【連載】アメリカにおける水インフラ事情(5) 飲用水中のPFAS規制とその対応の現状
水道から蛇口へ、下水処理そして再利用
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近年、米国ではPFAS(ペルフルオロおよびポリフルオロアルキル化合物)に関する規制が大きく変化しており、全土の水道事業体は対応を迫られています。飲用水中のPFAS濃度に関する調査が進み、連邦政府レベルで初めて厳しい水質基準が設定されたことから、多くの地域で新たな浄水インフラ整備への検討が進みつつあります。本稿では、米国のPFAS規制動向とそれに対する水道事業体の対応、そして代表的な浄水技術について紹介します。
★1.米国環境保護庁(US EPA)による飲用水中のPFAS規制
★2.水道事業体の対応とプロジェクトの立ち上がり
★3.PFAS対応に用いられる代表的な浄水技術
★4.おわりに
【コラム】PFAS処理をめぐるよくあるQ&A
★1.米国環境保護庁(US EPA)による飲用水中のPFAS規制
PFASをめぐる米国の規制は、ここ十数年で段階的に進展してきました。まず2010年代には、米国環境保護庁(US EPA)が主導するUCMR3(第三次未規制汚染物質監視規則)によってPFOAやPFOSを含む6種類のPFASが全国規模でモニタリングされ、水道水からもこれらの化合物が広く検出されることが明らかになりました。その後、2022年にはUS EPAがPFOA、PFOS、HFPO-DA(GenX)、PFBSに対してそれぞれ0.004、0.02、10、2,000 ng/Lの生涯健康勧告値(Health Advisory Level)を発表し、水道事業体に自主的な対応を促してきました。さらに2023年から始まったUCMR5では、より幅広いPFAS(計29物質)が対象となり、その結果、PFASが米国各地の上水道システムで広範に存在することが再確認されました。こうした一連の知見が、2024年4月10日に制定された全国一律のMCL(最大汚染物質濃度)につながった形です(表1)。ただし、US EPAが設定した濃度基準には毒性評価の面で議論もあり、特に基準値が実際の健康リスクとどの程度整合しているかについては、専門家の間でさまざまな見解が存在します。
【表1】 飲用水中のPFAS規制値(2025年11月現在)
| 化合物 | 最大汚染物質濃度目標値(MCLG) | 最大汚染物質濃度(MCL) | 備考(再検討の有無) |
|---|---|---|---|
| ペルフルオロオクタン酸(PFOA) | 0 | 4.0 ng/L* | 据え置きの見込み |
| ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS) | 0 | 4.0 ng/L | 据え置きの見込み |
| ペルフルオロヘキサンスルホン酸(PFHxS) | 10 ng/L | 10 ng/L | 撤回し再検討の見込み |
| ペルフルオロノナン酸(PFNA) | 10 ng/L | 10 ng/L | 撤回し再検討の見込み |
| ヘキサフルオロプロピレンオキシドダイマー酸 (HFPO-DA、別名GenX) | 10 ng/L | 10 ng/L | 撤回し再検討の見込み |
| PFHxS、PFNA、HFPO-DA、 ペルフルオロブタンスルホン酸(PFBS)混合物 | **ハザード指数(HI)1.0 | **ハザード指数(HI)1.0 | 撤回し再検討の見込み |
** ハザード指数(HI)=(PFHxS濃度÷10 ng/L)+(PFNA濃度÷10 ng/L)+(HFPO-DA濃度÷10 ng/L)+(PFBS濃度÷2,000 ng/L)
2025年5月14日、US EPAはPFHxS、PFNA、HFPO-DA、及びPFBSを含む混合規制について「規制を撤回(rescind)して再検討する」意向を発表し、PFOAとPFOSに対しても遵守期限を2029年まで延長する方針を示しました。今回の動きは、2025年の政権交代に伴い、様々な化学物質の規制全般を見直すことが背景にあると考えられます。米国では政権の方針により環境規制の動向が変化することは珍しくなく、今回のPFAS規制の再検討もその影響を受けている形です。
