【連載】アメリカにおける水インフラ事情(9) 米国の浄水処理システムと設計思想
水道から蛇口へ、下水処理そして再利用
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本連載ではこれまで、米国における水インフラ事業の立ち上げ、計画、実施のプロセスや、それを支える資金調達の仕組みについて紹介してきました。これらの内容を通じて、米国の水インフラがどのような考え方や枠組みのもとで整備されているかを概観してきたところです。本稿では少し視点を変え、飲料水処理に着目します。米国の浄水処理施設における代表的な処理フローについて、表流水および地下水を対象に簡単に整理します。そのうえで、日本の一般的な浄水処理施設との違いや特徴についても触れたいと思います。米国と日本では、水源の種類や水質、地理的条件に加え、規制の考え方や運用方法にも違いがあります。こうした背景の違いは、採用される処理プロセスやシステム構成にも反映されています。本稿では詳細な技術解説には立ち入らず、全体像と設計思想の違いを中心に整理します。
1.米国の代表的な処理フロー
2.米国の浄水処理における特徴と設計思想
3.日本との違い(傾向の比較)
4.終わりに
★1.米国の代表的な処理フロー
表流水
米国における表流水の浄水処理は、いわゆる従来型処理(conventional treatment)を基本としています。一般的には、凝集―フロック形成―沈殿―ろ過―消毒といったプロセスで構成されます(図1)。多くの施設では、これらに加えて前処理として前酸化が導入されています。遊離塩素、二酸化塩素、過マンガン酸カリウムなどを用いて、有機物の分解や鉄・マンガンの酸化を目的とする場合が一般的です。
【図1】 一般的な表流水の従来型処理プロセスフロー
(破線で囲まれた前酸化と中間オゾンはオプション)
また、水質や運用方針に応じて、オゾン処理や生物ろ過が採用されることもあります。オゾンは前処理、中間処理、または後処理として柔軟に組み込まれ、消毒および臭気物質や有機物の分解に寄与します。さらに、膜ろ過(精密ろ過[MF]もしくは限外ろ過[UF])が導入されるケースも増えており、水質条件や規制要件に応じて選択される傾向にあります。
原水水質が比較的良好な場合には、沈殿工程を省略した直接ろ過(direct filtration)が採用されることもあります。また、直接膜ろ過処理(direct membrane filtration)が採用される例も増えてきています(写真1)。一方で、緩速ろ過は米国では一般的とは言えず、一部の小規模水道や特定の地域(太平洋岸北西部や寒冷地)に限られているのが実情です。

地下水
地下水を水源とする場合、処理プロセスは比較的シンプルで、多くのケースでは遊離塩素による消毒が基本となります。ただし、水質に応じて追加処理が必要となる場合もあります。代表的なものとして、鉄やマンガンの除去(酸化・ろ過)、ヒ素の除去、さらには揮発性有機化合物や近年注目されている有機フッ素化合物(PFAS)の除去などが挙げられます。そのため、吸着、イオン交換(写真2)、酸化、ばっ気、膜分離など、対象物質に応じた技術が適用されます。

★2.米国の浄水処理における特徴と設計思想
米国の浄水処理の特徴は、一言で言えば「多様性」と「規制主導」に集約されます。すなわち、画一的な処理方式が広く採用されているというよりは、原水水質や地域条件、そして規制要件に応じて、適切なプロセスを選択・組み合わせるという考え方が基本となっています。
まず、規制に基づく設計という点が挙げられます。米国では、水質基準の達成に加え、特定の処理技術や性能を求める「treatment technique(TT)」の考え方が重視されています。これは特定の汚染物質に対して数値基準の達成だけでなく、所定の処理プロセスや除去性能の確保を求める考え方を指します。例えば、ろ過水の濁度管理はその代表例であり、一定の濁度基準を満たすことで微生物リスクの低減を担保する枠組みとなっています。また、クリプトスポリジウム対策としてのろ過や紫外線消毒の導入などもこれに該当します。このような枠組みは、処理プロセスの選択やシステム設計に直接的な影響を与えています。
次に、消毒および残留塩素の管理が重要な役割を果たしています。米国では配水距離が長く、貯水施設も多いため、配水系における微生物リスクの管理が重視されます。その結果、浄水場出口だけでなく、配水過程においても十分な残留消毒剤を維持する運用が一般的です。そのため、結合塩素(クロラミン)を二次消毒に採用する事例も多く見られます。
また、消毒副生成物(DBP)への対応も重要な設計要素です。微生物リスクの低減とDBP生成の抑制はトレードオフの関係にあるため、前駆物質となる有機物の除去や、処理プロセスの組み合わせが慎重に検討されます。この点は、オゾン処理や生物ろ過の導入にも関係しています。また、クリプトスポリジウム対策として、紫外線消毒を一次消毒に用いるケースも見られます。
