「上下水道の未来を考える対談シリーズ」第7回にあたる下水道の散歩道第70回は、楠瀬耕作高知県須崎市長をお訪ねし、お忙しい中、1時間、対談をさせていただきました(2024年11月12日収録)。
楠瀬耕作市長(右)と谷戸善彦氏。市長室にて
楠瀬耕作
高知県須崎市長
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谷戸善彦
(一社)日本下水サーベイランス協会副会長
元国交省下水道部長
元日本下水道事業団理事長
[目次]
Ⅰ.楠瀬市長プロフィール
Ⅱ.市長として常に意識されていること
■市民の「安全・安心」と市民の「笑顔」
■民間出身の市長として
■市の厳しい財政の中、「須崎未来塾」で人材育成にチャレンジ
■須崎市所在の明徳義塾と超ライバル高知高校野球部出身甲子園出場市長
■西日本最大のスケートボードパーク建設へ
Ⅲ.地方創生への挑戦
■「須崎市海のまちプロジェクト」推進で新たな須崎の魅力を発見
■日本初のデジタルノマド政策—拠点整備とノマドフェスティバル開催
■東京一極集中は危機管理面からも是正すべき
Ⅳ.官民連携 PPP/PFIの将来
■小規模コンセッションを日本で初めて実施、順調に運営
■ウォーターPPP・コンセッションの成否は、自治体内部の人材の存在と首長のリーダーシップ
■B-DASH(下水道革新的技術実証事業)の採択は大きくコンセッションに繋がった
■コンセッションは、地方創生、SDGsに貢献
Ⅴ.上下水道行政の一体化への期待
■目に見えるシナジー効果を創出すべき
Ⅵ.国土強靱化に向けて
■事前防災対策の推進への舵切りを
■都市内水対策として、防災集団移転を検討
Ⅶ.上下水道界の活性化
■須崎の子供たちが水・上下水道に対する関心を持ってくれるよう
Ⅷ.今後の社会資本整備・管理のあり方
■地方創生においても、インフラの整備・管理が基本
Ⅰ.楠瀬市長プロフィール
谷戸 楠瀬(くすのせ)市長について、私からご紹介させていただきます。平成24年(2012)に高知県須崎(すさき)市長に就任され、4期目を迎えられています。
その間、須崎市は、ゆるキャラグランプリ(2016)第一位に輝いた「しんじょう君」(須崎の新荘川で日本で最後に確認されたという絶滅種ニホンカワウソに因る)の全国的人気とその関連イベントの開催、短中期滞在型の新しいライフスタイルを提案し、今後の地方創生に大きな進展を与える可能性のある「デジタルノマド(ノマドとは、遊牧民の意。オフィスを一定の場所に持たず自由に働く人。)」の拠点創設とノマドフェスティバルの開催、2026年度を目標年度に地元の信用金庫との連携の下、着々と進捗している「須崎市海のまちプロジェクト」等、新たな地方創生の試みを全国に一歩も二歩も先駆けて、実践されています。まさに、民間の経営者出身の楠瀬市長ならではの発想・実行力です。
下水道の分野でも、日本初の水処理方式DHS(スポンジ担体充填無曝気生物処理)の採用、小規模下水道としては日本初のコンセッションの実施と、下水道界の誰もが知っている全国の先導的施策を展開し、いずれも、順調に稼働しています。
私は、DHSの採用、コンセッションの実施等でご一緒に仕事をさせていただき、もう10年来の交流をさせていただいています。いつも笑顔で明るくポジティブな素晴らしい市長です。
楠瀬 谷戸さんとは、ここ10年、連携して、仕事をさせていただいています。国土交通省の歴代の下水道部長さんには、継続的に良い連携をとらせていただいています。
Ⅱ.市長として常に意識されていること
■市民の「安全・安心」と市民の「笑顔」
谷戸 まず、市長として普段から、一番意識されていることを教えていただけますか。
楠瀬 高知県は「人口減少先進地」です。高齢化も進んでいます。全国でもトップクラスだと思います。そんな中でいかに住民の方の「安全・安心」を作っていくか、いかにしてもっともっと「笑顔」になってもらうか、このことを常に考えています。地域の活力をできるだけ高めていきたいと考えております。
谷戸 笑顔の話が出ましたが、楠瀬市長ともう10年ぐらいお付き合いさせてもらっている中で、私はいつも市長の笑顔が素敵だなと思っていました。
■民間出身の市長として
