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【連載】アメリカにおける水インフラ事情(8) 誰が支える? 米国水インフラの資金構造

水道から蛇口へ、下水処理そして再利用

池端慶祐(テキサス州立大学理工学部工学科 准教授)

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前回のコラム「水インフラ事業はこうして生まれる」では、米国において水インフラ事業がどのようにして必要性の認識から具体的なプロジェクトへと展開していくのか、その基本的な流れを解説しました。しかし、どれほど緊急性が高く、技術的に妥当な事業であっても、確かな財源がなければ実現には至りません。そこで本稿では、その延長線上にある重要なテーマとして、「米国の水インフラ事業は誰が負担しているのか」に焦点を当てます。大規模な連邦予算によって整備が進められているという印象を持たれることもありますが、実際の資金構造はより分散的で、その仕組みを理解することは、なぜある事業は前進し、別の事業は停滞するのかを読み解く手がかりにもなります。

1.水インフラを支える財源の仕組み
2.地方自治体・上下水道事業体
3.地方債
4.州・連邦政府による支援
5.課題と展望

★コラム:米国の水インフラ整備における資金調達の例

★1.水インフラを支える財源の仕組み

米国の水インフラは、主に「地方主導」「料金基盤」「連邦・州による支援」という三層構造によって形成されています。すなわち、事業の主体となるのは地域の事業体であり、その運営や投資の多くは利用者料金を基盤としています。一方で、大規模な更新や高度化を後押しするために、州や連邦政府が融資や補助といった形で支援を行っています。米国の水インフラを理解するうえでは、この分散型の資金構造()をまず押さえておくことが重要です。


では、なぜ米国の水インフラはこのような分散型の資金構造をとっているのでしょうか。その背景には、いくつかの要因があります。第一に、上下水道事業は歴史的に自治体の責任として発展してきた経緯があります。第二に、米国は国土が広く、地域ごとに水源条件や需要構造、気候リスクが大きく異なるため、画一的な全国モデルでは対応しにくいという事情があります。さらに、水道事業は公共料金モデルを基本としており、利用者負担を通じて持続的に運営される、という考え方が制度の前提となっています。こうした歴史的・制度的背景が、現在の分散型の資金構造を形づくっています。では、それぞれの財源についてもう少し具体的に見ていきましょう。

★2.地方自治体・上下水道事業体

米国の水インフラ投資の中心を担うのは、地域の上下水道事業体です。運営費のみならず、多くの設備更新や改良投資も、水道料金や下水道使用料を基盤として計画されます。各事業体は中長期の資本整備計画(CIP:Capital Improvement Program)を策定し、老朽管の更新や処理施設の高度化など、将来の更新需要を見据えながら段階的に投資を進めます。

料金収入は日常的な運営費だけでなく、債務返済の原資としても重要な役割を果たしています。特に大規模な更新事業では、初期投資を賄うために地方債を発行するケースが多く、その返済は将来の料金収入から行われます。すなわち利用者料金は単なるサービス対価ではなく、水インフラの長期的な財政基盤そのものと位置づけられています。このように、米国の水事業は「料金を基軸とした独立採算型」に近い性格を持ち、投資判断と財政責任の多くが地域レベルで完結する構造となっています。

★3.地方債

こうした投資を支える重要な手段が地方債(Municipal Bonds)です。米国の上下水道分野では、料金収入を裏付けとするレベニュー債(Revenue Bonds、特定財源債)が広く活用されています。発行主体は自治体や水道事業体であり、金融市場から長期資金を調達し、数十年単位で返済を行う仕組みです。

米国では、水インフラは「将来世代と費用を分担する」という考え方のもと、長期債によって整備されるケースが多く見られます。初期投資を一括で確保し、その後の料金収入から段階的に返済する構造は、世代間の負担調整という観点から制度的に定着しています。市民は公共政策の担い手であると同時に、地方債市場を通じて投資家としてもこの仕組みに関わることができます。この点は、米国型インフラ財政の一つの特徴といえるでしょう。

代表的な市場は、いわゆる米国の地方債市場(Municipal Bond Market)であり、世界でも最大規模の公共債市場の一つです。この市場の存在が、地域主導のインフラ整備を可能にしてきた「財政的インフラ」ともいえます。もっとも、債券発行には信用力や財務健全性が前提となるため、人口減少地域や小規模事業体では調達条件が厳しくなる場合もあります。ここに、地域間の財政力格差というもう一つの課題が表れています。

