は、一丁目一番地です。最大の「視点」です。
国土交通省委員会の第3回の委員会資料は、公開されています。冒頭、秋田県男鹿市の事故報告がなされています。それにもかかわらず、大口径管における具体的調査の手法例の記述の中で、人間が管路内を歩行して調査する「潜行目視調査」が第一に掲げられています。また、「管路内からの地盤空洞調査」が明示されています。「人の安全」をどう考えているのでしょうか。下水道の大口径管は、安全を徹底的に図って、点検管理すべきものです。中小口径管路とは、違います。大口径管で深夜も24時間下水が流れている区間の管路内調査がいかに危険か、いかに作業が難しいか、理解が薄いと思います。足元を常時流れる水の勢いに流されてしまう危険、急激な気象変化等で上流からの大量の水が押し寄せる可能性、硫化水素の懸念、傷んでいる管路では陥没の可能性、こうしたリスクはゼロとはいえません。秋田県男鹿市の再発をおこしてはいけません。
委員会提言では、「今後、原則的に、大口径管の点検調査では、できるだけ、人間が管路内に入る時間の少ない調査方法を採用する。将来的には、管路内での作業は原則行わないこととする。今後、ロボット化技術を早急に開発する。」と明記すべきでしょう。
委員会提言から、当座の点検調査では、「潜行目視調査」、「管路内からの打音調査」、「管路内からの空洞調査」は、削除すべきです。管内からの打音調査・空洞調査も、近い将来、精度が高まり、DXによる自動化の実用化も進み、ロボットを使った技術等が進んだ際には、大いに活用したらよいと思います。
【視点2】下水道管路腐食の「メカニズム」と硫化水素の「危険度」を正しく知る
下水道管路の腐食のメカニズムは、以下です。(図参照)

https://suikon.or.jp/seminar/hq/2022/20221216/dl/data/date_20221216-ver5.pdf
①下水道管路の底にたまった硫化物の硫酸イオンや、嫌気性状態の管路内流下下水中の硫酸イオンが、下水管路の底の泥や下水中に存在するDesulfobulbus属等の「硫酸塩還元細菌」で還元され、硫化水素(H2S)になり、管路内の気相部に放出される。
SO42-+2C+2H20→2HCO3+H2S
↑
硫酸塩還元細菌の働き
②気相部に放出された硫化水素(H2S)が、気相部の結露中に存在するThiothrix属等の「硫黄酸化細菌」の活動により酸化され、硫酸(H2SO4)が生成される。
H2S+2O2→H2SO4
↑
硫黄酸化細菌の働き
③硫黄酸化細菌の活動が進行すると、コンクリート表面で硫酸が濃縮されて、PHが1~2に低下する。(酸性度が高まる。)
④酸性度が高まると、コンクリート成分である水酸化カルシウム(Ca(OH)2)と硫酸が反応して、二水石膏(CaSO4)が生成される。
Ca(OH)2+H2SO4→CaSO4・2H2O
生成された二水石膏が剥離・剥落して、骨材や鉄筋が露出する(硫酸腐食:強酸性域における劣化)。
⑤生成された二水石膏は、セメント内のアルミン酸カルシウムと反応してエトリンガイド(3CaO・Al2O3・3CaSO4・32H2O)が生成される。エトリンガイドは、生成の際に水を取り込み、大きく膨張する。
3Ca(OH)2+3H2SO4+3CaO・Al2O3+26H2O→3CaO・Al2O3・3CaSO4・32H2O
エトリンガイドが生成する際に、水を取り込んで、大きく膨張し、コンクリートが崩壊する。(硫酸塩腐食:中性域における劣化)
このように、下水道管路内におけるコンクリート腐食は、「硫酸塩還元細菌」と「硫黄酸化細菌」の作用による「バイオテクノロジー」の世界なのです。(硫酸がコンクリートと反応するところは、化学反応そのものですが、メカニズムのきっかけの部分は細菌の作用です。)
今後、下水道管路の硫酸腐食の対応策を検討する場合、このメカニズムを正確に理解することが必須となります。
なお、下水道管路の底の泥の硫酸イオン、下水中の硫酸イオンの発生源は、人間のし尿、家庭の洗剤、台所からの食物残渣等です。
コンクリート工学では、コンクリートの四大劣化現象として、
「中性化」・「塩害」・「凍害」・「アルカリシリカ反応」
の四つが挙げられています。他に、コンクリート工学のバイブルの「コンクリート標準示方書(土木学会)」では、別掲特記で、下水道特有のコンクリート腐食として、「硫酸腐食」が挙げられています。その劣化速度は、「中性化」等と比べ、著しく早く、人間に例えると、中性化等の「加齢」に対し、硫酸腐食は、「がん」ほどの進行速度差と言われています。
なお、硫化水素は、大気中の許容濃度が、5ppm(0.0005%)と定められており、高濃度では生命に危険なガスです。400ppmを超えると、生命に危機が生じ、700ppmを超えると即死すると言われています。
以上述べた硫化水素・硫酸の生成メカニズムを正確に知り、こうした危険な硫化水素に対する的確な知識と十分な対応策を持っての点検調査が必須です。
【視点3】管路腐食の全国の「真の現状」を知ることがまず第一にすべきこと。特に、腐食した際の影響度の大きい「大口径管の現状詳細」がわかっていない
八潮の大規模な道路陥没を受け、早急・第一にすべきことは、下水道管路腐食の全国における「真の現状」を詳細に知ることです。10年程度前から、下水管路のストックマネジメント調査の一環で、全国の下水道管路の腐食等によるひび割れ等の調査がかなり、行われてきました。管路内のテレビカメラ車による調査は、まだまだではありますが、相当量、行われていますが、ほとんど800mm以下の管路での調査です。問題は、腐食による道路陥没事故等が起きると影響が甚大な「大口径管」について、詳細な調査実績が少なく、現状詳細が十分わかっていないことです。