谷戸 市長になられる前は、この地域のテレビのチャンネルが少ない中で、もっと多くのチャンネルを市民に提供しようと、ケーブルテレビの展開に注力されておられたと聞いています。そうしたチャレンジ、また実行されるお力は本当にすごいな、と私はずっと思っていました。
民間企業の経営者を経験されて、市長になられたという点は、他の首長さんとは違ったご経歴だと思います。そのあたり、民間の出身であるがゆえに、市長さんとして、違いを感じておられる点、また、常に意識されていることはおありになりますか。
楠瀬 一番迷惑しているのは職員の皆さんだと思います(笑)。私は行政の中の文化とかあまり分からなかったし、今もあまり分かっていないのですが、そんな中で勝手なことを言うので、職員はかなり困っているんじゃないかな、と思います。
だんだん最近飲みに行こうと言っても、付いて来てくれる人が少なくなってきて(笑)
「市長被害者の会」もあるんです、本当に(笑)
■市の厳しい財政の中、「須崎未来塾」で人材育成にチャレンジ
谷戸 一期目の時に須崎市の将来像を議論する「須崎未来塾」という市民参加型の会合を開かれました。参加者は、主に市民の方でしたが、市役所の方も参加されたと聞きました。この「未来塾」は、民間ご出身の楠瀬市長らしい素晴らしい施策だったと思います。
楠瀬 市長になった当時、市にもっとお金があると思っていたのですが、かなり財政的に厳しく、実質公債費比率が20%を超えていました。新たな起債を起こすのにも県の許可がいる「許可団体」でした。新しい取り組みをしたいと思っても、財源がないという状況でしたから、あまりお金をかけずにできることは「人材育成」ではないかと考えました。
何か打ち出さなければと思っていたところに、お金があまりかからないということで、愛媛大学の方にお願いをして、「須崎未来塾」を数年間開催し、須崎の未来を議論しました。その成果は、現在進行中の種々のプロジェクトに活かされていると思います。
谷戸 市役所の課の名前も変えられたそうですね。
楠瀬 それもあまりお金がかからないので(笑)
商工振興課を「元気創造課」にしたり、最近では環境保全課を、保全ではなく未来志向で「環境未来課」にしたり。
谷戸 全国でも珍しい名前ですね。ポジティブな。
谷戸 楠瀬市長は、民間のご経験や、他の市長さんと違ったご経歴の中で、須崎市を、いろいろ新しいチャレンジングな都市にされてきました。長いお付き合いの中でそう感じています。
■須崎市所在の明徳義塾と超ライバル高知高校野球部出身甲子園出場市長
谷戸 市長さんは、昭和52年に、夏の甲子園に出られましたね(第59回大会)。
楠瀬 古い話です。
谷戸 名門高知高校の野球部ですね。
楠瀬 野球にばかり打ち込んでいました。当時は。
谷戸 私は高校野球が大好きで、その年の甲子園はよく覚えています。東邦高校(愛知)の坂本バンビちゃん(坂本佳一投手)ですね。バンビちゃんが1年生でものすごい活躍をした時ですよね。高知高校は、ベスト8まで行き、大阪の大鉄高校(現阪南大高)に接戦の末、敗れました。
楠瀬 そうです。その年です。
谷戸 市長のポジションと打順は。
楠瀬 ライトで8番です。
谷戸 レギュラーは、すごいですね。全国の市長さんで甲子園に出られた方は、少ないでしょうね。楠瀬市長が西日本最大のスケートボードパークを計画されておられたり、スポーツ振興、スポーツからの街づくり・地方再生に取り組んでおられるのも、ご自身の経験が大きいのでしょうね。
楠瀬 我々の時は夏も南四国大会がありました。徳島と高知で1校、愛媛と香川で1校でした。
最近、参議院議員選挙が高知と徳島で一区(合同選挙区)になってしまいました。高校野球でさえ1県1校になったのに、なんで参議院が合区なんだと冗談で話しています。県民の声を中央に伝えるためには、何か、考えていただきたいですね。
谷戸 今年の秋の明治神宮大会には明徳義塾が四国代表で出ましたが、ここ2、3年は市長の出身の高知高校が高知代表になることが少なくなく、明徳義塾の馬淵監督が焦っているような感じも受けていました。そういう中で高知高校の野球部の先輩として愛着はいかがですか。
