伊藤組土建が水処理と養殖の技術を駆使して、ヒメマス・ベニザケを飼育
札幌市の元下水道・河川局長、坂田和則氏(現・伊藤組土建常務)が陸上養殖プロジェクトに取り組んでいると聞き、実証実験の現場「恵庭パイロットプラント」を訪ねた。
伊藤組土建が所有する恵庭倉庫で、2022(R4)年からヒメマス・ベニザケの養殖を始め、今年が3年目になる。「あと2年くらい実証実験を続けて、次(事業化)に進みたい」(坂田)。成魚用の本水槽(20トン)では、養殖が難しいと言われるヒメマスの幼魚(約3000尾)が勢いよく回遊していた。 【2024.9 編集部】
養殖を始めるきっかけと、これまでの経緯
会社が建設業の先行きを考えて、社員から新規事業の提案を募集したとき、坂田氏が「養殖はどうだろう」と提案したのがきっかけになっている。養殖案はその後、とんとん拍子に進み、2019(R1)年に検討を開始する。2020(R2)年には本社の地下でヒメマスの試験飼育を始める。2021(R3)年に、社内に陸上養殖プロジェクトチームを立ち上げ、伊藤組土建所有の恵庭倉庫でパイロットプラントの建設に着手する。
同時に「北海道立総合研究機構さけます・内水面水産試験場」と共同研究を始めた。2022(R4)年からは、恵庭パイロットプラントにヒメマス稚魚を投入して本格飼育を開始する。試験飼育は今年が3年目(R4~6年)となる。試験飼育で育てたヒメマスは、試食会を開いて社員に食べてもらい評価を聞くとともに、一方では恵庭市の懐石料理店に持ち込んで、多種多様な料理を創作してもらうなど、事業化に向けた下準備を並行して進めている。
養殖している「ヒメマス」と「ベニザケ」
ヒメマスとベニザケは同じサケ目サケ科の魚で、淡水に留まるのがヒメマス(陸封型)、海に出て大きく成長したのがベニザケ(降海型)。ともにサケマスの中では一番美味い高級魚として知られる。ベニザケは国内ではほとんど獲れないため、ロシアやカナダから輸入している。ヒメマスは北海道だけでなく本州にも生息(南限は関東)しているが、病気に弱く、水温に敏感(低水温が条件)なため、国内では飼育例が少なく、ニジマス養殖が主流になっている。
幼魚用と成魚用の2つの水槽で飼育
恵庭パイロットプラントには幼魚用(3トン)と成魚用(20トン)の2つの水槽が設置されていた。それぞれの水槽に、SSタンク(2か所)、硝化槽、脱窒槽、沈殿槽がつながれている。また水槽にはSSタンクとつなぐスイマー2か所と酸素供給装置が設置されていた(下図参照)。
幼魚用と成魚用の大きな違いは、幼魚用の水槽は淡水、成魚用には海水が入っている。ともに恵庭市の水道水をベースにして、海水も人工的に作っていた(水温はともに13℃)。海水の塩分は通常3%くらいだが、成魚用は1/3海水として、生体とほぼ等張の塩分約1%に抑えている。幼魚用の3トン水槽(淡水)でヒメマスの稚魚を育てて、大きくなったら成魚用の20トン水槽(海水)に移し、海水でヒメマスからベニザケへと成長させる。淡水より海水の方が成長の速度が早まるという。最終的に2キロサイズのベニザケを育てるのを目標にしていた。天然で、そこまで育つには3~4年かかるが、養殖では1年半くらいで育てられると話す。短期間に成長させて出荷できれば経済効果は大きい。それを可能にしてくれるのが水温・水質の適正な管理と成長を促す餌で、水温は常時13℃をキープしていた。ヒメマスは水温が下がると餌を食べなくなり、20℃以上に上がると死んでしまう。餌も工夫しながら成長度合いを検証しているようだ。
試しに餌を撒くと、20トン水槽を回遊していた約3000尾のヒメマス幼魚がすぐに集まってきて、元気よく飛び跳ねた。実証実験では約5000尾を飼育しているが、試食会や料理店への提供、別の水槽での試験飼育など事業化に備えた用途から、本水槽の魚数は約3000尾だった。
