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【連載】アメリカにおける水インフラ事情 (2)飲料水供給編

水道から蛇口へ、下水処理そして再利用

池端慶祐(テキサス州立大学理工学部工学科 准教授)

前回はアメリカ合衆国(米国)の水インフラ全体像を概観しました。今回は飲料水供給に焦点を当て、その仕組みと課題を掘り下げます。

現在、米国の人口は3億4000万人で、約15万件の公共水道(PWS)が存在し、その多くが州や地方自治体によって管理されています。その多くはコミュニティ水道(CWS)で、これは年間を通じて同一の住民へ供給を行い、国民の約85%に飲料水を届けています。一方で、約4,300万人が公共水道に頼らず、私設の井戸で飲料水を確保しており、地域によって供給形態は多様です。水源別に見ると、公共水道における地下水供給ネットワークはシステム数では多数を占めるものの、人口ベースでは表流水(河川・湖沼など)による供給がより広く人々に利用されています。全体の給水量は1日あたり約39,000ミリオンガロン(約1億5千万m3)にのぼり、そのうち約61%が表流水に由来しています。また、間接飲用再利用(約200ミリオンガロン)と海水淡水化(約80ミリオンガロン、写真1)がすでに確立した水源として実運用されています。

★米国の水道水質基準

米国における水道水質は、連邦レベルと州レベルの二重の規制によって担保されています。全国的な統一基準を設定するのは連邦法で、地域ごとの水源の特性や課題に応じて州が運用を補完しています。こうした枠組みにより、米国全体で一定の安全水準を確保しつつ、地域ごとの柔軟性も維持しています。

連邦レベルでは、1974年に制定された安全飲料水法(SDWA)が基盤となっています。所管は米国環境保護庁(EPA)であり、健康に関連する約90項目の一次基準(最大許容濃度MCL)と、水の味・色・においなど生活の快適性に関わる15項目の二次基準(SMCL)を策定しています(注1。また、汚染物質の除去が困難な場合には、一次基準に代わって処理技術基準を定めることもあります。EPAはワイオミング州とワシントンDCを除くすべての州に対して「プライマシー」と呼ばれる執行権限を委譲しており、各州は独自の規制機関を通じて水道事業体のモニタリングや遵守状況の確認を行っています。また、プエルトリコやグアムなどの米国の直轄領、およびアメリカ先住民の部族領における飲用水については、EPAが直接管理・監視しています。

★州レベルの規制例(テキサス州とカリフォルニア州)

米国では連邦の水道基準を土台に、各州が執行・運用・監視を行っています。州によっては連邦基準より厳しい独自の一次基準を設定していますが、ここでは筆者が現在住んでいるテキサス州と以前住んでいたカリフォルニア州を例に挙げて説明します。

テキサス州ではテキサス州環境品質委員会(TCEQ)がプライマシー機関として水道基準を運用しています(注2。健康に関連する一次基準は原則として連邦基準に準拠しており、州独自の基準の追加はありません。一方で二次基準は連邦と異なる設定があります。たとえばpHは7.0以上、総溶解固形物(TDS)は1,000mg/Lを採用しています(連邦の基準ではpH 6.5~8.5、TDS 500mg/L)。州西部の乾燥地帯など、地質や気候の影響で高塩分濃度の水源が少なくない地域事情を踏まえた運用です。

これに対して、環境基準の枠組みがより充実しているカリフォルニア州では、カリフォルニア州水資源管理局(SWRCB)が連邦基準をベースに独自の一次基準を複数追加しています。代表例として、過塩素酸6µg/Lや1,2,3-トリクロロプロパン0.005µg/Lがあり、さらに2014年7月に導入され、2017年に停止されていた六価クロムの一次基準は、2024年10月に10µg/Lとして再度発効されています。ほかの州でも、ニュージャージー州のヒ素(5µg/L)のように、連邦基準より厳しい独自の一次基準を設けている例があります。

★飲料水供給の流れ

表流水を水源とする場合、いわゆる「従来型(コンベンショナル)処理」が一般的です。具体的には、凝集、フロック形成、沈殿、ろ過、消毒の工程が含まれます(写真2, 3)。