楠瀬 愛着は当然ありますが、明徳さん(須崎市内に学校がある。高知高校は高知市内。)が甲子園に出るとなれば、須崎市の高校ですから、市長として、壮行会に行って「頑張れ」と言わなくてはいけないわけです。心からそう言ってますが(笑)。しかし、壮行会では司会の方が、はじめに「市長は高知高校出身」みたいに紹介されるので喋りにくいです(笑)
谷戸 そうですね、今や超ライバルですからね。
楠瀬 ただ、今では県外からの選手が多くなりました。県外の人が甲子園に出たいから高知県内のどこかの高校へ来るみたいな、そんな形になってますよね。
谷戸 確かに県外からの選手は多いのですが、須崎市の中にあれだけ有名な明徳義塾高校があります。野球でなくてもいいのでしょうが、今「海のまちプロジェクト」をやっておられる中で、海洋スポーツにも力を入れておられます。明徳の野球に限らず、いろいろなスポーツの街みたいな。そういった発想もあるのかな、と思いますが。
■西日本最大のスケートボードパーク建設へ
楠瀬 今度、スケートボードパークを造ります。これから建設に入ります。
谷戸 スケートボードは凄い人気ですよね。
楠瀬 はい。ただ、建設までにちょっと時間がかかりすぎました。土地の選定とか。だいたい決まって、5千平米ぐらい。西日本一の施設を造るということで今進めています。その他は、市内になかなか場所がありません。野球場、サッカー場もないですし、なかなか整備もできないのですが、健康づくりも含めてスポーツには力を入れたいです。高齢者になってもできるようなスポーツも取り入れていきたいと思います。
Ⅲ.地方創生への挑戦
■「須崎市海のまちプロジェクト」推進で新たな須崎の魅力を発見
谷戸 今のお話の延長で、地方創生についてお話を伺えますか。市長は、自治体間において、「まちの魅力は競争、インフラは共有」とおっしゃっています。「海のまちプロジェクト」をはじめ、スポーツ関係もそうだと思いますが、地方創生に向けての大きな鍵とか、今一番注目されているところを教えていただけますか。
楠瀬 今、「須崎市海のまちプロジェクト」を進めています。須崎で100年前に創業した高知信用金庫さん(創業当時須崎信用組合)という信用金庫があります。本社を高知市に移転されましたが、100周年にあたり、発祥の地に何か恩返しをということで、「海のまちプロジェクト」を大々的に、資金面も含めてバックアップをしてくれています。本当に助けていただいています。その推進の中で一点、我々が、気づいていなくて、改めてびっくりしたのは、須崎にはこんな良いところが多々ある、と高知信用金庫の理事長さんに気づかされたことです。例えば古い街並み等です。
我々から見たら、人口が減ってさびれてきたなと思っていた街並みも、外の人の目で見ると一つの資源になるのですね。そこをもう一回、見直して、再開発的に、街づくりをしようじゃないかと。
地元の人はよく「須崎は何もない町」だと言っていますが、そうではない。神社仏閣の数は他の都市に比べたらかなり多い。また、よくよく調べたら、須崎の街並みは京都の街並みに近似している点が多いのです。糺町(ただすまち)っていう町があります。糺の森(世界文化遺産)の「糺」ですね。その糺の地区の方は、亡くなった方のお骨を西本願寺へ分骨に、今でも行かれています。
「京都との繋がりも深いね」と、そんなことを掘り起こしつつ新しい街づくりを「海のまちプロジェクト」としてやっていこうと考えました。
それに須崎の特長である美味しい魚。これは高知県内でも評価をいただいていると思っています。そういうものを一緒にして、外から人が来ていただけるようにしていきたいと思っています。
谷戸 それは永住ではなく、旅行とか、比較的短期の滞在で来ていただきたいというイメージでしょうか。
楠瀬 そうですね。魚を食べに来ていただくとか。プロジェクトは5年計画で進めていて、今は3年が終わって、魚を食べるところとか、須崎駅のリニューアルとかが終わりました。あと2年で、街の中で滞在していただけるような、ホテルではなくて親しみのある旅館のような、そういうものを整備していきます。
そういう所に来ていただいて、インバウンドも含めて、須崎の魚とか、街並みとか、神社とか、そういうものを味わっていただこうと。
■日本初のデジタルノマド政策――拠点整備とノマドフェスティバル開催