水処理システムと水の循環利用
飼育している水槽の底に、魚の糞や残餌が残る。大きなSS(Suspended Solid浮遊物質)は沈殿槽で取り除いて、上澄み水を水槽に戻す。やっかいなのは糞や残餌が水に溶け込むとアンモニア性窒素が発生して、これが魚に最も悪影響を与える。このためアンモニア性窒素をSSタンクに備えている生物ろ材を使って取り除く。アンモニア性窒素は生物ろ材に生息する微生物の働きによって亜硝酸性窒素に変化し、最終的に亜硝酸性窒素は硝酸性窒素に変化する。有害なアンモニアを毒性の低い硝酸に変えて水質を維持する「窒素循環プロセス」。また、ここでは下水処理と同じように、硝化・脱窒という工程を加えて亜硝酸を取り、最終的に硝酸性窒素を分解して窒素ガスを発生させる。除去された水は水槽に戻し、循環利用していた。
水槽の縁に設置している酸素供給装置は、飼育する魚の量が多くなって酸素量が不足したとき、同装置からファインバブルを供給できるようにしている。SSタンクは2か所に設置され、交代しながら使う。SSタンクで洗浄された水は、水槽の縁にあるスイマーでバブリングし、酸素を注入して水槽に戻す。生物ろ材については数か月に一度、バブリング洗浄すると説明していた。
ヒメマス・ベニザケは商品価値が高い
道内ではエア・ウォーターが東神楽町でニジマスの養殖を手がけている。ニジマスは病気に強く、飼育しやすい。ヒメマスはサーモンの中で一番弱い魚と言われ、養殖が難しい。全国的に見てもニジマスの養殖が多いことから、ヒメマス・ベニザケは商品価値が高いと見ている。最近、サーモンの刺身はマグロ並み、或いはそれ以上に人気がある。南米のチリや北欧のノルウェーから輸入しているものが多く、現地で冷凍して輸入したものを解凍して刺身にしている。閉鎖循環型陸上養殖で飼育した養殖魚は病原菌などに侵されるリスクが少なく、寄生虫の心配がないため、冷凍せずに刺身にできるので差別化が図れ、確実に売れるのではと期待していた。特に日本に輸入されるベニザケは、天然魚のため生食ができないことも商品価値を高める要因になる。
養殖魚を継代飼育すると、養殖に適した魚になる
恵庭パイロットプラントの養殖魚は洞爺湖のヒメマスの卵を持ってきてふ化させていた。先々は養殖魚に卵を産ませて、卵から育てたいという。養殖魚から卵を採って育てれば、養殖に適した魚を作り育てることになる。養殖環境に順応し、短期間に成長する個体が選抜されるためだ。
また水槽の魚が大きく成長してくると、水槽内の環境が悪くなるので間引きする必要がある。間引きした魚はヒメマスサイズでも出荷する。ヒメマスは天婦羅や南蛮漬けなどいろいろな料理に使える。水槽に残した魚は大きく育ててベニザケとして出荷する計画だ。養殖魚は色素のある餌(例えば、オキアミ等)を与えないと、身が白いままである。赤くしないとサケらしくないと、餌に色素材を加えることも検討していた。そして、養殖魚は天然のプランクトンではなく人工の餌を食べるので寄生虫が一切付かない、極めて安全な食材と語った。
おわりに
今回の恵庭パイロットプラントの視察では、陸上養殖プロジェクトの技術検討部会のリーダー、小出展久氏と販売・流通検討部会のリーダー、坂田和則氏が立ち会ってくれた。小出氏は北海道立総合研究機構の水産試験場の出身で、魚飼育のプロ。「こういう人がいないと陸上養殖はできません」(坂田氏)。一緒にやろうと声をかけて、最初から二人三脚でプロジェクトを推進してきたようだ。難しいと言われるヒメマス・ベニザケの養殖は、順調に推移しているように見えた。「最低でも5年はかかると想定していた恵庭の実証実験は3年目になる。あと2年くらい続けて、次に進みたい」(坂田氏)と、陸上養殖の事業化を見据えていた。