ただし、US EPAが公布済みの飲料水規制を撤回することは過去にほとんど例がなく、米国の環境規制には一般的に「規制は後退させない」という考え方が根強く存在しています。そのため、今回US EPAが示したPFAS規制の撤回・再検討方針についても、実際にどこまで進むのかは現時点では不透明です。特に、PFASの水道水質基準を正式に変更するためには、科学的根拠の再評価、パブリックコメント、費用便益評価など、複数の法的手続きを経る必要があり、簡単には実現しない可能性も指摘されています。したがって、今回のUS EPAの動きは「方向性の提示」であり、PFAS規制が直ちに緩和されると断定できる状況ではありません。
★2.水道事業体の対応とプロジェクトの立ち上がり
US EPAの現行の最終ルールでは、公共水道施設は2027年4月26日までに初回のPFASモニタリングを完了し、結果に基づいて継続的にモニタリングを行うこと、また2029年4月26日までにMCLに適合するための対策(必要に応じた設備導入など)を実施することが求められています。このモニタリングは、処理を終えて配水系へ送られる水(いわゆる“finished water”)で行うことになっています。
モニタリングの頻度は事業体の規模や水源によって異なり、大規模システムでは四半期ごとに4回のサンプリングを行う一方、小規模システムでは年に2回のサンプルで足りる場合があります。また初回結果に応じて、将来のモニタリング頻度が決まります。US EPAは「減頻度のトリガー値」を最終MCLの1/2に設定しており(例:PFOAとPFOSの場合は2.0 ng/L、PFHxS等は5.0 ng/L)、これより下回れば将来的に年次または3年に1回の監視に移行できる可能性があります。ただし、モニタリングでMCLを超えた場合は、公表(Consumer Confidence ReportやPublic Notification)や迅速な対策実施が求められます。
州レベルでは、連邦政府より前にPFASに対する独自基準を定めた例も多くあります。ニュージャージー州、マサチューセッツ州、ニューヨーク州などはUS EPAに先駆けて州独自のMCLや同等の規格を導入しており、カリフォルニア州は通知・対応レベルの設定と並行して、多数のパイロット試験や粒状活性炭ろ過(GAC)もしくは陰イオン交換(IX)処理の本格導入が進んでいます。これらの州では活発な大規模PFAS処理プロジェクトが進行しており、実務上はGACとIXを中心に多数の設備導入例が見られます。これらの事例は、米国の水道事業体が監視結果に応じて迅速に設備対応を進めていることを示しています。
ただし、アメリカ水道協会(AWWA)などが代表する水道業界ではUS EPAのコスト見積もりが過小評価されているとの強い批判があります。AWWAとBlack & Veatch社による2023年の分析では、今後5年間で7,000を超える地点でPFAS処理設備を設置する必要があり、その総コストは371~483億ドル(約27~35億ドル/年の運転維持費を含む)と推定されており、これはUS EPAの想定の約2倍です。こうした見積もりの差異は、水道事業体だけでなく消費者への経済的な負担や、規制の妥当性を巡る費用便益分析にとっても重要な論点です。
★3.PFAS対応に用いられる代表的な浄水技術
米国で広く検討・導入されているPFAS用の処理技術として、以下の3種類が挙げられます。
(1)粒状活性炭(GAC)
最も普及している技術であり、吸着によりPFASを除去します。初期コストが比較的低く、既存施設への導入がしやすいことから、多くの水道事業体で第一候補として検討されています。ただし、交換頻度が高くなるとランニングコストが増加します。
(2)陰イオン交換樹脂(IX)
短鎖PFASに対しても比較的高い除去性能を持つことから、最近採用例が増えています。処理効率が安定しやすい一方、樹脂の再生や廃棄に関する課題も指摘されています。
(3)逆浸透膜(RO)
高い除去性能を持ち、すべてのPFASをほぼ完全に取り除くことが可能ですが、濃縮水の処理や高いエネルギーコストが課題であり、導入は主に規模の大きい事業体や特に厳しい水質条件下の地域に限られます。
これらすべての技術において、PFASが濃縮された残渣の最終処理が大きな課題となっており、今のところ決め手となる方法が見出されていないのが現状です。ROの濃縮液であれば泡分離法(foam fractionation)などでさらに濃縮し、最終的に処理・破壊する方法が検討されています。
現在、PFAS濃縮物の最終処理・破壊方法としては以下のような選択肢があります。