さらに、小規模水道の存在も米国の特徴の一つです。大規模な都市水道だけでなく、小規模で運用される水道システムが多数存在し、多くは地下水を主要水源としており、原水水質が比較的安定していることから、処理は比較的シンプルな場合も多いです。ただし、規模が小さいことによる運用・維持管理上の課題も多く、資金や技術者、その他の資源が限られていること、また立地が遠隔地にあることなどが挙げられます。そのため、地域の小規模コンサルタントや個人事務所の技術者に依存するケースも多く、高度な技術への対応経験が十分でない場合もあります。規制遵守や安全な水供給を維持するためには、こうした制約を踏まえた支援や助言の活用が重要となります。このような背景は、処理プロセスの選択やシステム構成の多様性にもつながっています。
以上のように、米国の浄水処理は、統一的な「標準解」があるというよりも、規制と地域条件に応じて最適解を構築する設計思想に特徴があると考えられます。
★3.日本との違い(傾向の比較)
米国と日本の浄水処理システムには多くの共通点がありますが、いくつかの点において傾向の違いが見られます。ただし、これらはすべての施設に当てはまるものではなく、水源や地域条件、導入時期などによって異なることに留意が必要です。
まず、処理プロセスの構成に関して、日本ではオゾン処理と生物活性炭(BAC)を組み合わせた高度処理が比較的広く普及しており、その後段に砂ろ過を配置する構成が一般的とされています。一方、米国では同様の高度処理も導入されているものの、その適用は水質条件や規制要件に応じて個別に判断される傾向があり、後段の砂ろ過は殆ど使われません。また、生物ろ過についても、必ずしも活性炭に限定されず、砂や無煙炭を用いた生物処理を活用する事例が見られます。特に温暖な地域では、後者での生物ろ過の効果が期待されやすい傾向があります。
次に、膜処理技術の利用については、米国では比較的多様な用途で活用されている点が特徴的です。例えば、弱塩水の淡水化(RO)、軟水化(NFやRO)、色度成分の除去(NF)などに加え、近年では有機フッ素化合物(PFAS)対策(NF、RO)としての適用も進んでいます。MFとUFの利用はすでにご紹介した表流水の従来型処理(図1)における砂・無煙炭ろ過の代替としての運用が主ですが、下水処理において膜分離活性汚泥処理(MBR)への適用が注目されています。日本の浄水処理においても膜技術の導入は進んでいますが、適用分野や導入の広がり方には違いが見られます。
消毒方法についてもいくつかの違いが指摘されます。米国では配水系における残留消毒の維持を目的として、クロラミンを用いた二次消毒が広く採用されています。日本でもクロラミン消毒は制度上導入可能となっていますが、その適用状況には地域差があると考えられます。
さらに、使用される薬品や単位プロセスについては、州や地域によって違いが見られる点も興味深い特徴です。例えば、二酸化塩素の利用については、採用状況に地域差があるとされており、規制当局の方針や過去の運用経験、コンサルティングエンジニアの選好などが影響している可能性があります。
以上のように、日米の浄水処理は基本的な枠組みを共有しつつも、プロセス構成や技術選択、運用方針において異なる傾向が見られます。これらの違いは、それぞれの地理条件や制度、技術的背景の違いを反映したものと言えます。
★4.終わりに
本稿では、米国の浄水処理システムの概要と、その背景にある設計思想について整理しました。米国の事例は一様ではなく、多様な条件のもとで最適解を模索する姿勢が特徴的であると言えます。こうした違いを踏まえることで、日本の浄水処理における新たな方向性への示唆が得られるかもしれません。
次回は、視点を下水処理へと移し、米国における処理技術やシステムの特徴について見ていきたいと思います。
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(c) Keisuke Ikehata
「上下水道情報」2035号―2026年4月掲載 一部改
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☆ 著者プロフィール ☆
池端慶祐(いけはた・けいすけ)
1974年生まれ。奈良県出身。
博士(土木環境工学)、技術士(アリゾナ州・アルバータ州)。テキサス州立大学理工学部工学科准教授。
1997年、大学院留学のため日本を離れ、カナダ・ケベック州モントリオール市へ。その後アルバータ州エドモントン市のアルバータ大学で博士号取得。2009年にカナダからアメリカ・カリフォルニア州ファウンテンバレー市に移住。2019年7月よりテキサス州立大学でアシスタント・プロフェッサーを務め、2025年9月より現職。
国際オゾン協会パンアメリカングループ副会長、同協会理事などを務める。
趣味は水泳(幼少期より)、マラソン(大学時代より)、サーフィン(2年前より)。
