Brand Report]はログインなしでご覧になれます
印刷

連載「水道の話いろいろ」(3)緩速ろ過

水をゆっくりろ過する緩速ろ過は、19世紀以降人々をコレラなどの水系感染症から救った救世主となりました。今回はそのお話です。
砂の層にゆっくりと水を通すと層の表面に微生物が繁殖して膜ができます。これで水を透明にする方法が1829年に英国で発明されました。

一方、19世紀半ばになると、コレラや赤痢、腸チフスなどは飲み水を通して感染する水系感染症であることが分かってきました。そして遂に1885年に緩速ろ過はこれらの病原菌も除去できることが細菌学的に明らかにされました。

緩速ろ過の威力は、1892年のハンブルグ事件で世界中に知れ渡りました。ドイツを流れるエルベ川がコレラで汚染され、これを水源とするハンブルグの水道は緩速ろ過がなくて9000人がコレラで死亡しました。これに対し、その下流でハンブルグの下水を含む水を取水していたアルトナでは、緩速ろ過があったためコレラでの死亡がなかったのです。

日本でも、幕末から明治にかけてコレラなどの水系感染症が蔓延し、多い年は10万人も亡くなりました。このため、緩速ろ過の水を圧力のある鉄管で送る近代水道が1887年から横浜を始め各都市に導入され、水系感染症の恐怖から解放してくれました。

緩速ろ過は膜を育てるノウハウが要ります。砂利の上に砂を80cm敷き、そこに水を1時間に10cmから20cmのゆっくりとした速さで、つまり80cmの層を4時間から8時間かけて通します。すると、夏場だと2週間程度で表面の数ミリに、川から運ばれてきた微生物が繁殖して膜ができます。膜は、実は微生物だけでなく、その代謝物や藻類、微小動物などが複雑に絡み合ってできています。

ろ過水の水質試験をして細菌がなかったら、膜ができた証拠で、本通水となります。昔は塩素がなかったのでこのまま給水しましたが、今はろ過水に塩素を入れて給水します。本通水して1~2か月たつと目詰まりするので、表面の膜1cmを削り取ります。再び水を通すと残っていた微生物が増殖して数日で細菌が取れて本通水になります。これを30回ぐらい繰り返すと砂の層が薄くなるので、砂を足して元の厚さに戻します。

緩速ろ過は、ろ過速度を守り、膜を育てれば、濁りだけでなく、細菌、アンモニア、鉄、マンガン、臭いなど溶解している物質までも食べてくれて、安全でおいしい水ができます。

しかし、広大な敷地が必要なため、高度成長期の給水量の増大には対応できず、急速ろ過へ変わっていきました。現在全国の緩速ろ過の浄水場は、水量では全体の4%ですが、中小規模の水道を中心に2000を超える施設が稼働しています。

コレラなどの病原菌が、微生物の膜で消えてしまうということは当時も大変な驚きであったと想像しますが、現在でもなお驚きです。

(c)Atsushi Masuko
「上下水道情報」2012号―2024年7月掲載 一部改

ますこあつし
【著者プロフィール】

増子敦(ますこ・あつし)1953年生まれ。博士(工学)。元東京都水道局長、東京水道サービス株式会社代表取締役社長。現在日本オゾン協会会長、日本水道協会監事、YouTubeに「水道の話」を連載。著書に「誰もが知りたい水道の話」。


連載リスト(年月は「上下水道情報」掲載号)

(0)はじめに 2024.5

(1)琵琶湖疏水 2024.5

(2)安積疏水 2024.6

(3)緩速ろ過 2024.7

(4)急速ろ過 2024.8

(5)高度浄水の仕組み 2024.9