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【連載】アメリカにおける水インフラ事情(6) 水インフラ事業はこうして生まれる(前編)

水道から蛇口へ、下水処理そして再利用

池端慶祐(テキサス州立大学理工学部工学科 准教授)

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近年、施設の老朽化、人口動態の変化、さらには気候変動の影響などにより、水インフラに求められる役割や機能は多様化しています。その結果、水インフラの整備や更新には、構想から設計、建設、運転開始に至るまで、数年から場合によっては十年以上を要することも珍しくありません。そのため、完成した施設の姿(写真1)だけを見るのではなく、「どのようなプロセスを経てその施設が建設されたのか」を理解することは、水インフラを知る上で重要な視点になります。本稿は全2回のシリーズの前編として、米国における一般的な水道・下水道インフラプロジェクトの事業立ち上げから資金計画までの流れを段階ごとに整理して紹介します。後編では、詳細設計から施工、運転開始までのプロセスを取り上げます。

1.課題認識
2.代替案評価・予備設計
3.マスタープランと市民参加
4.初期資金計画と資本整備計画
5.前編のまとめ

【ミニコラム】計画段階で終了する水インフラプロジェクト:コーパス・クリスティ市の海水淡水化計画を例に

【写真1】完成直後の高度再生水処理施設の一例。こうした施設の実現には、構想段階から長期間にわたる計画、評価、意思決定のプロセスがある。(アルバート・ロブレス水再利用センター、カリフォルニア州ピコ・リビエラ市、筆者撮影)

★1.課題認識(Needs Identifcation)

水インフラプロジェクトは、多くの場合、明確な「課題の認識」から始まります。新たな施設の建設や既存施設の更新を検討する際には、事業体が現在抱えている課題や将来想定されるリスクを、新しいプロジェクトによってどのように解決するのかを整理することが出発点となります。代表的なきっかけとしては、人口増加による処理能力の不足、施設や配管の老朽化、設備の故障や事故の発生などが挙げられます。また、水質基準の強化や新たな規制への対応も、重要な要因となります。近年では、極端な渇水や豪雨といった気象条件の変化が、水インフラの計画を見直す契機となるケースも増えています。

この段階では、上・下水道事業体が中心となり、現在の運転データや施設の状態、将来的な需要の見通しなどを基に、課題の整理が行われます。あわせて、州・連邦規制当局や関係機関との情報共有が始まり、初期検討が進められます。この段階では、まだ具体的な技術や事業スキームが決まっているわけではありません。しかし、この初期の課題設定が、その後の検討内容やプロジェクトの方向性を大きく左右するため、非常に重要なプロセスといえます。

★2.代替案評価・予備設計(Alternative Evaluation & Preliminary Design)

課題認識の段階で現状と近未来に予測される課題が整理されると、次に検討されるのが、その課題をどのような方法で解決するかという「代替案評価」です。この段階では、複数の技術的・運用的な選択肢が洗い出され、それぞれの特徴や実現可能性が比較・検討されます。代替案には、既存施設の改修や拡張、新たな処理プロセスの導入、運転方法の変更など、さまざまなアプローチが含まれます。水インフラプロジェクトでは、単に技術的に可能かどうかだけでなく、コスト、運転のしやすさ、将来の拡張性、規制への適合性といった観点から総合的な評価が行われます。

この代替案評価と共に行われるのが、「予備設計(Preliminary Design)、概念設計(Conceptual Design)」です。ここでは、選択肢ごとに大まかな施設配置や処理フロー、主要設備の規模などが検討され、概算工事費や運転維持管理費の見積りが行われます。必要に応じて、ベンチスケール・パイロット試験が実施されることもあります。この段階では、上・下水道事業体に加えて、コンサルティングエンジニアや機器・資材ベンダー、技術・プロセス提供会社が検討に参加することが一般的です。多様な専門家の知見を取り入れることで、技術的な妥当性だけでなく、実務的な観点からも現実的な選択肢が整理されていきます。

★3.マスタープランと市民参加(Master Planning & Public Engagement)