・超臨界水酸化(Supercritical Water Oxidation: SCWO)
超臨界状態(500~600℃)の水中でPFASを酸化分解する技術です。高い破壊効率が期待できますが、設備コストが高く運転管理も難しいことが課題です。
・プラズマ照射(Plasma Treatment)
高温プラズマにより PFAS を分解する方法で、実験規模での成功例はあるものの、大規模水道事業体での導入事例は限られています。
・湿式酸化・熱分解(Wet Air Oxidation、Thermal Destruction)
高温(350~500℃)・高圧下でPFASを酸化・分解する方法で、処理効率は高いものの、装置や運転コストの課題があります。
・焼却処理(Incineration)
PFAS を含む廃棄物を高温で焼却する方法ですが、完全燃焼を確保するためには非常に高温(1,000~1,200℃)での処理が必要で、排ガス管理の問題も生じます。
これらの技術はいずれも、実際の水道事業体での本格導入には課題が残っており、PFAS濃縮物の安全かつ確実な最終処理方法はまだ確立されていません。そのため、GAC、IX、ROでの除去後の濃縮物の扱いは、米国の水道事業体にとって依然として重要な課題となっています。
★4.おわりに
PFAS規制の強化は、2021年に改訂された鉛および銅規則(Revised Lead and Copper Rule)と並んで、米国の飲料水インフラ整備を大きく動かす要因となっています。今後数年間はPFAS対応のための設備導入や更新が全国的に進むと見込まれていますが、PFAS規制は科学的知見や費用便益評価の更新に伴い今後も見直される可能性があるため、最新動向を注視しつつ柔軟に対応していく姿勢が求められます。本稿で紹介した技術や取り組みは、米国の飲料水プロジェクトの一側面に過ぎません。次回は、こうしたプロジェクトがどのように計画され、資金調達され、実際に建設されていくのかについて、具体的な事例の紹介を交えつつ、全体の流れをわかりやすく整理して解説したいと考えています。
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【コラム】PFAS処理をめぐるよくあるQ&A
Q1.PFAS対策として「最もよい」浄水処理技術はあるのか?
⇒単純に優劣をつけられるものではありません。米国で議論されているポイントは、個々の技術性能ではなく、「どの施設にとって最も成立しやすいか」という実務面です。
たとえば、多くの水道事業体にとって最初に検討されるのはGACとIXですが、その理由は「除去性能が高いから」だけではなく、規模や既存設備、交換サイクル、残渣処理のしやすさなど、ライフサイクル全体の見通しが比較的立てやすいからです。
一方でROは、除去性能そのものは高いものの、濃縮水という「第二の課題」が必ず発生するため、PFASだけを理由に採用されることはほとんどありません。米国では、既に高塩分・硝酸態窒素・その他微量汚染物質への総合対策が必要なケースや、大規模な改修が計画されている施設で導入される傾向があります。
また、米国では既存の無煙炭・砂ろ過池をGACに転用できる事業体もあり、「配管や建屋を新設せずにPFAS対策を実現できる」という現実的な利点が重視されています。(この点は日本と状況が異なるかもしれません。)
つまり、「最良の技術」があるというよりも、水質・規模・既存設備・残渣処理能力・長期的コストのバランスをどう取るかが、米国で議論されている実質的な論点です。
Q2.処理すればPFASは「消える」のか?
⇒実際には、多くの技術が行っているのは「分解」ではなく「除去」です。PFASは濃縮され、固形もしくは液体の残渣として最終処理が必要になります。
しかし、この最終処理技術はまだ確立途上であるため、全体としてどれだけのコストがかかるのかは現時点では明確ではありません。
Q3.オゾンや促進酸化でPFASを酸化分解することができるのでは?
⇒PFAS(特にPFOSやPFOAなど水素がすべてフッ素に置換された化合物)は、オゾンや通常の促進酸化で生成されるヒドロキシラジカルよりも強力な酸化剤であるフッ素(F2)により酸化された有機化合物であり、オゾンなどで酸化することはできません。
(注:オゾンばっ気を利用した泡分離の効率化技術は提案されています。また、還元性活性種を生成するタイプの促進酸化処理はPFAS分解への有効性が報告されています。)
Q4.小規模水道事業体にとってPFAS対策はどの程度現実的なのか?
