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【連載】アメリカにおける水インフラ事情 (3)水質浄化法(CWA)と下水道・雨水インフラ編

水道から蛇口へ、下水処理そして再利用

池端慶祐(テキサス州立大学理工学部工学科 准教授)

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前回取り上げた飲料水インフラと並んで、下水道インフラは公共の健康と環境を支える不可欠な存在です。生活排水や産業排水が十分に処理されなければ、水質汚染や感染症の拡大を招き、地域社会に深刻な影響を及ぼします。

1970年代以前の米国では、多くの都市で未処理または簡易処理の排水が河川や湖に放流され、水質汚染が大きな社会問題となっていました。とくに1969年にオハイオ州のカヤホガ川で発生した「川が燃える」事件や、湖沼の富栄養化・魚の大量死などが全国的に報道され、環境保護を求める世論が一気に高まりました。

こうした流れを受けて1970年に環境保護庁(EPA)が設立され、最初の重点課題のひとつとして「水質改善」が掲げられました。この背景のもと、1972年に制定された「水質浄化法Clean Water Act : CWA)」(注1)は、従来の水質規制を大幅に強化し、排水規制と水質改善を国家的に推進する転換点となりました。その2年後の1974年には、飲料水の安全確保を目的とした「安全飲料水法(SDWA)」が制定され、米国の水政策は「環境」と「健康」の両面から本格的に制度化されることとなりました。

★CWAの役割

CWAは、「全ての水域を魚が泳ぎ、人が泳げる水質に」という目標を掲げ、排水規制と水質改善の枠組みを確立しました。特に重要なのが、全国汚染物質排出削減制度(NPDES)です。これは、下水処理場や工場などの「点源(ポイントソース)」が公共水域に排水する際に、連邦または州からの許可を受け、その排水基準を遵守することを義務づける制度です。また、各州は水域ごとに水質基準を設定し、達成に向けて総合的な管理を行うことが求められています。一方で、NPDESで監視されていない農地からの肥料流出などの「非点源(ノンポイントソース)」は規制が難しく、現在も大きな課題となっています。
CWAの下では、NPDESを通じていくつかの重要な規制プログラムが展開されています。例えば、全ての下水処理場に最低限の処理水質を求める「二次処理基準」、産業ごとの技術ベースで排水基準を定める「排水ガイドライン(ELGs)」、汚濁が著しい水域における「総量規制制度(TMDLs)」などです。さらに1987年の改正では、都市域の分流式雨水排水路(MS4)、工事現場、工場からの雨水排水を規制する雨水流出プログラムが追加され、合流式下水道越流水(CSO)問題への対策も進められました。

これらの制度は、EPAが全国的な基準を定め、州の規制機関が実施・監督する仕組みとなっています。たとえば、テキサス州ではテキサス州環境品質委員会(TCEQ)がTPDESとして制度を運用し、カリフォルニア州では州水資源管理委員会(SWRCB)がNPDES許可を発給しています。現在47州がこの権限を持ち、残る数州・地域ではEPAが直接規制を担っています。

★下水処理の仕組みと普及

米国の下水処理場は、一次処理(沈殿による固形物除去)→二次処理(生物処理による有機物分解)→塩素消毒という工程が基本となっています。多くの施設では「活性汚泥法」が中心的に用いられ(写真1)、近年では生物的硝化・脱窒処理、化学的あるいは生物的リン除去、さらには砂や無煙炭によるろ過などの三次処理も普及しています。また、三次処理水の紫外線消毒も一般的になりつつあります。こうした工程の標準的な排水基準は、5日間の生物化学的酸素要求量(BOD5)および浮遊物質量(SS)を30mg/L以下に抑える、いわゆる「30–30基準」であり、近年ではさらに厳しい栄養塩除去基準も広がっています。これにより、放流水の水質は1970年代以前と比べて大幅に改善されました。

なお、産業系の排水処理施設では、下水処理場とは異なり、酸化、沈殿、吸着、膜処理など、特定の汚染物質や工程に対応した処理技術が選択的に導入されています。CWAの枠組みのもとでは、こうした産業排水もNPDESを通じて規制されています。