この従来型処理にはバリエーションがあり、沈殿工程を省略する直接ろ過も一部で用いられています。さらに、原水の濁度が高い場合や、下水影響によるクリプトスポリジウムなどの病原性微生物濃度が高い場合には、膜ろ過(MF・UF)、オゾン処理+粒状活性炭ろ過、紫外線消毒といった高度処理が導入されることもあります(写真4~6)。また、硬水の水源が多い米国では石灰軟水化処理も一般的です。

一方、地下水の場合は、大多数の処理施設が遊離塩素注入のみで水質を管理しています。ただし、硝酸塩、硫化水素、揮発性有機化合物、アンモニア、鉄、マンガン、ウランなど特定の汚染物質を含む地下水源では、イオン交換、エアストリッピング、グリーンサンドろ過など、特定の単位処理が採用されることがあります。

米国ではオゾン処理を導入している表流水・地下水処理施設が300か所以上あり、紫外線消毒も普及が進んでいます。促進酸化プロセス(AOP)は、カビ臭や難分解性微量有機化合物などの管理に有効な手法として注目されており、多くの表流水処理施設では、オゾン処理に加えて過酸化水素注入システムを組み合わせ、必要時にはオゾン・過酸化水素AOPを運用できるようにしています。さらに弱塩水性の地下水や表流水を利用する浄水処理施設では、逆浸透膜を用いた脱塩処理を用いている処理施設が1,000か所以上あり、ナノろ過を用いた脱色・軟水化処理も一部の地下水処理施設で運用されています(写真7)。

消毒工程については、一次消毒として塩素ガスや次亜塩素酸ナトリウムが一般的に使用されています。州によっては、テキサス州などで二酸化塩素が前酸化剤・消毒剤として広く用いられています。ほとんどの公共水道システム(表流水・地下水いずれも)は、配水系での二次消毒として、遊離塩素またはクロラミンを使用しています。また、米国の公共水道システムの約60%では、虫歯予防のためフッ化物を添加しています。州や自治体によって添加量や管理方法は異なりますが、配水系での二次処理として実施されることが一般的です。

浄水処理後、処理された水は配水管網を通じて家庭や事業所に供給されます。配水系には老朽化したインフラ、消毒副生成物、残留塩素管理、クロラミン消毒による硝化反応と病原性微生物の再増殖など、さまざまな課題があります。また、建物内配管における水質問題として、レジオネラ属菌の増殖も懸念されます。

★まとめ

米国の飲料水供給は多様で厳格な規制のもとに運用されていますが、近年は施設の近代化と新たな課題への対応が急務となっています。

今後のエピソードでは、老朽化水道管の更新、鉛配管の撤去、PFAS汚染対策、サイバーセキュリティ、人工知能や機械学習の活用、干ばつや気候変動の影響、そして水の再利用といった、米国の水道インフラと水資源管理の最新課題についても取り上げていく予定です。


注1)EPA(米国環境保護庁)が定める水道水質基準(外部リンク)

一次基準(健康に関する約90項目):https://www.epa.gov/ground-water-and-drinking-water/national-primary-drinking-water-regulations

二次基準(生活の快適性に関わる15項目):https://www.epa.gov/sdwa/secondary-drinking-water-standards-guidance-nuisance-chemicals

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注2)テキサス州における水道水質の独自基準(外部リンク)

TCEQ(テキサス州環境品質委員会)のWebページより
Home > Drinking Water > Rules for Public Water Systems >
テキサス州法令30編290章:https://texas-sos.appianportalsgov.com/rules-and-meetings?chapter=290&interface=VIEW_TAC&part=1&title=30

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(c) Keisuke Ikehata
「上下水道情報」2028号―2025年9月掲載 一部改

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著者プロフィール

池端慶祐(いけはた・けいすけ)

1974年生まれ。奈良県出身。
博士(土木環境工学)、技術士(アリゾナ州・アルバータ州)。テキサス州立大学理工学部工学科准教授。
1997年、大学院留学のため日本を離れ、カナダ・ケベック州モントリオール市へ。その後アルバータ州エドモントン市のアルバータ大学で博士号取得。2009年にカナダからアメリカ・カリフォルニア州ファウンテンバレー市に移住。2019年7月よりテキサス州立大学でアシスタント・プロフェッサーを務め、2025年9月より現職。
国際オゾン協会パンアメリカングループ副会長、同協会理事などを務める。
趣味は水泳(幼少期より)、マラソン(大学時代より)、サーフィン(2年前より)。

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