「新たな水循環基本計画」で上下水道インフラの位置づけが大きく格上げされた。それを受け、「上下水道政策の基本的なあり方検討会」で、上下水道インフラのサステナブルな進展に向け、確固たる方向性の提示をしていただきたい。
Ⅰ.はじめに
昨年11月29日に、国土交通省において、「上下水道政策の基本的なあり方検討会」の第1回が開催されました。昨年4月1日に、国土交通省に上下水道行政が一体化されて8カ月、上下水道インフラ政策の基本的方向に関する議論が本格的に始まりました。今後の上下水道インフラ政策の基本的方向性を示す非常に重要な会議です。その結論は、近い将来の「上下水道ビジョンの策定」、「水道法・下水道法の改正」等に繋がります。当座、国土交通省上下水道審議官グループの動きの中で、最大の注目事項と言えましょう。
こうした中、上下水道インフラ政策を取り巻くこの半年の動きの中で、私が、最も、注目していますのは、令和6年8月30日に閣議決定された「新たな水循環基本計画」です。
本稿では、「新たな水循環基本計画」をまず概観し、その中で、上下水道インフラの位置づけがいかに格上げされたかを確認します。その後、それを踏まえ、今後、本格的な議論の始まる「上下水道政策の基本的なあり方検討会」で、上下水道インフラのサステナブルな進展のために、深い議論を行い確固たる方向性を是非とも出していただきたい事項を提言したいと思います。
なお、「下水道の散歩道・下水道インフラの未来への提言」シリーズは、この一年、第64回から前回第70回まで、対談シリーズということで、国会の重鎮(遠藤利明先生、山本有二先生)、先導的施策を展開されている市長さん方(広瀬前養父市長、楠瀬須崎市長)、最先端の研究で世界をリードされている大学教授陣(片山先生、本多先生、北島先生)の計7人の方に、ご登場いただき、上下水道インフラの未来について、幅広い観点から意見を頂く形で、対談をしてきました。今回の第71回の提言のあと、第72回以降は、再び、対談シリーズをベースに、適宜、提言を入れて、進めていく所存です。よろしくお願いします。
Ⅱ.新たな水循環基本計画策定の経緯と概要、そして岸田総理の上下水道インフラへの思い
「水循環基本計画」は、平成26年に新しく制定された「水循環基本法」に基づく5箇年の国家計画で、現在まで平成27年と令和2年の二度、策定されてきました。本来なら、令和7年に新たな計画を策定する予定でありましたが、急きょ、昨年4月2日に岸田総理の指示で、一年前倒しして、「新たな水循環基本計画」が策定されることになりました。
その際の、岸田総理からの指示内容は、以下です。
1.流域全体として最適で持続可能な上下水道事業へ再構築する。上下水道一体でのPPP/PFIを推進し、業務効率化を進める。
2.能登半島地震の教訓を踏まえ、水インフラの耐震性と災害時の代替性・多重性を確保し、持続可能で災害に強い水インフラ整備を進める。
3.全国の各種ダム等の既存インフラをフル活用し、官民連携により、水力エネルギーを最大限に活用する。
以上の三点の取組を通じて「流域治水」から、カーボンニュートラルの視点も含めた「流域総合水管理」に進化させていくこと。今夏を目途に、水循環基本計画を変更すること。
これは、令和6年1月1日の能登半島地震で上下水道が甚大な被害を受け、復旧の遅れが大きい中、社会生活における水循環の中で大きな位置を占める上下水道インフラについて、水循環基本計画を一年前倒しして変更策定した上で、その計画の中に、上下水道の役割・政策を大きく位置付け、今後の我が国の「安全・安心」政策を強力に展開しようとの総理官邸の考え方によるものです。併せて、令和6年4月1日に国土交通省における上下水道行政一体化が実施されたタイミングを捉えての一年前倒しでした。
こうして、策定された「新たな水循環基本計画」では、従来の第1期、第2期の計画に比較し、上下水道インフラが大きくクローズアップされ、その位置づけが格上げされました。
「新たな水循環基本計画」における重点取組事項は次の4点です。
■代替性・多重性等による安定した水供給の確保
・水インフラの耐震化、早期復旧のための災害復旧手法の構築、新技術の活用推進。
■施設等再編や官民連携による上下水道一体での最適で持続可能な上下水道への再構築
・上下水道の広域化・分散型システムの検討、上下水道一体のウォーターPPPの推進、DX導入。
■2050年カーボンニュートラル等に向けた地球温暖化対策の推進
・官民連携による水力発電の最大化、上下水道施設等施設配置の最適化による省エネルギー化。
■健全な水循環に向けた流域総合水管理の展開
・あらゆる関係者による流域治水(治水)・水利用(利水)・流域環境の保全(水環境)への取組みを、新たに「流域総合水管理」と呼び、全国展開を進めること。