下水処理の過程で発生する汚泥は、消化・脱水を経て堆肥化や農地利用、焼却や埋立などに利用・処分されます(写真2)。さらに一部の先進的な施設では、嫌気性消化で発生するバイオガスを回収し、自家発電や地域への熱供給に活用する取り組みも広がっています。エネルギー回収や資源循環の視点から、米国の下水処理場は「再生可能資源の拠点」としての役割を担いつつあります。

★雨水と合流式下水道

CWAは、都市部で課題となる雨水流出も規制対象としています。特に東海岸や五大湖地区の古い都市部では合流式下水道が多く、降雨時には下水と雨水が一緒に処理場へ流入します。大雨の際に処理能力を超えると、未処理の汚水が河川などに放出される合流式下水道越流水(CSO)が発生し、水質汚染や公衆衛生リスクにつながります。こうした問題への対策として、近年は「グリーンインフラ」が注目されています。雨庭、透水性舗装、雨水貯留施設などを活用し、雨水を分散的に管理することで、処理場への負荷を軽減し、水質改善と都市の気候適応を両立させる取り組みです。

★現在の課題:老朽化対策など

米国の下水処理場の多くは、CWAの制定を受けて1970〜80年代に整備された施設であり、老朽化が進んでいます。更新や改修に必要な資金不足も深刻で、人口増加や都市拡大により既存施設の処理能力が逼迫する地域もあります。アメリカ土木技術者学会(ASCE)の「インフラ・レポートカード(コラム1参照)では下水道分野の評価は長年「D」に近い低水準にとどまっており、今後20年間で1兆ドルを超える投資が必要と指摘されています。また、気候変動による豪雨や洪水の増加、沿岸部の海面上昇も新たな脅威です。さらに、エネルギー消費や温室効果ガス排出の削減も求められています。下水処理場は活性汚泥法の曝気で多大な電力を消費するため、省エネ化と再生可能エネルギー利用の拡大が進められています。

★展望:水再利用とリソース・リカバリー施設へ

従来の下水処理場は「汚水を浄化する施設(Wastewater Treatment Plant)」でしたが、1990年代頃から多くの都市で「水再生場(Water Reclamation Plant)」や「資源回収施設(Resource Recovery Facility)」と呼称が変更され(写真3)、資源を回収する施設としての役割が重視されるようになりましたコラム2参照。汚染源・異臭などのネガティブなイメージを払拭しつつ、再生水の灌漑用水・工業用水への利用、バイオガス発電や熱利用、リン回収による肥料化など、多様な形で資源循環に貢献しています。特に乾燥地域では再生水が重要な水資源として位置づけられ、飲用再利用も一部で導入されています。

近年は、分散型下水処理や雨水の捕集・利用といったアプローチも注目されており、テキサス州オースティン市やカリフォルニア州サンフランシスコ市などでは、敷地内で雨水・再利用水を活用するオンサイト再利用施設の導入が進んでいます。また、従来型の活性汚泥法に加え、膜分離活性汚泥法(MBR)の導入も増えており、より高水準の水質を安定的に確保しながら、再生水利用や資源回収を推進することが可能となっています。

米国の下水道インフラは多くの課題を抱える一方、技術革新と制度の進展によって新たな役割を果たそうとしています。CWAから半世紀が経過した今、下水処理は単なる「排水処理」から、環境保全・資源循環・気候適応を担う多機能インフラへと進化しつつあります。


注1)水質浄化法Clean Water Act : CWA

参照:EPA(米国環境保護庁)による解説ページ

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【コラム1】ASCE「インフラ・レポートカード」とは?

米国土木技術者協会(American Society of Civil Engineers: ASCE)は1998年から「インフラ・レポートカード」を4年ごとに発表し、国内の主要インフラを学校の成績表のようにAからFで評価しています。

きっかけは1988年の連邦報告書『Fragile Foundations』で、米国における公共インフラの老朽化の深刻さを警告したものの、その後連邦政府が継続的な評価を行わなかったため、ASCEが独自に取り組みを継続しています。

このレポートカードの目的は二つあります。まず、一般市民や行政担当者にインフラの状態を「見える化」することです。さらに、インフラ改善のための投資を政策議論の優先課題とするよう働きかけることです。近年では多くのASCE州支部も独自のレポートカードを作成し、州議会や条例の住民投票での判断材料として活用されています。