★4.州・連邦政府による支援

州および連邦政府も、水インフラ整備を支援しています。ただし、その役割は全面的な資金提供というよりも、融資や補助を通じた「後押し」と位置づけられます。代表的な制度が、上水道を対象とした「飲料水州回転基金」(Drinking Water State Revolving Fund)、および下水道や雨水管理を担う「水質浄化州回転基金」(Clean Water State Revolving Fund)です。これらはいずれも連邦政府(米国環境保護庁 US EPA)から州政府に資金が拠出され、州の担当機関が低利融資として、それぞれ上水道、下水道・雨水インフラプロジェクトに分配される仕組みです。例えばテキサス州では、テキサス水開発委員会(Texas Water Development Board)がその窓口となっています。したがって、州を通じて執行されるものの、制度設計および資金の原資は連邦にある点が特徴です。

なお、大規模事業向けには、連邦政府機関であるUS EPAが事業体に直接低利融資を行うWIFIA(Water Infrastructure Finance and Innovation Act)という制度もあり、州回転基金とは異なる枠組みで補完的な役割を果たしています。

近年では、2021年に施行された「インフラ投資・雇用法(Infrastructure Investment and Jobs Act)」により、水インフラ分野に対して今後5年間で約500億ドル規模の追加的支援が措置されました。これは老朽化対策や鉛管更新、PFAS対策などを目的とするもので、近年の連邦政府によるインフラ重視の姿勢を象徴する政策といえます。また、返済不要な補助金も一定規模で存在します。例えば、米国内務省や米国農務省などが、小規模ながら水関連事業を対象とする支援制度を設けています。これらは主に干ばつ対策や農村部・人口減少地域における基盤整備を目的とするものです。

こうした支援が拡充されつつあるとはいえ、資金の多くは融資であり、最終的な返済責任や料金設定の判断は自治体・事業体側にあります。この点に、米国型の分散的な財政構造の特徴が表れています。具体的な資金調達の例を以下に紹介します(コラム参照)。

★5.課題と展望

こうした分散型の資金構造は制度として確立され、実際に多くのプロジェクトを支えてきました。しかし、米国の水インフラの現状を俯瞰すると、必ずしも十分な更新が進んでいるとは言い切れません。アメリカ土木学会(ASCE)が発表するインフラ・レポートカードでは、水道・下水道分野はいずれも高い評価には至っておらず、依然として老朽化や更新遅れが課題として指摘されています。

問題は制度の有無というよりも、事業主体側の金銭的な負担能力(affordability)にあります。料金改定は地方政治的にハードルが高く、特に小規模事業体では技術的・財政的な余力も限られています。その結果、必要性が認識されながらも投資が先送りされるケースも少なくありません。

では、この構造的課題に対し、連邦政府がより強く関与すべきなのでしょうか。それとも州や地域主導の枠組みを維持すべきなのでしょうか。連邦政府による財政支援の拡充は、地域間格差の是正という観点では一定の効果が期待されます。一方で、米国の水事業は歴史的に地域主導で発展してきた経緯があり、過度な中央集権化は制度的な摩擦を生む可能性もあります。また、近年は官民連携(Public-Private Partnerships)への関心も高まっていますが、これもすべての地域に適用できる万能策ではありません。

結局のところ、米国の水インフラの課題は、技術の問題というよりも、財政的持続性と社会的合意形成の問題といえるかもしれません。分散型モデルは一定の柔軟性を持ちながら機能してきましたが、老朽化の進行と投資需要の増大を前に、その限界もまた試されつつあります。

もっとも、近年の連邦支援の拡充や資本市場の成熟、さらにはデータ活用やアセットマネジメントの高度化などを背景に、財政運営の透明性と効率性は着実に向上しつつあります。今後は、連邦・州・地域それぞれの役割分担を再定義しながら、持続可能な料金体系と投資計画をどのように社会的合意のもとで構築していくかが鍵となるでしょう。分散型モデルは、修正と進化を重ねながら、その持続可能性を問われる段階に入っているといえます。

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米国の水インフラ事業では、地方自治体の料金収入や地方債を基盤として、州や連邦政府の融資・補助金を組み合わせて資金を調達する「多層的資金調達」が一般的です。事業規模や地域条件に応じて資金構成は大きく異なりますが、以下に代表的な三つの例を紹介します。