代替案評価と予備設計段階で有力な選択肢が整理されると、その内容は長期的な計画である「マスタープラン」へと反映されます。この段階では、個別の施設計画としてだけでなく、地域全体の水供給や下水処理の将来像の中で、そのプロジェクトがどのような位置づけにあるのかが整理されます。マスタープランへの反映は、技術的な整理にとどまらず、意思決定のプロセスとしても重要な意味を持ちます。

多くの水道・下水道事業では、この段階で自治体内部での合意形成が進められると同時に、市民や利害関係者に対する情報提供や意見交換が始まります。説明会やタウンホールミーティング、必要に応じて公聴会などを通じて、プロジェクトの目的や必要性、想定される効果や影響について情報が共有されます。特に、飲用再利用や海水淡水化のように、技術的には有効であっても、社会的受容性がプロジェクトの成否を大きく左右するケースでは、早い段階からの市民参加が不可欠です。設計や建設が進んだ後で初めて説明を行うのではなく、代替案の検討段階から地域住民と対話を重ねることで、信頼関係の構築や理解の促進につながります。

このような早期の「市民参加」は、単なる合意形成のための手続きではありません。市民からの懸念や意見が、計画内容の見直しや説明方法の改善につながることもあり、結果として、より現実的で持続可能なプロジェクトへと発展する可能性が高まります。

★4.初期資金計画と資本整備計画(Initial Financing & Capital Improvement Plan (CIP))

マスタープランへの反映と市民参加を経て、プロジェクトの方向性がある程度固まると、次に重要となるのが「資金計画」です。水インフラは多額の初期投資を必要とするため、どのように資金を確保するかは、技術的な検討と同じくらい重要な要素となります。この段階では、プロジェクトが 「資本整備計画(CIP: Capital Improvement Plan)」に正式に組み込まれ、事業として進めるかどうかの判断が行われます。資金源としては、水道料金・下水道料金の改定、州や連邦政府による補助金や低利融資、債券の発行などが検討されます。多くの場合、複数の資金源を組み合わせることで、財政的な負担の平準化が図られます。

なお、多くの上下水道事業体では、日常的な設備更新や比較的小規模な改修に備えて、あらかじめ資本整備用の積立金を保有しています。これらの内部資金は、小規模な CIP プロジェクトにおいては重要な財源となります。一方で、施設の大幅な更新や補修など事業規模が大きくなる場合には、外部資金の活用が不可欠となります。

CIP の承認プロセスでは、上・下水道事業体だけでなく、自治体の財政部門や州議会、資金提供機関など、関係者の関与が一層大きくなります。特に、料金改定や債券発行を伴う場合には市民への説明責任が求められ、プロジェクトの必要性や長期的な効果が改めて問われることになります。この段階でも、コンサルティングエンジニアが事業体を代表して、技術的根拠の整理や資金獲得に関わることが少なくありません。CIP が承認され、資金の見通しが立つと、プロジェクトは「計画段階」から「実行段階」へと移行します。この重要な節目を経て、詳細設計や建設に向けた具体的な準備が本格化します。

表1.水インフラプロジェクトの各段階と主要関与団体

プロジェクト段階主な内容主な関与団体
課題認識課題整理、需要・リスクの把握事業体、規制当局
代替案評価・予備設計技術比較、ベンチスケール・パイロット試験、予備設計事業体、コンサルティングエンジニア、ベンダー、技術提供会社、規制当局
マスタープランと市民参加計画整理、合意形成 事業体、自治体、州議会、市民、コンサルティングエンジニア
初期資金計画と資本整備計画(CIP)資金計画、承認事業体、自治体、州議会、資金提供機関、コンサルティングエンジニア
詳細設計詳細設計、仕様決定事業体、コンサルティングエンジニア、技術提供会社、ベンダー、規制当局
入札・発注入札、業者選定、発注事業体、施工業者、技術提供会社、ベンダー、コンサルティングエンジニア
建設建設、施工管理施工業者、事業体、ベンダー、技術提供会社、コンサルティングエンジニア
試運転、運転・維持管理試運転、運転開始、運転・維持管理事業体、施工業者、技術提供会社、ベンダー、規制当局