目指すべきは、「水災害による被害の最小化(治水)」、「水の恵みの最大化(利水)」、「水でつながる豊かな環境の最大化(水環境)」の3点であります。いずれも、上下水道インフラが大きく貢献するものです。
令和6年8月30日午前9時50分、「新たな水循環基本計画」を閣議決定するに先立ち、岸田総理は、官邸4階大会議室で開催された政府の「水循環政策本部会合」で次のように指示を行いました。岸田総理の水循環政策改革への決意が滲み出ています。
「本日、この後の閣議において、新たな水循環基本計画を閣議決定いたします。 能登半島地震の経験を踏まえ、上下水道システムの持続可能性を抜本的に見直していく必要があります。その際、本年度より、上下水道行政を厚生労働省から国土交通省に移管したところであり、これによる上下水道行政の一元化メリットを最大限発揮していくことが重要だと考えています。こうした認識に立って、新たな計画と工程表に基づき、以下の3点を重点的に推進してください。
第1に、上下水道耐震化の抜本強化です。本年10月までに完了することとなっている上下水道システムの点検結果に基づき、秋の経済対策も見据えて、上下水道管の耐震化を早急に進めてください。併せて、全ての自治体において、今年度中に上下水道耐震化計画の策定を完了するようお願いいたします。
第2に、官民連携の徹底です。上下水道の一体化・広域化、AIやデジタルの活用による経営効率化には、PPP/PFIの導入拡大が有効であり、令和13年度までの政府目標である上下水道200件の具体化を着実に進めてください。
第3に、流域総合水管理の推進です。これまで進めてきた流域治水に加えて、流域単位での水力発電の増強によるカーボンニュートラルの視点も含めた流域総合水管理を推進し、長期脱炭素電源オークション制度も活用して、水力エネルギーを最大化してください。そして、こうした水力エネルギー増強の取組を、今年度末を目途とするエネルギー基本計画の見直しに反映してください。
これら3点を含め、効果的で、持続可能な水循環政策を、政府一丸となって推進していただきますよう、お願いいたします。」(政府議事録による)
ここ数十年、現職総理がこれほど上下水道に深く言及されたのは、私は、記憶にありません。岸田総理及びその側近の上下水道インフラへの強い思いを感じます。また、その指示を受けた国土交通省は、第1で指示された「上下水道耐震化計画」の策定期限を年度末から2025年1月末に2カ月前倒ししました。総理指示は、それほど大きいものです。
Ⅲ.「上下水道政策の基本的なあり方検討会」で骨太の議論をしていただき、確固たる方向性を出していただきたい事項
以上の経緯で策定された、「新たな水循環基本計画」は今後の上下水道政策にとって極めて重要な「上位計画」であります。この「新たな水循環基本計画」を踏まえて議論される「上下水道政策の基本的なあり方検討会」への期待はとても大きいものがあります。是非、「骨太の議論」を行い、「骨太の上下水道ビジョン」・「水道法・下水道法の改正」等に繋げてほしいと思います。
検討会では、上下水道インフラのサステナブルな進展に向け、以下の議論を深く行い、確固たる方向性を出していただきたいと考えています。上下水道インフラのサステナブルな進展のために「今考えるべき事項、今決断すべき事項、今方向性を出すべき事項」に、フォーカスして、議論をしていただきたいと思います。以上の観点から、7つのジャンルに分けた上、下記17事項を抽出、提言します。中でも、今回は、特に、「事業主体・組織論」は、時間をかけての議論を期待します。
[ 1.基本的考え方 ]
(1)水循環基本計画基軸
「新たな水循環基本計画」の考え方、内容を基軸に検討するべきではないか。上下水道インフラは、治水・利水・水環境のいずれにも深く関わっています。治水・利水・水環境が統合された考え方である「流域総合水管理」を常に頭において、検討すべきと考えます。
[ 2.事業主体・組織論 ]
(2)上下水道一体経営
「新たな水循環基本計画」の理念から考えて、上水道と下水道は分離せず、水道取水から下水道放流までを一つの系と捉え、「上下水道」として一体化した事業・管理・会計処理・経営を行うべきではないか。アウトプットとして、「上下水道法の制定」、「上下水道事業法の制定」等が考えられると思います。
(3)官民分担
国家危機管理(水道テロへの対応等)・国民視点(カスタマー視点等)から考える時、上下水道事業の財産管理主体は国・都道府県・市町村等の「官」ではないか。一方、オペレーション・運営・経営主体は「民」が関与した形が望ましいのではないか。官・民の役割分担論、最適な分担の考え方について、方向性を出すべきと考えます。
(4)スーパー広域化、ハイパー広域化
