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【対談シリーズ】広瀬栄×谷戸善彦

連載・下水道の散歩道(第65回)

広瀬 栄
(兵庫県養父市長)
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谷戸 善彦
(㈱NJS エグゼクティブ・アドバイザー(常任特別顧問) (一社)日本下水サーベイランス協会副会長 (公財)河川財団評議員)

【編集部より】対談の実施後、本年1月1日に能登半島地震が発生しました。これを受けて広瀬市長からは、哀悼とお見舞いの意を表するコメントが寄せられました。あわせて掲載します。
「令和6年能登半島地震により被災地でお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りするとともに、被害に遭われた方々に心よりお見舞いを申し上げます

広瀬市長について

谷戸 広瀬市長について、私からご紹介させていただきます。平成20年に市長に就任され、4期目を迎えられています。その間、養父市は国家戦略特区になったほか、最近ではライドシェア「やぶくる」の関係でも有名になりました。ライドシェアはもう5年ほどやられていて、先般は河野太郎デジタル大臣も見えたと伺いました。それから、市長ご自身としては、兵庫県の治水と防災の協会の会長も務めていらっしゃいますね。

広瀬 治水と防災の会長は以前やっておりました。今は道路協会の会長です。一昨年には「インフラメンテナンス市区町村長会議」の設立に携わり、関西(近畿)地区の幹事を務めております。

谷戸 さまざまな要職に就き、公共事業の関係でも非常に幅広い見識を持っておられるということで、今回お話を伺いに参りました。市長とは、下水サーベイランスをきっかけにお付き合いさせていただいております。養父市は下水サーベイランスに関して全国でも先導的な役割を果たしておられ、昨年8月25日には札幌市や石川県小松市などとともに「全国下水サーベイランス推進協議会」を発足されました。協議会には私も関与していますが、市長には副会長を務めていただいており、東京都内で開かれた設立記者会見では、本音のお話を披露していただきました。新聞社の記者の方からは、「実際に下水サーベイランスを推進し、最前線に立っている市長の言葉がすごく響きました」という声が寄せられています。
 ここ2、3ヵ月、市長とお付き合いさせていただいている中で非常に印象に残っているのは、昨年11月1日に下水サーベイランスの関係で国会議員の方々をご訪問した際、何度も「下水道インフラの新たな価値創造」のお話が出たことです。下水道にこれだけ大きな投資をしてきた中で、水をきれいにするとか浸水を防除するといった役割は当然のこととして、それにプラスして「新たな価値を創造していく」という視点が大事だとおっしゃっていて、私もこれからの下水道の将来を考えるときに、本当に重要な視点だと思いました。

少子化、静かなる有事 すべての政策は持続可能なまちづくりのため

谷戸 まずは、市長としてどのようなことを意識して市政に取り組んでいるのか、お聞かせいただけますか。

広瀬 ありがとうございます。その時々、時代によって最優先にするものは少しずつ変わってきます。これは当然のこととして、市長になる前からなんとかしなければいけないと思っているのは、人口減少です。地方から人が少なくなる要因の一つとしては、若者の減少があります。若者が減るということは、新たに生まれてくる子どもの数が減るということです。これは養父市だけではなく、国全体がそういう方向に向かっています。10年ほど前、「消滅可能性」に言及した「増田レポート」という衝撃的な記事(『中央公論』2013年12月号に掲載)が発表されました。