楠瀬 もう一つ。去年から取り組んでいる「デジタルノマド」という施策があります(ノマド=遊牧民。オフィスを持たず自由に各所を移動し、短中期的滞在をしながら働く人々)。この中心になっているのは、慶應大学を出て外資系会社を経て須崎に来られた女性です。「今のITの時代、どこでも仕事ができる。それも、一箇所にとどまらず、何か月かおきに日本中・世界中を回って、短中期的滞在をしながら、遊牧民(ノマド)のように移動して、仕事ができる。その拠点を須崎に作りましょう。」ということで、須崎に関心を持ってくれた人たちと、須崎に拠点を作りました。その拠点の大きな民家に昨年は250人くらい、そういうノマド(遊牧民)が来てくれて。ノマドフェスティバルも開催しました。アドバイスをいただきながら、今後、例えば、ノマドの人たちを核としてITを取り入れた街づくりを行うとか、IT教育を支援してもらうとか、そういうことを考えています。
谷戸 すごいですね。この「ノマド(遊牧民)」とその「拠点」をベースとした街づくりは、今後の地方創生において、新しい発想の素晴らしいメニューの一つになりますね。
「海のまちプロジェクト」には6本柱がありますよね。
①素材・商材の豊富なまち
②世界に開かれた港まち
③魚種の豊富な魚のまち
④奥四万十地域 玄関のまち
⑤天然の海洋スポーツ環境を有するまち
⑥大正・昭和の面影 エモーショナルなまち
ですね。
先程おっしゃったデジタルノマドはこの中にも入っていない新しいDXの世界ですね。すごいですね。
楠瀬 比較的若い方が来ています。取り組みとしては若い方の取り組みになっていて、それが地元の高齢者の方に波及していないところが、課題です。
谷戸 私も須崎にはもう10回近く来ていますが、コンセッション(須崎市公共下水道施設等運営事業)の話のスタートの頃(4年ほど前)と比べても、ここ2、3年で大きく変わった感じがします。
楠瀬 皆さんのお助けのおかげです。
■東京一極集中は危機管理面からも是正すべき
谷戸 そういう中で、東京一極集中についてはどうお考えですか。
楠瀬 我々としては、結構厳しいですね。例えば先ほど話にでた参議院議員選挙は徳島・高知で1人という形になりましたけど、一方で東京、首都圏の議員さんは増えていますよね。そうなると、例えば予算の面にしても地方の声がなかなか通りにくくなっているのを我々は感じています。また若い女性の方が、首都圏へ行ったらもう帰ってこない。これは地元も我々も悪いのですが。出生率は、東京は1を切りました。そういうところに、若い女性たちが集まるという。やはり日本の国にとってもあまりよろしくないと考えます。
もう一点。危機管理から言うと、大災害が起こった時に、首都機能が麻痺すると、日本自体のコントロールタワーがなくなる。日本全体のことを考えると、それも危惧しています。
谷戸 このたび、地方創生を強く意識された石破氏が総理になりました。与野党が拮抗した中で、政策遂行は難しいところもあるかも知れませんが、地方創生に新しい展開が出るといいですね。
Ⅳ.官民連携 PPP/PFIの将来
■小規模コンセッションを日本で初めて実施、順調に運営
谷戸 次に下水道の話に入りたいと思います。下水道の世界では、須崎市のコンセッション(須崎市公共下水道施設等運営事業。令和2年4月開始)を知らない人はいないぐらい有名です。コンセッションはご案内の通り、大規模なところでは浜松市や宮城県もやっていますが、小規模な都市である須崎市(令和2年3月末人口2.1万人。現在1.9万人)で、どうしてコンセッションなのか、どうやってスタートしたのだろうか、実際はどういう状況だろうかという関心は高いと思います。特に、国の方もウォーターPPPを推進する中で、改めて須崎市が注目されていると思います。日本で初めてコンセッションを実施された経緯や、現在の評価などお聞かせ願います。
楠瀬 内部的には西村公志さんをはじめ、良い人材がいたことが大きいです。そして当時雨水対策を先行していて、雨水対策を一通り終えて、次に下水道汚水対策へ取り掛かるとなった時に財政難になって。管路はあまり延ばせていなかった。にもかかわらず、当初の整備予定規模で処理場は完成していた。非常にバランスの悪い状態で、それがまた、大きな財政難の原因でもあったと。