上下水道インフラのサステナブルな経営を考えるとき、上下水道経営を一体化した上で、近隣市町村の広域化という小さなスケールでなく、本格的なスーパー広域化・ハイパー広域化が必要ではないか。
例えば、第一段階の「スーパー広域化」では、47都道府県ごとに一か所ずつ、上下水道経営組織を設立(官的組織・官民組織・民のいずれかの組織で)し、ウォーターPPPの最初の10年の後、20年経営のコンセッション等で上下水道経営を実施することも考えられるのではないか。その後の第二段階の「ハイパー広域化」では、DX展開の進む今後等を見据え、電力会社・高速道路会社クラスの大規模スケールでの広域化を考えることはできないか。「東日本上下水道組織」、「中日本上下水道組織」、「西日本上下水道組織」の三組織の設立(官的組織・官民組織・民いずれかの組織で)という案も考えられるのではないか。または、国と連携しての災害対応等を考えると、全国の地方整備局単位(北海道・沖縄を含むと10)のハイパー広域化も考えられるのではないか。
現在進行中のウォーターPPPは、今後、小規模都市では進まないことが考えられ、小規模都市のサステナブルな上下水道経営に対しては、スーパー広域化・ハイパー広域化が極めて有効ではないか。
上下水道に携わる官の人材・民の人材の確保は、今後、一層厳しくなることが必至です。こうした中、ハイパー広域化により、一定の組織維持を図り、サステナブルな上下水道経営を続けていくことが現実的な道と考えます。
この場合、(3)で述べた財産が官、経営をできるだけ民という考え方を、組織として、どう構築するかという課題がありますが、例えば、財産を有し、料金設定権を持つ官組織と、オペレーション等を実施する組織を分け、オペレーション組織には一定の民の出資を受ける等の対応策があると考えます。
なお、料金設定に対しては、国土交通省の認可を受ける仕組みの構築も考えられます。
また、「スーパー広域化」・「ハイパー広域化」の組織を、地方独立行政法人法に基づく「地方独立行政法人」として、設立することも検討に値すると考えます。
(5)バンドリング
上記の上下水道インフラ経営組織は、他の社会インフラも併せて経営するバンドリングを行うべきか。上下水道は、国家危機管理と関連するため、原則として、上下水道のみで経営し、バンドリングは実施すべきでないという意見もありますが、条件を付け、やはり、効率性を考えるべきだと思います。ハイパー広域化の大規模組織においても、地域毎の現場では、他の社会インフラとのバンドリングを実施し、効率化を図るべきと考えます。
(6)上下水道事業団
現在すでに存在する「日本下水道事業団」に、上水道に係る業務を追加し、「日本上下水道事業団」に改組することが考えられるのではないか。戦後まもなくに建設された上水道の浄水場・配水池等の箱物施設の老朽化が、現在、一気に進んできており、自治体の上水道部局からのニーズは大きいと思います。また、上記ハイパー広域化における「日本上下水道事業団」の役割・位置づけを考えるべきと思います。
(7)上下水道関連団体
上下水道関係諸団体のあり方の検討が必要ではないか。
[ 3.国の役割論 ]
(8)国の使命・役割
上下水道事業における国の使命・役割は、法制度確立、一定の費用補助、ビジョン策定・実行、大規模災害時の直轄代行事業の実施(現在まだ制度ができていませんが)、上下水道技術開発の推進、上下水道産業の進展支援、企業等の国際展開の支援等と考えます。
[ 4.官民連携論 ]
(9)NEXTウォーターPPP
ウォーターPPPの10年間の後(NEXT)の道筋を方向付けすべきではないか。コンセッションへの移行が基本かと思いますが、種々の検討・方向性の提示が必要と思います。また、現在のウォーターPPPの検討が、国庫補助の継続確保のためというやらされ感が大きい中、目的の明確化をした上での遂行が必須だと思います。ハイパー広域化時点での官民連携のあり方も重要検討事項です。
[ 5.費用負担論 ]
(10)費用負担論
上下水道の費用負担論を議論の上、確立し、上下水道料金・使用料の算定の考え方と決定のプロセスを明示すべきではないか。その際、耐震化等安全性の確立、雨水対策、高度水処理などの水質保全対策、大規模改築等、一定の支出には、引き続き、恒久的に国庫負担が必須ではないか。1960年から1985年にかけて、建設省・自治省・大蔵省のメンバーが集結して議論を戦わせ、重要な提言をまとめ、それが、現在でも下水道インフラの財源論の基礎になっている「下水道財政研究委員会」の今日版である「上下水道財政研究委員会」を立ち上げ、提言をまとめるべきと考えます。
[ 6.個別施策論 ]
(11)老朽化対応