⇒米国では、PFAS規制の議論と並行して、「小規模・財政的に脆弱な事業体がどこまで対応できるのか」という点が大きな課題となっています。IXやROのような高度処理は、設備そのものの初期費用だけでなく、薬品、交換材、エネルギー、水質監視などの運転費が継続的に発生し、大規模事業体と比べて一人当たりのコスト負担が極端に高くなる傾向があります。
さらに、地方の事業体では、専門性の高い設計技術者や運転管理スタッフの確保が難しいことも一般的です。濃縮残渣の処理ルートが地域内に存在しない場合も多く、設備を導入しても「処理したPFASをどこに持っていくのか」という別の問題に直面します。また、長期的な資金計画を立てるための財務的・人的リソースが不足しているケースも指摘されています。
このため、米国では国レベルの補助金制度や州の技術支援プログラムを活用しながら、小規模事業体でも維持できる「現実的な対策レベル」をどう設定するかが重要な論点となっています。
Q5.PFASと、過去に問題となった残留性有機汚染物質(POPs: 有機塩素系農薬、ダイオキシン、PCBなど)は何が違うのか?
⇒どちらも「分解されにくい化学物質」という点では共通していますが、性質は大きく異なります。
- 有機塩素系農薬やPCB、ダイオキシンは水に溶けにくく、油に溶けやすい(疎水性)ため、土壌や底質、動植物の脂肪に蓄積しやすいタイプの汚染物質です。急性・慢性の毒性も強く、長年にわたり大きな健康影響が懸念されてきました。
- 一方PFASは、同じ「残留性」でも水に溶けやすく移動性が高いという特徴があり、河川や地下水など広い範囲に広がりやすい点が他のPOPsと大きく異なります。毒性の種類も異なり、POP類と比べて急性毒性は一般的に低いものの、慢性的なばく露による健康影響が懸念されています。
つまり、PFASと従来のPOPsは、「分解されにくい」という点は同じでも、環境中でのふるまいも、ばく露経路も、リスクの現れ方も異なる汚染物質と言えます。ちなみに代表的なダイオキシン類の一つである 2,3,7,8-TCDD の飲料水基準値(MCL)は0.030 ng/L※とされており、PFOSやPFASの基準値の100分の1以下という、非常に厳しい値が設定されています。
※ 0.030 ng/L は、東京ドーム満杯(容積約124万立法メートル)の中の0.037グラム相当。目薬1滴(約0.05グラム)にも満たない
Q6.PFAS対策は、浄水処理にお金をかけるより、源流対策(Source Control)を進める方が合理的では?
⇒その通りで、最終的には源流対策の方が圧倒的に費用対効果が高いと考えられます。
PFASは非常に処理が難しく、浄水場での除去には高い設備費・運転費が必要です。さらに、処理後には使用済みGACや樹脂、濃縮水などの「PFASを含む副生成物」が発生し、その処理にも追加コストがかかります。一方で、工場排水規制、PFASフリー泡消火薬剤の使用、原料置換などの源流対策は、広範囲の環境汚染を防ぐうえで非常に効果的です。米国や欧州でも、「浄水だけで対応するのは限界がある」という認識が広がり、源流対策の強化が進んでいます。
私見ですが、現在のPFOSとPFOAに対する非常に低いMCL(4.0 ng/L)は、浄水場での対応コストが過大となり、社会全体としては合理的とは言えないと考えられます。もう少し緩やかな値(少なくとも二桁 ng/L程度)を設定し、その分のリソースを源流対策に回す方が、より現実的で費用対効果の高い戦略だと考えられます。つまり、浄水処理は「最後の砦」として必要ですが、社会全体のコストを抑え、より確実にリスクを低減するには、まず源流対策に注力するのが最も合理的です。
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(c) Keisuke Ikehata
「上下水道情報」2031号―2025年12月掲載 一部改
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☆ 著者プロフィール ☆
池端慶祐(いけはた・けいすけ)
1974年生まれ。奈良県出身。
博士(土木環境工学)、技術士(アリゾナ州・アルバータ州)。テキサス州立大学理工学部工学科准教授。
1997年、大学院留学のため日本を離れ、カナダ・ケベック州モントリオール市へ。その後アルバータ州エドモントン市のアルバータ大学で博士号取得。2009年にカナダからアメリカ・カリフォルニア州ファウンテンバレー市に移住。2019年7月よりテキサス州立大学でアシスタント・プロフェッサーを務め、2025年9月より現職。
国際オゾン協会パンアメリカングループ副会長、同協会理事などを務める。
趣味は水泳(幼少期より)、マラソン(大学時代より)、サーフィン(2年前より)。