谷戸 総務大臣や岩手県知事をされた増田寛也さんが出されたレポートですね。

広瀬 まさしく養父市は、その「消滅可能性」がある都市です。少子化が進み、負のスパイラルのごとく続くと、そのうちまちから人が消えていなくなってしまう。私は市長になる前は養父市の職員として、養父市が合併成立する前は八鹿町の職員として、町政・市政の振興に努めてきましたが、人口減少は本当に大きな問題です。最初のころは喉の奥に引っかかった小骨のように、わずかな違和感がある程度でしたが、合併前後に進んだ急激な人口減少によって、それが大きな傷になっていることを感じています。
 子どもが減ると、地域の担い手がどんどん少なくなります。今は養父市もそれなりに人がいて、まだ皆さん、本当の意味で少子化がどんな現象なのか、意識せずに過ごしておられます。たぶん、これから先も大丈夫なのではないかという気持ちがおありだろうと思います。しかし、少子化で人がいなくなるということは、本当に足元まで忍び寄ってきています。よく「静かなる有事」ということが言われます。有事というと国際紛争や戦争を思い浮かべますが、人口減少も国の存亡に関わるという意味では有事であろうと思っております。
 私もこの養父市で生まれ育ちました。素晴らしい故郷ですし、素晴らしいまちだと思っておりますので、良い形で次の世代に残していきたい。当分の間は人口減少が進むのだろうと思っておりますが、それに耐えながら住みやすい良いまちをつくっていく。ある一定のところで底を打ち、ふたたび増えていくこともあるでしょう。そのためには、底を打ったときに素晴らしいまちでなければなりません。非常に息の長い仕事で不安に陥ることもありますが、めげることなく、信念を持って対応していきたいと考えています。
 人に住んでもらうためには、産業振興や医療・福祉、それから社会資本整備や教育といった、さまざまな政策が必要です。これは職員にも言っていますが、こうした政策は個々に成果を挙げることももちろん大切である一方で、最終的には少子化の解消、持続可能なまちづくりにつなげていくものだと考えています。

国家戦略特区の活用

谷戸 すべてを少子化対策に向け、市長就任以来、さまざまな施策を実行されたと思います。その中で、「国家戦略特区」の活用はとりわけ大きなことと思いますが、いかがでしょうか。

広瀬 私は、もともとは農業関係のエンジニアです。町や市の職員時代には、市民がより豊かに、安全・安心に暮らすためにはどうすればよいのかを考え、さまざまなアイデアが浮かんでいました。そうした中で、道路をつくるにしても、下水道を整備するにしても、全国一律ではなく、養父市に適したやり方があるのではないか、と常々感じていました。
 市長になるときには、マニフェストをつくり、市民の皆さんが豊かで幸せになるために実行することを約束しました。そして、その目的を達するため、マニフェストをより研ぎ澄まし、現在の制度の中で行えることはどんどんやってきました。しかし、研ぎ澄ませば研ぎ澄ますほど、実は国の制度や壁にぶつかることが結構あったのです。変えたいけど変えられない、そうしたフラストレーションが溜まっていたのも事実です。
 それが10年ほど前、第2次安倍政権でのアベノミクス「3本の矢」の中で、大胆な規制緩和を進めることで経済の活性化を図ろうという施策が打ち出されました。これはひょっとしたら、今までできなかったことができるかもしれない――。そんな思いで、国家戦略特区に挑戦させていただいた次第です。

道の駅にPFI手法を導入 移動式ランドリーも

谷戸 先ほど訪ねた道の駅(ようか但馬蔵)には、マリオットホテル(フェアフィールド・バイ・マリオット・兵庫但馬やぶ)が隣接されていて、びっくりしました。ホテルは食事を提供せず、道の駅でいただけるのですね。養父市には但馬牛や八鹿豚などがあり、食のポテンシャルが高く、道の駅のレストランも本当に美味しかったです。山椒も購入させていただきました。市長が地域の良いものを掘り起こしたり、開拓したりしながら、養父市が発展を遂げていることを実感いたしました。

広瀬 道の駅には、官民連携のPFI手法を導入しています。地域の農産物をしっかり利用することを意識し、運営権者を公募する際の要求水準では、農産物の売り上げの7割以上は養父市でとれるものとすることなどを定めました。他の道の駅では、その地域とはまったく関係のない加工品や農産物が多く販売されていることがありますが、養父市でその割合は制限しています。基本的には地域のものを販売します。それによって農家の方も、できたものをなんでも持って行くのではなく、道の駅に出す以上はしっかりと売れるような品質をめざし、努力してくれるようになります。

谷戸 平日の11時45分ごろでも待ち時間があるくらい、活気がありました。

広瀬 道の駅の所管は国土交通省ですが、レストランや休憩所、土産物の販売所などは農林水産省の所管です。両省の予算をうまく使いながら、地域や旅行者の方々にとって快適で楽しい空間をつくろうと努めています。