後述しますように、数年前まで、大口径管路の調査技術が確立されていませんでした。作業員が、水量の少ない夜間の時間帯に、管路内を歩いて、潜行目視調査をしたり、マンホールの底面からの管口カメラによる目視をしたりしてきました。カメラ等の精度も悪く、十分なデータが得られている状態ではありません。
内径2000mm以上かつ30年経過以上の、全国5700kmの管路のマンホール間全線を含め、全区間の現状を把握すること。これが、まず、第一に実施すべき施策です。直近数年間に詳細調査を行い、明瞭な全区間の画像があり、診断もついている区間等は、再度実施する必要はないでしょう。日本中の5700kmの今日までの調査状況、具体的には、
①調査時期
②調査手法
③マンホールの間の全区間実施しているか
④全マンホール内も実施しているか
⑤全区間の画像取得できているか。その精度は
⑥システムにデータとして入っているか
――等をまず詳細に調査し、既にできているところは、外してよいと思います。
【視点4】大口径管の安全な点検調査は数年前まで技術的に難しかったが、今はできる。今こそ、一斉に「大口径管の安全な詳細点検調査」を実施
大口径管について、安全を確保できてかつ精密に実施できる点検調査は、数年前まで、技術的に困難でした。そのため、上記の手法で何とか不十分ながら実施したり、各自治体は、苦労してきました。
しかし、ここ数年、浮流式、水上走行式、水中ドローン、大規模なテレビカメラ車、飛行式等種々の大口径管路にも適用可能な点検検査手法が開発されてきました。令和4年度以降、国土交通省国土技術政策総合研究所で、実物大の管路模擬施設を活用した実証実験が行われ、「下水道管路調査機器カタログ」として、昨年7月に公開されました。
こうした現状を踏まえ、今こそ、「大口径管の安全な詳細点検調査」を一斉に実施する最適のタイミングだと思います。全国のそれぞれのケースにどの手法が最適なのか、国土技術政策総合研究所のアドバイスが有効だと考えます。
【視点5】シールド工法等で施工し、マンホール間隔のあいている大口径管区間のスパン間全区間詳細調査を一斉実施
下水道の大口径管は、シールド工法等による施工箇所が多くなっています。そうした箇所では、シールド工法の経済延長等の関係から、長距離を一気にシールドで施工しているケースが多いです。
シールド施工後に、地上から深礎工法で大規模井戸を掘削し、中間マンホールを設置しているところもありますが、多くは、マンホール間隔が長くなっています。
こうしたマンホール間隔が長い(中川流域下水道の八潮の陥没区間周辺はマンホール間隔が約600mです。)区間の、スパン間全区間の詳細調査は、上記大口径管路用の点検手法を使用して、5700kmの調査の中でも、優先的に調査することが重要です。全体的には、コンクリートの腐食調査が中心となりますが、シールド到達・発信部の腐食状況を含めた詳細調査も重要です。
【視点6】2000mm以上・30年経過の管路の悉皆(全数)調査を一年で実施するにあたっては、国土交通省地方整備局・国総研・日本下水道事業団の合同調査組織を作って全額国費で実施すべきではないか
2000mm以上かつ30年経過以上の管路5700kmの点検調査を、1年以内の短期間で実施するためには、国が前面に出て実施する必要があると思います。国土交通省の地方整備局、国土交通省国土技術政策総合研究所、日本下水道事業団で、点検調査体制を作り、全額国費で緊急的に点検調査を実施すべきと考えます。
①基準を統一して点検調査を行い、公平に調査・評価する必要があること
②採用する点検調査手法に対する技術的知見のあること
③地方整備局等の機動力を使うこと
以上の理由より、是非、直轄的調査実施の検討をお願いしたいと思います。
【視点7】調査結果をきちんと受け止め、緊急対策・抜本的対策を考える。この対策・具体案も、引き続き、早急に詰める
上記6つの視点・視座では、まず、第一に、早急に実施すべきこととして、全国一斉現状詳細把握調査について、述べました。引き続き、その評価結果を踏まえての各現場での対応策と全国的な抜本的対応策の検討を行う必要があります。全国の一斉調査の進行と併せ、その検討の加速もお願いしたいと思います。
Ⅲ.おわりに
八潮の道路陥没事故は、社会に、大きな影響を与えました。下水道インフラが都市においては、代替性のない極めて特殊な重要なインフラであることが示されました。都市では、一日に4人家族で使う1000リッター(1m3)の水を捨てるところはありません。全部、下水道インフラが収集・流下・処理を担っています。下水道インフラがないと都市での生活はありえません。都市基盤を根底から支えています。一方で、インフラの老朽化の深刻さが浮き彫りとなりました。今後の対応において、どのような財源で、だれが負担して改築更新をサステイナブルにしていくのか、そういうことができるのか、できるようにするためには、どうしたらよいのか。組織体制、人材確保、財源確保、多くの課題が突きつけられました。今後、これらに真正面から、立ち向かっていかなければなりません。従来からの延長線ではない議論の中で、これらの課題に関する方向性について、また、機会があれば、述べてみたいと思っています。
【筆者略歴】
(やと・よしひこ)東京大学工学部都市工学科卒業。建設省入省。国土交通省東北地方整備局企画部長、国土交通省下水道事業課長、下水道部長、日本下水道事業団理事長等を務める。技術士(上下水道部門(下水道))。著書に「21世紀の水インフラ戦略(理工図書 書き下ろし)」がある。