【連載】アメリカにおける水インフラ事情 (4)水の再利用とインフラ編
水道から蛇口へ、下水処理そして再利用
これまでの連載では、上水道と下水道・雨水インフラを取り上げ、それぞれの仕組みや課題を紹介してきました。今回のテーマは、それらをつなぐ「水の再利用」です。水の再利用は、限られた水資源をより効率的に循環させ、将来の水需要や気候変動に備えるための重要な仕組みとして、米国各地で利用されています。
水の再利用には、非飲用再利用(non-potable reuse)と飲用再利用(potable reuse)の二つの大きなカテゴリーがあります。
非飲用再利用は、景観灌漑、農業灌漑、冷却水などの用途に、下水処理場の二次・三次処理水を再利用するもので、アメリカでも都市、公園、ゴルフ場、高速道路の中央分離帯、火力発電所、工場、近年話題のデータセンターなどで広く導入が進んでいます。
一方、飲用再利用は、さらに高度な処理を施した後に飲料水源として利用するもので、IPR(間接飲用再利用)とDPR(直接飲用再利用)に分類されます。また、上流の下水処理水が意図せずに飲料水源へ流入する“事実上の飲用再利用(de facto potable reuse)”も、再利用の一形態として認識されています。
さらに、都市下水に限らず、石油・ガス採掘をはじめとする産業廃水や農業排水の処理水を再利用する取り組みも広く検討され、一部で実用化が進んでいます。
非飲用・飲用再利用のいずれの場合も、信頼性の高い水質管理とインフラ整備が欠かせません。高度処理技術(逆浸透、低圧膜ろ過、オゾン処理、活性炭、紫外線消毒など)だけでなく、処理水を貯留・輸送・配水する施設や、リアルタイムの水質監視システムも、再利用を支える重要な要素です。
本稿では、米国における水再利用の考え方と分類を概観し、この取り組みがいかにして持続可能な水供給の一翼を担っているのかを考察します。

★非飲用再利用のしくみとインフラ構成
非飲用再利用は、都市下水処理水を飲用以外の用途に再利用する最も一般的な形態であり、アメリカの多くの都市で導入されています。主な用途は、景観灌漑、農業灌漑、冷却水、工業用水、消防用水などで、これらは都市の節水対策や持続可能な水管理の一環として位置づけられています。
非飲用再利用に用いられる処理水は、通常、生物学的な二次処理に加えて粒状ろ過や消毒を行った三次処理水であり、用途に応じて主に消毒処理に関する水質基準が定められています。たとえばカリフォルニア州では、「カリフォルニア州規則集第22編(California Code of Regulations, Title 22)」において処理水の水質要件や利用条件が詳細に規定されており、他州でもこれに類似した法規制やガイドラインが整備されています。一般的に、このような消毒済み三次処理水は再生水「reclaimed water」または「recycled water」と呼ばれます。
非飲用再利用の実現には、専用の配水インフラが欠かせません。再生水は通常、下水処理場から紫色のパイプ(パープルパイプ)を通して(写真1)、貯留池(写真2)、ポンプ場、配水管網を経由し、利用地点まで送られます。建物や施設での利用には、飲料水系統とは独立した、いわゆる中水配管(dual plumbing)が必要となり、既存施設や住宅密集地への導入には大掛かりな工事が必要になり高いコストが伴います。


また、再生水の灌漑は春~秋に集中するため、水需要の季節的な変動が大きな課題となります。冬季など利用が少ない時期には処理水が余剰となり、結果として再利用率が低下することもあります。このため、再生水の貯留容量を確保し、工業利用や冷却用途など年間を通じて利用できる用途の設定など、効率的な供給計画が求められます。また、灌漑等で再生水が利用される場合、誤飲を防ぐために写真3のような看板などが必要です。

このように、非飲用再利用は、ほぼ既存の処理場インフラを利用できるため比較的導入のハードルが低く、実績のある仕組みでありながら、専用配水インフラの整備費用や需要バランスといった課題を抱えています。それでも、多くの自治体では水資源の有効活用と下水処理水の再評価を目的に、持続可能な形での再利用拡大が進められています。
★飲用再利用(IPR・DPR)の考え方と仕組み
飲用再利用は、再生水を飲料水源として利用する仕組みであり、非飲用再利用よりも高い水質基準と信頼性が求められます。飲用再利用は、処理プロセスや処理水の供給経路によって、IPR: indirect potable reuse(間接飲用再利用)とDPR: direct potable reuse(直接飲用再利用)に分類されます。
IPRは、高度処理された再生水を地下帯水層や貯水池などにいったん戻し、自然の緩衝過程を経てから従来の上水処理施設に導く方式です。代表例として、2009年から運転されているカリフォルニア州オレンジ郡の「Groundwater Replenishment System(GWRS)」があります。GWRSでは、限外ろ過、逆浸透膜、紫外線過酸化水素促進酸化を組み合わせた高度処理が行われており、最大130ミリオンガロン/日(約49万立方メートル/日)の高度再生水が生産されています(写真4)。自然緩衝過程では、数か月以上の滞留時間を確保することで、病原性微生物などの影響を低減しています。