谷戸 道の駅に設置された移動式ランドリーが、養父市と災害時の連携協定を締結後、すぐに役立ったと伺いました。

広瀬 あれも運営権者である民間の提案です。道の駅は国交省の防災拠点を兼ねており、簡易トイレや発電機といった防災備品を置いています。

谷戸 マンホールトイレもあるそうですね。

広瀬 防災拠点になっているため、移動式ランドリーの提案があり、承諾しました。他の自治体で大規模災害があれば、ランドリーを移動して使っていただくことができます。普段はコインランドリーとして使い、災害があれば被災地で無料で使ってもらう。非常にいい仕組みができました。

谷戸 被災時、最小限の水だけは断水した地域でもすぐ供給できますが、赤ちゃんがいる方など、洗濯は皆さん本当に困ることだと思います。

広瀬 移動式ランドリーを設置してからしばらく経った昨年の8月15日、養父市は台風7号の被害を受けまして、ある地域がすべて断水しました。復旧するのに3~4日かかるということで、早速移動式ランドリーを使っていただきました。

谷戸 ぴったりのタイミングでしたね。

広瀬 もう公だけでやる時代ではありません。民の場合は我々が不得意とする経営力に加え、資金力や技術力、専門的な知識などを持っていますので、官民が共同で取り組んでいく必要があります。

台風7号では「事前防災」の大きな効果が

谷戸 台風7号では、内水の被害は比較的少なく人的被害もなかった一方で、農業関係の被害が大きかったと聞いています。短時間降雨量が過去最大だったそうですが、対応された中で教訓などはありましたか。

広瀬 養父市では過去、台風によって大きな被害を受けています。古くは昭和36年の伊勢湾台風、最近では平成16年の台風23号、それから平成30年7月豪雨があります。市では平成16年の台風23号を契機に、20年ほどかけて、河川改修や河川堰堤の整備、小水路の掘り下げ、堤防の嵩上げなど、かなりの「事前防災」を行ってきました。そのおかげで、平成30年7月豪雨の3日間の降雨量は450mmに達しましたが、ほとんど被害が出ませんでした。市を縦断した昨年の台風7号では、15時間で270mmという強い雨が降り、氾濫に近い状態までいったところもありましたが、なんとか大きな被害は免れました。事前防災は少ない投資で大きな効果が得られることがわかりました。川が氾濫してまちが水没しますと、その損害は計り知れません。私も水害は何度か経験してきましたが、一番気の毒なのは、家族の思い出がみんなダメになることです。家具にしろアルバムにしろ、生活に使ってきたものはすべてなくなります。水害はあってはなりません。
 国土強靭化に関する予算は、今後も通常の建設事業予算とは別に確保してもらう必要があります。一度河川が氾濫すると、数百から数千億円の被害が出ます。河川だけでなく、道路や農業関係など、すべてにとって必要な予算だと思っています。

谷戸 事前防災や予防保全による効果は、全国的にもいろいろなところでわかってきていますね。

PFIは20年以上前から 温泉施設の運営に活用

谷戸 市の職員のときに、PFIで温泉施設の建設・運営にチャレンジしたという話も伺えますか。20年以上の前のことで、非常に先進的だと思っております。

広瀬 もともとその温泉施設は、竹下登総理大臣のときに制度化され、自治体に一律1億円を支給することで話題になった「ふるさと創生事業」を活用して建設したものです。私は当時、旧八鹿町の商工担当課長を務めていました。町長の命を受け、自分で源泉を調査して掘ったところ、今の道の駅の隣に良質な療養泉が出てきたのです。そこで、市内の民間企業等に出資していただき、第3セクターの「とがやま温泉株式会社」を設立しました。しかし、設立はしたものの経営の見通しが立たず、事業化に至らないまま、1年で第3セクターは解散しました。関係者の皆さんには申し訳ありませんでした。随分と叱られました。
 どうしようかなと悩んでいたときにできたのが、PFI法です(平成11年施行)。ちょうどそのころ、PFIの権威であり、国の官民連携に係る委員等をされていた光多長温さんが鳥取大学に教授として赴任されていました。官民連携を成功させるにはPFIしかないと思い、飛び込みで光多教授にご指導をお願いし、平成13年に温泉施設をオープンさせることができました。

谷戸 PFIやPPPなどの官民連携は最近、ふたたびクローズアップされていますが、先進的ですね。また、第3セクターを1年でやめるという決断もすごいです。

時代に合わせて制度や仕組みを変えていく

谷戸 市長はまさに民間的な決断をされますね。私もずっと役人をやってきたあと、5~6年民間に務めて感じますが、民の人はたとえば1年試してみてダメだったら、できるだけ早めにそれをやめて次に移ります。しかし、官の人はずるずると先延ばししてしまう。