★5.前編のまとめ

本稿では、水インフラプロジェクトの立ち上げから資金計画までの流れを整理しました。特に注目すべきは、米国の水・下水道プロジェクトにおける コンサルティングエンジニアの役割 です。米国では、複数分野の技術者がコンサルティングエンジニアとしてプロジェクトの各段階で中心的に関与し、事業体を代表して技術的・管理的判断をサポートすることが一般的です(表1参照)。これに対して、日本では技術提供企業が設計の大部分を担い、エンジニアリング会社の関与は比較的限定的であることが多いと聞きます。さらに、米国では学識経験者の関与はまれで、一般的なプロジェクトでは意思決定に直接関わることはほとんどなく、例外的に世界初の技術や先進的なプロジェクトでのみアドバイザーとして招かれることがあります。

このように、米国ではコンサルティングエンジニアが事業体を代表する技術エキスパートとしてプロジェクト全体を見渡し、各段階で必要な調整や技術判断を行うことで、計画から施工・運転開始までの一貫した品質と効率を確保しています。後編では、詳細設計から施工、運転開始までの流れを紹介するとともに、プロジェクトの進め方に影響するさまざまな契約・デリバリ方式についても触れ、建設や運営のプロセスがどのように異なるかを整理します。

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【ミニコラム】

計画段階で終了する水インフラプロジェクト:コーパス・クリスティ市の海水淡水化計画を例に

米国の水インフラプロジェクトでは、構想や検討が進められても、すべてが建設・運転開始に至るわけではありません。特に海水淡水化や飲用再利用のような市民からの注目度が高く、高コストかつ高リスクのプロジェクトでは、計画段階で中断・終了するケースも見られます。

テキサス州コーパス・クリスティ市では、将来の水需要増加や干ばつリスクへの対応策として、2010年代後半から同市の港湾地区(写真2)を候補地とした、複数の海水淡水化プロジェクトの検討が進められてきました。これまでに実行可能性評価(feasibility analysis)や技術評価が行われ、テキサス州水開発委員会(TWDB)や州環境品質委員会(TCEQ)との協議も含め、検討作業が積み重ねられてきました。コーパス・クリスティ市はメキシコ湾に面した人口約32万人の中規模都市で、港湾機能を背景に、石油精製工場や化学工場などの産業が集積しています(写真3)。

【写真2】大型船が出入り可能な内湾であるコーパス・クリスティ湾。周辺地域には港湾施設や工業地帯が立地している。(著者撮影)
【写真3】コーパス・クリスティ市の港湾地区に立地する石油精製・化学関連施設。水資源はこうした産業活動を支える重要な要素の一つである。(著者撮影)

一方で、コーパス・クリスティ市の海水淡水化計画では、技術的な実現性に加え、大規模な初期投資(約12億ドル、約1900億円規模)や将来的な水道料金への影響、沿岸生態系への影響評価などが論点となり、市民や環境団体、納税者などのステークホルダーから慎重な意見が寄せられてきました。こうした点を総合的に検討した結果、2025年9月、市議会は本プロジェクトを建設段階へ進めない判断を下しました。

この事例は、水インフラプロジェクトが市議会の判断だけでなく、複数の関係者の受け止め方や社会的合意の成熟度によって左右されることを示しています。なお、本プロジェクトはその実現性を永久に否定されたわけではなく、外部条件の変化によって将来的に再検討される可能性が残されています。計画段階で終了すること自体は失敗ではなく、将来の選択肢を整理するための重要な意思決定プロセスの一部と捉えることができます。

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(c) Keisuke Ikehata

「上下水道情報」2032号―2026年1月掲載 一部改

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著者プロフィール

池端慶祐(いけはた・けいすけ)

1974年生まれ。奈良県出身。
博士(土木環境工学)、技術士(アリゾナ州・アルバータ州)。テキサス州立大学理工学部工学科准教授。
1997年、大学院留学のため日本を離れ、カナダ・ケベック州モントリオール市へ。その後アルバータ州エドモントン市のアルバータ大学で博士号取得。2009年にカナダからアメリカ・カリフォルニア州ファウンテンバレー市に移住。2019年7月よりテキサス州立大学でアシスタント・プロフェッサーを務め、2025年9月より現職。
国際オゾン協会パンアメリカングループ副会長、同協会理事などを務める。
趣味は水泳(幼少期より)、マラソン(大学時代より)、サーフィン(2年前より)。

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