1.小規模自治体の例:ニューヨーク州ウェイバリー村

ウェイバリー村はニューヨーク州南部のペンシルバニア州境近くにある小規模自治体です。2010年代後半に実施された老朽化下水処理施設の更新プロジェクト(総事業費約270万ドル)では、州の水浄化州回転基金(CWSRF)融資に加え、米国農務省(USDA)農村公共事業局(Rural Utilities Service、RUS)による融資および助成金、住宅都市開発省(Department of Housing and Urban Development、HUD)助成金など、複数の連邦支援を組み合わせて資金を調達しました。人口規模の小さい自治体では料金収入だけで大規模更新を賄うことが難しいため、このような公的支援の組み合わせが重要な役割を果たしています。

2.水資源多様化プロジェクト:テキサス州ラグナ・マドレ水道局

干ばつリスクの高いテキサス州南部にあるラグナ・マドレ水道局(LMWD)では、リオグランデ川への依存を減らすため5ミリオンガロン/日(約1.9万トン/日)の海水淡水化施設が計画されています。事業費は約7,000万ドル規模で、州の低利融資(State Water Implementation Fund for Texas、SWIFT)、米国内務省開拓局(US Bureau of Reclamation)の淡水化関連助成金、地方債発行などを組み合わせて資金を確保しています。この施設の建設は2027年に開始される予定で、2029年末の完成を目指しています。

3.大都市圏の包括的インフラ更新:カリフォルニア州サニーベール市

カリフォルニア州北部のシリコンバレー地域にある同市では、老朽化した下水処理施設の更新を目的とした「Cleanwater Program」を2010年代から段階的に推進しており、総事業費は約9億ドルに達する見込みです。資金は、EPAの大規模水インフラ金融支援制度(Water Infrastructure Finance and Innovation Act、WIFIA)による融資、州のCWSRF融資、地方債および料金収入などを組み合わせて調達されています。本事業は単なる施設更新にとどまらず、資源回収やエネルギー効率化などを含む、都市インフラを包括的に再構築するプロジェクトとして進められています。

これらの例の資金調達の内訳例を表1に示します。

【表1】米国の水インフラ整備における資金調達の内訳例

タイプ主な資金源
農村部小規模自治体ウェイバリー村下水処理施設CWSRF融資90万ドル、USDA RUS補助金130万ドル、RUS融資5万ドル、HUD補助金40万ドル
中規模プロジェクトラグナ・マドレ水道局海水淡水化施設SWIFT融資6,470万ドル、US Bureau of Reclamation補助金1,750万ドル、残りは地方債でまかなう
大規模都市プロジェクトサニーベール市下水処理施設更新WIFIA融資2億2,000万ドル、CWSRF融資1億6,800万ドル、残りは地方債・料金収入など

米国では、米国環境保護庁(US EPA)が支援する州回転基金(DWSRF、CWSRF)やWIFIAなどの公的融資制度により、市場金利よりも低い利率で長期資金を調達できます。これらの制度では一般に地方債より1~2%程度低い利率が適用されることが多く、水インフラ整備の重要な財源となっています。また、テキサス州のSWIFTプログラムのように、州独自の融資・補助金制度によってインフラ整備を支援する仕組みが設けられているケースもあります。このように米国では、地方自治体の財源を基盤としながら、州・連邦の金融支援制度を組み合わせることで水インフラ投資が進められています。

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(c) Keisuke Ikehata

「上下水道情報」2034号―2026年3月掲載 一部改

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著者プロフィール

池端慶祐(いけはた・けいすけ)

1974年生まれ。奈良県出身。
博士(土木環境工学)、技術士(アリゾナ州・アルバータ州)。テキサス州立大学理工学部工学科准教授。
1997年、大学院留学のため日本を離れ、カナダ・ケベック州モントリオール市へ。その後アルバータ州エドモントン市のアルバータ大学で博士号取得。2009年にカナダからアメリカ・カリフォルニア州ファウンテンバレー市に移住。2019年7月よりテキサス州立大学でアシスタント・プロフェッサーを務め、2025年9月より現職。
国際オゾン協会パンアメリカングループ副会長、同協会理事などを務める。
趣味は水泳(幼少期より)、マラソン(大学時代より)、サーフィン(2年前より)。

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