これを何とか改善しようということがまず最初でした。下水道担当の職員が、いろいろ考えてくれました。小規模でもできる方法を、企業さんからいろいろなご指導もいただきながら、探りました。
こうした局面局面で、いろんな良いパートナーに恵まれました。それがきっかけでした。
谷戸 この10月、コンセッションが始まって5年目、中間評価がなされました。
2020年から始まって4年強経った中で、今回の評価をご覧になって、率直なところはどうでしょうか。
楠瀬 4年半を経過して、SPC(運営権者)も落ち着いてきました。基本的には、順調に推移していると思います。今後の方向としては、もうちょっと事業範囲を広げませんかと。須崎市だけではなくて、周辺の市町村への広域化の話もあるだろうし、今やっている業務以外の仕事への展開もありましょう。
谷戸 広域化とバンドリングですね。いろんなことができる可能性があると思います。せっかく須崎に人が常駐しているわけですからね。
楠瀬 それらでさらに財務体質を強化していただきたい、という考えは持っています。いまも堅実にやっていっていただいていると思っていますが。(編注。財政負担軽減率は事業開始前の期待値は7.6%。中間報告は約7.3%。「当初に想定していた財政負担の軽減は、概ね実現できていると考えられる。」中間報告p49)
■ウォーターPPP・コンセッションの成否は、自治体内部の人材の存在と首長のリーダーシップ
谷戸 規模の小さなコンセッションプロジェクトでは、厳しい状況になってもおかしくない中で、すごいことだと思います。市長がおっしゃる通り、人材面が大きいですね。市の中に西村さんのような人材がおられ、民間側にも人材がいたことが大きいと思います。市の中で、民間企業側との調整をされながら、市役所の中で上司や市長、議会へのいろんな対応を的確にこなされた方がおられたから、コンセッションが成立・成功したと思います。日本で初めてですから、すごいなという印象があります。
今日本中でたくさんのウォーターPPPが始まろうとしています。これからいろんなところで、成否というか、うまくいくところ、いかないところが決まってくると思います。私から見ていても、市役所の中に然るべき、核になる方がおられて、その方が市長、議会、住民への説得をきちっとされるかどうか。そこが重要なポイントだと思います。
何でもかんでも、民とかSPC構成者の方々に任せてしまっては絶対にうまく行きません。市の中に誰か核となる方がおられるかどうか、この辺が要だと思っています。
楠瀬 そういう意味では、須崎市は、大変うまくいきました。
この間東京で、日本下水道協会の首長懇談会があってウォーターPPPやコンセンションの話になった時に、偉そうな言い方になってしまいますが、やり方がわからないとか、どういう手順を取ったらいいのかわからないという首長さんが割と多くいらっしゃいました。市の中に人材がいれば、首長さんは安心できるのですが。
谷戸 そういう方がおられないと、うまくいかないのではと感じます。民側では、ここ5年10年で、今回のウォーターPPPにしても、だいぶ蓄積がなされてきました。そういう中で、いくら民の人がしっかりしていて、いろんなことを段取り付けても、やはり市の中の議会対策や、市民や市長さんへの説得というところは、誰か市の中の人がやらないとダメでしょうから、大きいですね。須崎市の実施の時はまだ民側に蓄積がほとんどないような時期でしたから、その時に西村さんがされてきたことはすごいことだと思いますね。
楠瀬 よくやりましたね(笑)
谷戸 それを受け止め、決断された楠瀬市長がまたすごいですね。市長のリーダーシップですね。先程話したケーブルテレビや、タクシー会社も含めて民のご経験、それも経営者としてのご経験ですよね。それが大きかったのではないでしょうか。
楠瀬 いやどうだか、馬脚はいろいろ出てますので(笑)
■B-DASH(下水道革新的技術実証事業)の採択は大きくコンセッションに繋がった