広瀬 官は、その時代の課題や問題を解決し、社会を良くしようと、制度や法律をつくります。ただ、課題や問題のありようは、時代とともに変わります。ですから、制度や法律も変えければいけない。しかし、はじめにつくったものが良いものであればあるほど、官は変えられないんですね。

谷戸 広瀬市長の手法は、まさに「アジャイル」ですね。世の中の動きに合わせて、できるだけすばやく変えていくという発想をされていると感じます。

広瀬 たとえば農業政策は本当に良い制度です。これができたのは、第二次世界大戦のあと、日本が民主化を進めようとした時代です。それまでの封建的な日本を支えてきたのは、土地、特に農地による支配の仕組みでした。大地主、地主、自作農、そして小作人がいる。圧倒的に数が多かった小作人たちは、地主の土地を耕して得た農産物収入の約半分を地主に支払い、残りで自分たちの生活をしていました。頑張って働いても蓄えができず、貧しさの中で暮らせざるを得なかった。そうすると、子どもに教育を受けさせることもできない。貧困の連鎖がずっと続くんですね。こうしたことから民主化の第一歩として、農地改革が行われました。土地を得た小作人は自作できるようになり、農業も発展していきました。戦後、飢えていた国民の食事をまかなえたのは、この農業政策のおかげだと思います。
 しかし、それから70年以上を経た今、時代の変化とともに、本当は農業政策を変えなければいけないときに来ている。ただ、これまでの政策が素晴らし過ぎたこともあって、変えることができないんです。

谷戸 農地改革は戦後の日本の発展という点では、素晴らしい制度だったんでしょうね。

広瀬 その呪縛から解き放たれてないのです。学校教育も同じような状況にあります。明治6年に学校令が制定されました。これは富国強兵策の一つです。工場で兵器や製品をつくり、国家が強く豊かになるためには、労働者においても一定の学力がなければなりません。全体のレベルを均一に底上げするという視点で学校教育は進められ、そのおかげで日本は国力を上げていきました。しかし、この考え方は見方を変えると「画一的」な教育方法となり、今でも教育界に根強く残っています。今は多様な人材がいて、多様な教育が必要だと言われています。学校には馴染めないけれども、特異な才能を持っている「ギフテッド」と呼ばれる子どももたくさんいます。これからは、そうした子どもたちに合った教育をしなければなりません。

谷戸 日本の教育が最近伸び悩んでいる一因は、ギフテッドの方々が活躍できないことかもしれません。アメリカのハーバード大学やマサチューセッツ工科大学といった有名大学では、かなり多くのギフテッドの方々が集まっているとも言われています。

広瀬 やはり一人ひとりに合った教育をやっていく必要があります。教育改革に取り組む必要があることを、教育委員会と話をしているところです。

下水道の新たな役割を担う下水サーベイランス

谷戸 冒頭、市長が「下水道インフラの新たな価値を創造していこう」とおっしゃっていることをご紹介しました。そうした中で、最初に下水サーベイランスに着目された経緯、あるいは実際活用されて、新たな価値創造につながっているのかどうか、お聞かせいただけますか。

広瀬 養父市では高齢化が進んでいて、脳血管疾患を発症される方々が多い印象があります。その原因はやはり高血圧で、食生活が影響していると考えられます。こうした傾向を改善していくためには、データに基づいた発信が必要です。たとえば食生活のアンケート調査を行い、味の濃いものを好む方々が多いという結果が出れば、塩分を抑えた食生活にしましょうといったことを伝えていくことができます。ただ、高齢者の方々にアンケートをしっかりと行うのは、結構手間がかかります。一方で、人は食べると必ず排泄をします。下水や汚泥を分析すれば、アンケートを行わなくても地域の食生活や健康状態などがわかるようになるのではないか。実はそういう思いが根底にあったんですよ。