中川流域管路陥没を踏まえ、管路等の老朽化対応としての老朽化診断調査の徹底、更新計画の策定、更新事業の実施は、人命に係る点からも、最も高い緊急度で実施されるべきではないか。管路の更新への国庫補助にウォーターPPPを要件化することは、再考すべきではないかと考えます。
(12)PFAS対応
上下水道インフラ事業において、下水汚泥中の問題も含め、PFAS(PFOA、PFOS等)への対応をしっかりと考えるべきではないか。米国の基準化の動きを踏まえ、我が国でも、環境省と連携した適正な基準化と、十分な施策の打ち出しが必要だと考えます。
(13)エネルギー自立化
2050年を目指したGX(グリーントランスフォーメーション)の主要目標として、上下水道施設におけるエネルギー自立化を明確に打ち出すべきではないか。下記のように、EU議会では、11月に議決されました。
(14)微量有害物質対応
PFASに限らず、マイクロプラスチック対応、ウイルス・病原体対応、日用品・医薬品由来の微量有害物質対応が、国土交通省としても、環境省と連携して、必要なのではないか。下記のように、EUでは、一歩も二歩も先を行った議論をしています。我が国も、世界をリードすべきと考えます。
(15)下水サーベイランス
日本全国での環境水サーベイランス(河川・湖沼・海域等でのウイルス等病原体のサーベイランス)・下水サーベイランスの社会実装を本格的に実施すべきではないか。
上記3点((13)、(14)、(15))関連で、昨年11月にEU議会で、下記事項が含まれた「EU下水道法(EU都市下水処理指令)」が、議会承認されました。今後、EU加盟各国において、各国の下水道法がこれに沿って改訂され、施行される見込みです。
ア.下水疫学関係として、各加盟国は、公衆衛生当局と都市下水処理担当部局が協力・調整システムを整備し、下水処理場流入水中の、(ⅰ)SARS-CoV-2ウイルス及び変異株、(ⅱ)ポリオウイルス、(ⅲ)インフルエンザウイルス、(ⅳ)新興病原体、についての下水サーベイランスを実施する。
イ.10万人以上の都市では、遅くとも2年後までに、下水処理場の流入水・放流水における薬剤耐性菌(AMR)のモニタリング(下水サーベイランス)を義務づけ。2026年7月2日までに、欧州委員会は、AMRサンプリング頻度とAMR測定方法の基準を策定する。
ウ.下水処理水中のマイクロプラスチック濃度のモニタリングを義務付け。
エ.下水処理場での日用品・医薬品由来の微量有害物質の除去を義務付け。
オ.下水処理場におけるエネルギー自立化の達成。
我が国においても、厚生労働省と協力・調整して、下水サーベイランスの社会実装へ舵を切るべきと考えます。また、微量有害物質対応につきましても、今後の水系における生物多様性の確保が世界的課題になっている中、早期に手を打つことが必要であると考えます。
(16)バイオ関連技術開発
グローバルに戦える上下水道関連技術の開発推進が必要ではないか。特に、下水道インフラに大きく関わるバイオ関連の画期的技術の開発に対する積極的な開発支援が必須と考えます。現在、半導体技術開発・製造の復権に向け、日本政府挙げての半導体への支援が実施されています。我が国の技術が今後世界をリードする分野として、バイオ関連は、最有力候補の一つです。バイオに大きく関わっている上下水道インフラ界として、国家プロジェクトを組んで、技術開発を支援すべきと考えます。
[ 7.検討会の準備関連 ]
(17)世界各国レビュー
上記の議論に先立ち、早急に、世界各国の上下水道インフラの管理・運営・経営の考え方、実態、課題等をレビュー・評価し、その上で、今後の日本のあり方を考えるべきではないか。
§
「新たな水循環基本計画」の考え方の下、こうした多くのテーマについて、「どうすれば我が国の上下水道インフラのサステナブルな進展が可能となるか」を問いつつ、「骨太の議論」を展開し、「確固たる方向性」を提示いただきたいと心から願っています。
【筆者略歴】
(やと・よしひこ)山梨県北杜市出身。東京大学工学部都市工学科卒業。建設省入省。都市局下水道部下水道事業課配属。1987年西ドイツカールスルーエ大学客員研究員、1991年京都府下水道課長、その後、建設省下水道事業課建設専門官(予算総括)、同下水道事業調整官、東北地方整備局企画部長、国交省下水道事業課長、国交省下水道部長、日本下水道事業団理事、日本下水道事業団理事長(公募による選任)、㈱NJS取締役技師長兼開発本部長等を歴任。2022年3月より㈱NJSエグゼクティブ・アドバイザー(常任特別顧問)、現在に至る。2022年5月より一般社団法人日本下水サーベイランス協会副会長・企画委員長。その他、(公財)河川財団評議員、(一社)日本非開削技術協会理事、等を務める。技術士(上下水道部門(下水道))。著書に「21世紀の水インフラ戦略(理工図書 書き下ろし)」がある。