谷戸 コンセッションが始まる前に、市長がおっしゃったように市の中の雨水対策先行の中で、汚水については、なかなか面整備が進まなくて、処理場が過大気味で、改築等するにも予算が厳しい、こうした状況がありました。この時、国のB-DASH事業(下水道革新的技術実証事業)を使って、日本初の水処理技術DHS(スポンジ担体充填無曝気生物処理)をほとんど市の負担なしで導入されました。あれが大きかったですね。民間出身の楠瀬市長ならではですね。
楠瀬 コンセッションへ進む大きな弾みになりましたね。
谷戸 あれがコンセッションに繋がっていると私は思っています。
楠瀬 本当に、国交省の皆さんには、ご支援いただきました。
■コンセッションは、地方創生、SDGsに貢献
谷戸 地方創生でいくと、須崎市の場合、コンセッションの採用、B-DASHによる日本初の省エネルギー型新技術の適用という点で、下水道が地方創生に貢献したという面もありますね。
楠瀬 地方創生に加え、SDGsにもつながっています。
谷戸 DHSは須崎市が素晴らしい結果になっているものですから、日本の中だけでなく、もっと海外にも出せるのではないかと大きく注目をされてきましたね。
楠瀬 JICA(国際協力機構)からも視察がありました。
Ⅴ.上下水道行政の一体化への期待
■目に見えるシナジー効果を創出すべき
谷戸 今年の4月から国の上下水道行政が一体化しました。須崎市も今年の4月から上下水道課になったと聞いています。上下水道の一体化への期待をお聞かせください。国の行政の一体化から7カ月が経ちました。上下水道のはっきりとしたシナジー効果が提示されると良いと思っています。
楠瀬 上下水道一体化には期待しています。おっしゃる通り、シナジー効果がはっきりと明示されるといいと思います。なにか象徴的な事例があったらいいですね。私は、日頃より、自治体間で、「まちの魅力は競争、インフラは共有」と言っています。今後、地方ではどうしても広域化・共同化の話が出てきます。上下水道の広域化・共同化の推進に期待しています。
谷戸 上下水道行政の一体化は、市長ご自身は、方向性としては。
楠瀬 インフラとしてこれは正しい方向だと思います。
谷戸 須崎市でもこの4月より、上水道・下水道の組織が一緒になりました。シナジー効果というよりも効率化も含めて、上下水道は一緒がいいなというご判断ですか。
楠瀬 そうですね。上下水道とも、会計自体が公営企業会計で一般会計(特別会計)から離れています。ただそれによって全国的な耐震化をどうするとか、その財源をどうするのかという話は多分、オール日本の話であると思います。国交省さんに一本化されて今後、国土強靱化とかに向けて、一体的にどんな整備をしていくかという話につながっていくのではないかと思います。
Ⅵ.国土強靱化に向けて
■事前防災対策の推進への舵切りを
谷戸 本当にそう思います。国土強靱化といえば、能登半島地震が今年1月1日に起こりました。能登の上下水道の復旧が遅れているという話が、ずいぶんマスコミで注目されました。今回の補正予算も含めて、今後、上下水道の耐震化は、進むと思います。市長として、能登半島地震から得る教訓とか、実際に能登半島への支援において感じられた点等ございますか。また、地震といえば、こちら須崎でも南海トラフ地震が目の前に来ているという中で、地震対策はいかがでしょうか。
楠瀬 まったく他人事ではありませんね。能登のケースは。その後、豪雨災害もあって、復旧が長引いています。話を色々聞くと、輪島市も珠洲市も人口が減っていると。これから復興に10年かかってくると、地域としてどうなるのかという不安が、やはり消えないと思います。
いま国にお願いをしているところですが、復興に復興債とかを使ってお金をかけるよりも、発災前に、南海トラフ対策として、考えられる事前対策に本格的にお金を入れることを国としても考えていただきたいと思います。現在、事前対策に対する国からの支援が少ないですね。例えば高台を造ろうと思っても有利な制度がない。それをやると助かる命もありますし、復興も短期間でいくんじゃないか、と。復興債でお金を使うよりは安く済むのではないか。上下水道に関わらず、そういう感触を持っています。
谷戸 そのあたりは新たな財源か、現在の制度の中での捻出か分かりませんが、事前防災の発想は絶対に大事ですよね。