2025年版のレポートカード(表1)では、全米インフラは平均で過去最高の「C」と評価されています。しかし分野別に見ると大きな差があり、水インフラ関連では飲料水(Drinking Water)が「C-」、下水道(Wastewater)が「D+」、雨水(Stormwater)が「D」 といずれも低い評価となっています。例えばテキサス州の下水道は「D-」とさらに厳しく、老朽化した管路の破損や雨水流入による越流、未処理排水の放流などの課題が指摘されています。

一方で、比較的高く評価されているインフラ分野もあります。港湾(Ports)は「B」、鉄道(Rail)は「B-」と、国際競争力や安全性を支える分野では健闘しています。州レベルでは、ユタ州の道路が「B+」と評価されており、継続的な投資と維持管理が反映されています。

このように、ASCEのインフラ・レポートカードは、米国におけるインフラ投資の議論において、市民と行政をつなぐ重要な「共通言語」として定着しています。

【表1】2025年版ACSEインフラ・レポートカード
タイプ評価(A~D、Fは落第)
Aviation空港・航空インフラD+
Bridges橋梁C
Broadbandブロードバンド通信C+
DamsダムD+
Drinking Water上水道・飲料水インフラC-
EnergyエネルギーD+
Hazardous Waste有害廃棄物処理C
Inland Waterways内陸水路C-
Levees堤防D+
Ports港湾B
Public Parks公園・レクリエーション施設C-
Rail鉄道B-
Roads道路D+
Schools学校施設D+
Solid Waste一般廃棄物処理C+
Stormwater雨水管理D
Transit公共交通D
Wastewater下水道D+
平均評価C

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【コラム2】用語の変遷に見る「下水処理」の進化

本文にも示しましたが、下水処理施設の呼び名は、時代とともにその役割の変化を反映してきました。20世紀初頭には、単に「汚水を衛生的に処理する施設」として “sewage treatment plant(汚水処理場)” と呼ばれていました。この頃の「衛生工学(sanitary engineering)」という学問分野名が示すように、当時の主眼は感染症防止や公衆衛生の確保にありました。

1960〜1970年代になると、水質保全や環境保護の意識が高まり、「環境工学(environmental engineering)」という名称が使われ始めます。それに呼応するように、施設名も “wastewater treatment plant(下水処理場)” が一般的となり、「処理」から「環境負荷低減」への発想転換が進みました。

さらに20世紀後半には、処理水や汚泥を「資源」として活用する考え方が広がり、

 “water reclamation plant(水再生場)”
 “water recycling plant(水再利用処理場)”
 “resource recovery facility(資源回収施設)” (写真

といった前向きな呼称が登場します。これらの名称には、持続可能な資源循環の拠点としての役割が込められています。


【写真】ビクター・バレー下水再生局下水処理場の看板「A Resource Recovery Facility」という文言が追記されている(カリフォルニア州ビクターヴィル市、筆者撮影)

一方、米国環境保護庁(EPA)は法的・制度的な文脈で “POTW(Publicly Owned Treatment Works)” という用語を使用しています。これは公共事業体が所有・運営する下水処理施設を指す行政用語で、技術的というより法的定義に基づく表現です。少々味気ない呼び名ではありますが、EPAの規制文書などでは現在も一般的に用いられています。

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(c) Keisuke Ikehata
「上下水道情報」2029号―2025年10月掲載 一部改

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著者プロフィール

池端慶祐(いけはた・けいすけ)

1974年生まれ。奈良県出身。
博士(土木環境工学)、技術士(アリゾナ州・アルバータ州)。テキサス州立大学理工学部工学科准教授。
1997年、大学院留学のため日本を離れ、カナダ・ケベック州モントリオール市へ。その後アルバータ州エドモントン市のアルバータ大学で博士号取得。2009年にカナダからアメリカ・カリフォルニア州ファウンテンバレー市に移住。2019年7月よりテキサス州立大学でアシスタント・プロフェッサーを務め、2025年9月より現職。
国際オゾン協会パンアメリカングループ副会長、同協会理事などを務める。
趣味は水泳(幼少期より)、マラソン(大学時代より)、サーフィン(2年前より)。

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