DPRは、自然の緩衝過程を経ずに、高度処理水を直接上水処理施設や配水系統に戻す方式です。より厳密なモニタリングと多重バリアによる安全確保が不可欠であり、近年はカリフォルニア州、テキサス州やコロラド州などでデモンストレーション施設建設・運転を含めた導入計画が進められています。現在、米国で運転されているDPR施設はテキサス州ビッグスプリング市の Raw Water Production Facility のみですが(写真5)、テキサス州ウィチタフォールズ市でも2014年の干ばつ時に緊急的なDPRシステムを導入し、約1年間という短期間ながら飲料水供給の確保に成功しました。

飲用再利用システムでは、高度処理プロセスと継続的な水質監視が中心的な役割を果たします。典型的な処理列は、精密ろ過もしくは限外ろ過、逆浸透膜、紫外線促進酸化処理で構成され、必要に応じて粒状活性炭ろ過、オゾン処理、生物活性炭ろ過、イオン交換処理などが追加されます。これにより病原性微生物、溶存有機炭素、微量化学物質を包括的に除去します。さらに、処理後の高度再生水は連続オンラインモニタリングと定期的なラボ分析によって品質が維持されます。こうして高度処理された再生水は「purified water」と呼ばれることもあり、非飲用再利用に用いられる再生水と区別されます。
本連載第一回でもご紹介したように、アメリカにおける飲用再利用の法規制は、連邦レベルで統一されていない点が特徴です。米国環境保護庁(US EPA)は飲用再利用に関する具体的な規制を設けておらず、各州(カリフォルニア、テキサス、コロラド、フロリダ、アリゾナなど)がIPR・DPRに関する独自の基準やガイドラインを定めています。このため制度は複雑ですが、実務上は、再生水を表流水処理規則(Surface Water Treatment Rule)で特に汚染の多い表流水源とみなし、高水準な病原性微生物の除去を行ったうえで、国家一次・二次飲料水基準を満たすことが求められます。さらに、各州の独自基準を上回る水質を確保することも必要です。DPRの場合は、これに加えてリアルタイムの水質監視やリスク管理体制の整備が不可欠です。
飲用再利用は、インフラの観点からも独自の特徴と課題があります。非飲用再利用のようにパープルパイプや中水配管といった大規模な配水網を新設する必要はなく、都市部の地下インフラで交差配管や接続ミスのリスクを心配する必要もない点が大きな利点です。
一方で、IPRでは、処理水の導水管、地下帯水層への注入井戸や貯留池など、高度再生水を一時的に貯留・供給するための設備が必要となります。表流水へ放流する場合、新たな水源貯水池は必ずしも必要ありませんが、自然環境への影響には細心の注意が求められます。
DPRは、既存の上水道・配水系統に直接接続できるため、大規模な新設インフラを必要としないことが大きな魅力です。ただし、その安全性を確保するためには、極めて厳格な水質監視とリスク管理体制が不可欠です。高度処理施設や水質管理システムの設計段階から統合的な計画を立てること、さらに行政手続きや規制整備、市民理解の醸成といった社会的要素も成功の鍵となります。その一環として、高度再生水の試飲や、それを用いて醸造された地ビールを学術会議などで提供し、飲用再利用の理解促進とプロモーションを図る試みも行われています(写真6)。
【写真6】アリゾナ州フェニックス市で開催された水再利用協会シンポジウムで高度再生水を用いた地ビールを試飲する筆者(2017年)
★まとめ:水再利用の概要とインフラの視点
本稿では、米国における水再利用の基本的な分類と仕組みを、主にインフラの観点から概観しました。ここで紹介した内容はあくまで概要にすぎず、実際の制度、技術、運転、そして地域ごとの課題には多様な背景があります。水再利用は、今後の水供給を支える重要な要素であり、上水道・下水道の枠を超えた統合的なインフラ計画の鍵を握っています。
次回以降は、米国各地で実際に運用されている上下水および再利用プロジェクトや、その背後にある課題、技術・制度・運転の工夫を紹介しながら、持続可能な水インフラの姿を具体的に見ていきます。
(c) Keisuke Ikehata
「上下水道情報」2030号―2025年11月掲載 一部改
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☆ 著者プロフィール ☆
池端慶祐(いけはた・けいすけ)
1974年生まれ。奈良県出身。
博士(土木環境工学)、技術士(アリゾナ州・アルバータ州)。テキサス州立大学理工学部工学科准教授。
1997年、大学院留学のため日本を離れ、カナダ・ケベック州モントリオール市へ。その後アルバータ州エドモントン市のアルバータ大学で博士号取得。2009年にカナダからアメリカ・カリフォルニア州ファウンテンバレー市に移住。2019年7月よりテキサス州立大学でアシスタント・プロフェッサーを務め、2025年9月より現職。
国際オゾン協会パンアメリカングループ副会長、同協会理事などを務める。
趣味は水泳(幼少期より)、マラソン(大学時代より)、サーフィン(2年前より)。