楠瀬 市長会の中でも議論をしていて、財政法4条というのがあって、財政は税金で賄わなければならないと。借金ができるのは建設国債と復興債に限られているんですよ。一方赤字国債は特例法なので限度があります。高度成長時代、赤字国債はありませんでした。財務省としては、赤字国債はできるだけ減らしたいという思惑ですから、事前防災対策を打つというのは赤字国債になると思われるので、厳しい状況ですね。
谷戸 そこのところは財政法の改正か分かりませんが、事前防災が赤字国債ではなく、特別の国債であるとか、または建設国債の中に入れるような仕組みになると良いですね。
楠瀬 そうですね。やっぱりこれだけ災害列島になってきたので、事前に対策を打てるような制度の創設をお願いしたいですね。
谷戸 非常に大きな話ですね。今回の能登半島地震や豪雨があった中で、そういう事前対策の必要性は、石破総理をはじめ、与野党含めて、国会の方々に認識はあると思います。
楠瀬 最終的には財務省さんがどう考えているかですね。
谷戸 財務省も含めて、認識はあると思うんですけどね。ありがとうございました。
■都市内水対策として、防災集団移転を検討
谷戸 内水対策はどうでしょうか。能登で水害が起こりましたが、須崎市さんはもともと下水道も、浸水対策を先行されていて、だいぶ整備が済んでいます。それにしても、昨今、雨の降り方が変わってきています。今後の須崎市としての浸水対策はどうお考えですか。
楠瀬 本日も庁内で話し合いをしていたのですが、1時間あたり76ミリでポンプをはじめ雨水対策の整備をしていますが、最近は降り方が、そんなもんじゃなくなってきました。ただ、取り替えていくにはまたコストがかかると。
谷戸 雨水対策は、費用がかかりますからね。
楠瀬 そこで、一つの対策として、今、防災集団移転という話を考えています。住居は上(山側)に上げて、働く場所は海の近くと。そういうことを長期的に仕組んでいくのも、ある意味、内水対策です。
谷戸 まちづくりそのものから考えていくのですね。南海トラフ地震発生の場合、高知県下では、地震発生から津波が来るまでの時間がものすごく短いですよね。ですから、海側で働いていることには不安もないことはないですよね。
楠瀬 海に近い低地には、緊急避難場所を結構整備しています。住居が山側にあり、住居が守られるなら、わりと復興が早いのではないかと考えています。
谷戸 そうですね。震災直後、個々人の住居がきちんと使えると全然違いますよね。多分精神的な話も含めてすごく違います。そういう考え方は素晴らしいですね。須崎市の場合、すでに、市役所は高い所にありますが(海抜16メートル)、高知県では、宿毛市さんとか、次々と、皆さん上の方に新しい市役所を造られています。須崎市役所はもともと、考えがあって、高台に造られたのでしょうか。
楠瀬 そこまで津波等を考えていたか分かりませんが、昭和40年代に現庁舎を建設してもう50年くらいになります。
谷戸 昔は他のところにあったのですか。
楠瀬 町村合併前は須崎町役場が浸水予測区域内にありましたが、昭和29年に合併した後に、ここに建てました。
谷戸 いざという時の市のコントロールタワーは市役所ですから、市役所が高台にあるというのは大きいですね。
楠瀬 しかし住民は逆のことを思うかもしれません。
谷戸 なんで市役所だけと(笑)
楠瀬 最近思うのですが、昔は、うちの田舎もそうですが、墓が山の上にある。住居は海の近くにある。本当は逆で、住居はやっぱり山の方にあって、墓は海沿いでもよいではないかと思います。
谷戸 墓を大事にする、墓に何かあったらご先祖様に申し訳ないという発想ですね。今生きている人にとっても、海沿いが住みやすいので、そうしていたのかも知れませんね。防災対策上、まちの働く所と住む所を低地と高地に分けるというのは、一つの方法としてはありますね。
Ⅶ.上下水道界の活性化
■須崎の子供たちが水・上下水道に対する関心を持ってくれるよう
