
連載「水道の話いろいろ」(9)百年前東京に貯水池を造る
満々と水を湛える多摩湖です。百年前に、多摩湖を中心に造られた水道は、渇水にも洪水にも強く、しかも、標高を活かして自然の流れで都内に水を送ることのできる理想的な水道です。今回はそのお話です。

東京の近代水道は、明治末には、淀橋浄水場の次の計画が立案されました。立案したのは、前回お話しした、浄水場の位置を淀橋に変えると提案した中島鋭冶博士です。淀橋浄水場の水源となっていた玉川上水は、水量的には限界に近く、大雨の時の濁りも悩みの種でした。そこで、多摩川本流の標高120mの羽村堰で取り入れた水を、トンネルにより自然の流れで導き、埼玉県境付近に高さ30mのダムを作って貯水させることにしました。これが村山貯水池、通称多摩湖です。標高は100mあります。のちに埼玉県側に山口貯水池、通称狭山湖を増設しました。この二つの貯水池で、水量も水質も安定し、渇水でも洪水でも困りません。川に水が多いときは、それを貯水池に貯めておいて、川の水が少なくなったときや、洪水で水が濁った時は貯水池から引き出して使うことができます。

その貯水池はアースダムで造りました。アースダムとは土を盛って造るダムのことです。近くにある質のいい土を運び込み、厚さ15㎝に敷均します。それを蒸気機関のローラーで厚さ9㎝になるまで丁寧に締め固めて、1層を造ります。要所要所は人力で締め固めていきます。写真は山口貯水池のものですが、タコつきといって、6人でタコの足のようなロープを持って重石を持ち上げて突き固めます。次にまた15㎝の厚さで敷均して同様に締め固めていきます。これらを1層1層繰り返し、300層以上積み重ねて高さ30mのアースダムが完成します。中心部には水を通さない粘土層を、人力で締め固めていきます。ダムの長さは600mもあります。ここに多摩川の水を引き入れて貯水します。貯水容量は全部で3400万m3、当時の水道使用量の100日分あります。貯水した水は取水塔から引き出します。取水塔の下には深さ別に、取り入れ口のゲートがあり、取水塔の上の部屋から、水を取り入れる深さのゲートを選択して開けます。取水塔から取り入れた水は浄水場に直接送られます。

貯水池は沈澱池も兼ねるため、浄水場では沈澱池が不要となりました。浄水場の位置は貯水池と東京市との中間地点で、標高が60m強と高い、多摩の尾根筋にあたる、今の武蔵野市の境を選びました。境までのルートは用地を買収して管を入れましが、その上は現在多摩湖自転車歩行者道として親しまれています。

境浄水場の浄化方式は、淀橋浄水場と同じで、緩速濾過という方式です。砂の層にゆっくりと水を通していくと、砂の表面の数センチに、川から運び込まれた微生物がびっしりと繁殖してきて、それが細菌やウイルス、臭いまでを食べてしまうという優れた方式です。境浄水場は、広大な敷地に濾過池だけがびっしりと並んでいます。貯水池が沈澱池を兼ねていることと、水を貯める浄水池は需要地に近い場所に造るからです。

水を貯める浄水池は標高の高い世田谷区北東部の和田堀を選びました。池の水位を地上から極力高くして、最高水位は標高57mを確保しました。標高を稼いだ淀橋浄水場よりさらに18mも高い水位です。これにより都心方面に標高を利用した自然の流れで水を配ることが可能となりました。多摩川上流の羽村堰から一切動力を使わずに自然の流れで蛇口まで届く理想的な水道システムが完成したのです。完成したのは、第一次世界大戦や関東大震災で遅れ、1924年(大正13年)でした。

和田堀から直接配った地域は、図の水色の部分です。ここは、以前は淀橋浄水場から蒸気ポンプで送っていた地域です。その分、淀橋浄水場の負担が減り、使っていた石炭やその後の電力も節約することができました。また、その後の急激な需要拡大にも対応することができました。

これは現在の和田堀浄水池です。地盤から高くそびえる姿は、何としても水位を高く保ちたいという意気込みを感じます。新国立競技場にも似たデザイン性に優れたこの浄水池は、現在でも、大幹線が出入りする最重要な給水拠点として活躍しています。

境から和田堀までの一直線の送水管は、用地を買収して布設しました。これは貴重な工事中の写真です。水道管がとても大きいのと、工事が人力主体で大変だった様子が伝わってきます。工事が終わると、この上は道路となり、長年水道道路と呼ばれて親しまれてきました。今は井の頭通りとして活躍しています。

今は当たり前のように使っている水道にも、今回お話したような先人の知恵と努力と熱意の積み重ねがあったことを知っていただけたら嬉しく思います。
(c)Atsushi Masuko
「上下水道情報」2019号―2025年1月掲載 一部改

【著者プロフィール】
増子敦(ますこ・あつし)1953年生まれ。博士(工学)。元東京都水道局長、東京水道サービス株式会社代表取締役社長。現在日本オゾン協会会長、日本水道協会監事、YouTubeに「水道の話」を連載。著書に「誰もが知りたい水道の話」。