谷戸 是非お聞きしたかったのは上下水道界の活性化です。例えば大学の学生さんには、今はIT関係が人気があります。その中で上水道、下水道というのは、地味な感じですが、企業にしても、官にしても、学の先生方にしても、そういったところに、これから有為な人材がどんどん来てくれるように、上下水道にまずは関心を持ってもらえたらいいなと思っています。「水」というものは、世の中で一番大事なものですよね。環境にも関係するし、先ほどの防災とか、人間がサステナブルにずっと生きていくのに、基本中の基本のものですよね。ですから、もう少し皆さんが水に関心を持ち、社会における水の循環の要である上下水道に興味を持って欲しいのですが。上下水道界を活性化していくためには、どうすればよいのか、何が足りないのか、市長が思うところをお聞かせください。
楠瀬 先日、北九州市の水道局のドキュメンタリーを見ました(NHK 新プロジェクトX「プノンペンの奇跡~希望の水道 国境を越えた絆~」)。カンボジアへ行って技術を広めていく、そしてカンボジアの国益になっていくという活動の報道でした。日本では、水道は、あって当たり前なものですが、しかしそうじゃないよと気づきました。技術革新、国際貢献がクローズアップされていました。こうした番組を見て、先ほど言われた有為な人材が集まるような形になれば素晴らしいですね。世界ではまだまだ、給水の厳しい国がたくさんあります。
谷戸 小学校、中学校、高等学校といった頃から、水というものに対する、そういうきっかけみたいな出来事・経験があるといいですね。
楠瀬 そうですね。SDGsの中で一番の中心は水かも知れませんね。そういうことを学校教育なんかでも取り入れていって。
谷戸 須崎市の場合、もともと非常にきれいな川があちこちに流れています。須崎市における水のありがたさとか、一方で水害の厳しさとか、そういった水に関連する話が、須崎の子供たちに伝わり、少しでも水に関心を持ってくれたらいいですね。
「海のまちプロジェクト」にしても、海の美しさとか、水が関係しているわけです。これからプロジェクトなどを進めていただく時に、プロジェクトにおける水というものを、ちょっと意識してもらえると、すごく違ってくるような気がします。水って、人間社会生活の基本中の基本ですからね。
Ⅷ.今後の社会資本整備・管理のあり方
■地方創生においても、インフラの整備・管理が基本
谷戸 最後にお尋ねします。楠瀬市長は「社会資本整備を考える首長の会」のメンバーでいらっしゃいます。今後の社会資本整備・管理のあり方、具体的には、これから社会資本のどういう部門を伸ばしていくべきか、社会資本整備・管理をどういう風にやっていったらいいか、その財源は、そのあたりについては、どのように考えておられますか。
楠瀬 一つは、先ほど申し上げた財政論の考え方です。プライマリーバランスを国としてどう考えていくか。私はプライマリーバランスをあまり重視する必要はないと考えています。
谷戸 京都大学の藤井聡先生の考え方ですね。
楠瀬 はい。例えば高知県の高速道路の進捗率はまだ60数%です。計画に対しての整備率が。こういう遅れが、例えばさらなる人口減少につながってくるかもしれません。そういう意味では我々地方にいる者とすれば、インフラの、もうちょっと積極的な整備ということを、今も訴えています。
谷戸 市長が平素から常に意識されている「市民の安全安心」につながるインフラも、ちょっと前までは公共事業と言うだけで「悪」のような感じがありました。地震の多発、水害の激甚化・恒常化で、昨今、かなり変わってきたと思います。インフラの整備・管理、社会資本の整備・管理は、本当に大事なことです。サステナブルな人間生活存続の要だと思います。
楠瀬 地方創生においても、インフラの整備・管理が基本になってくるかもしれませんね。
谷戸 本日は、長時間にわたり、幅広いご意見を賜り、本当にありがとうございました。
プロフィール
楠瀬耕作(くすのせ・こうさく)氏
1960年生まれ。東京経済大学経営学部卒。錦ハイヤー㈱代表取締役、よさこいケーブルネット㈱常務取締役、須崎商工会議所副会頭などを経て、2012年2月須崎市長に就任。現在4期目。
谷戸善彦(やと・よしひこ)氏
建設省入省。1987年西ドイツカールスルーエ大学客員研究員。その後、京都府下水道課長、国土交通省東北地方整備局企画部長、同下水道事業課長、同下水道部長、日本下水道事業団理事長、㈱NJS取締役技師長兼開発本部長等を歴任。現在、一般社団法人日本下水サーベイランス協会副会長、公益財団法人河川財団評議員等を務める。