谷戸 すごいですね。

広瀬 そんなことを思っていた中、コロナ禍で下水サーベイランスを知り、これは間違いなく有効だろうと考えました。コロナの第7波が終わり、第8波に入る前、国は全数把握から定点観測に切り替えることを決定しました。また、兵庫県は健康福祉事務所単位で発症者を把握してはいましたが、その詳しい情報はなかなか我々に提供してくれません。つまり、市内での感染状況に関するデータが集まらず、市民に警告を出すこともできなかった。そうした中で聞いたのが、下水サーベイランスの話だったのです。これがあれば養父市が独自に感染状況を把握し、市民の皆さんに注意を呼びかけることができると思い、すぐに内閣官房の実証事業に手を挙げました。今はコロナの感染状況把握に活用していますが、推進協議会の活動でいろいろな方からお話を聞くと、コロナ以外のウイルスや菌もわかるようで、素晴らしい仕組みと思っています。

谷戸 感染症対策としてのウイルスなどの把握もありますが、市長がおっしゃったように地域の食生活や健康状態など、いろいろなことがわかると思います。たとえ今は把握できなくても、近い将来的には多くのことがわかるようになるのではないでしょうか。下水道が持つ役割・ミッションとして、下水サーベイランスが新たに加えられることになる。そうした大きな話だと私は思います。

広瀬 少し話が逸れますが、下水道の価値創造ということで一つ。1990年代、兵庫県の当時の知事さんが2000年までに99%の下水道を整備するという構想を出されました。

谷戸 代行制度をつくるなどして、下水道整備が一気に進みましたね。

広瀬 公共水域の環境保全、生活の快適さ、それから公衆衛生という点で非常に素晴らしい効果が得られました。それまでは、おじいちゃんやおばあちゃんの家にお孫さんが来ると「トイレが怖い」と言われていました。それから、市にはスキー場などの観光地もありますので、お客さんには快適な環境を提供したい。そこで下水道を頑張って整備し、水洗化も進めました。

谷戸 下水道ができると「嫁くる、孫くる、魚くる」と言われましたね。

広瀬 それが下水道の大きな目的でした。しかし、いったんつくってしまうと、下水道は「当たり前」になってしまいます。最初につくったときの、「良かったね」という部分は忘れられて、あとは維持管理や更新の負担感だけ残ってしまう。ですから、当たり前のものであるだけでなく、プラスの効果、新たな価値を生み出すことが必要だと思っているところです。

ちょっとした気づきを大事に、新たな発想を

谷戸 たとえば下水道管路を使った電線の地中化であるとか、あるいはエネルギーの活用といったことを、下水道の新たな価値創造としてできないかと思いますが、そのあたりはいかがですか。

広瀬 おっしゃる通り、下水道管路の中は自由水面なので、空間は電線の地中化に活用できる可能性があります。それから、下水道の持つ熱エネルギーにも以前から注目しています。下水は一定の温度を保っていますので、ヒートポンプを活用するなどすれば、エネルギーをうまく取り出すことができます。

谷戸 雪が降る養父市であれば、下水熱で融雪ができますね。下水は、夏は大気よりずっと温度が低く、冬は18℃くらいあって逆に温かいです。近年はトイレで温水が使われるようになった関係で、下水の温度は上昇傾向にあります。熱交換の効率が向上していけば、さらに活用が進むかもしれません。

広瀬 多くのエネルギーを含んでいるものを、そのまま捨ててしまうのはもったいないですね。

谷戸 下水道はそのものが水資源でもありますし、汚泥は肥料になります。下水熱もあるし、下水道管路の空間も生かせるかもしれない。新たな価値の創造に向けて、面白いポテンシャルをいっぱい持っています。

広瀬 実現可能かどうかはわからない、夢みたいなことかもしれないけれど、ちょっとした気づきを大事にしたいですね。そうすることで、新たな発想が生まれてくると考えています。

W-PPPには積極的に取り組むべき

谷戸 4月から上下水道が国土交通省の管理に一元化されます。市長としては、どのようにお考えですか。

広瀬 時代の流れにあった国の政策であると、前向きに受け止めています。人口減少の中、インフラを維持していくためには知恵と工夫が必要です。上下水道一元化に合わせ、ウォーターPPP(以下、W-PPP)というスキームも打ち出されました。官民がお互いにプラスになるように連携し、上下水道インフラの適切な管理に取り組んでいく必要があります。W-PPPの実施にあたり省庁が分かれていては不便ですので、国土交通省に一元化して、積極的に進めていくべきです。
 ほかの自治体の首長さんの中には、W-PPPに対して不安を抱いていたり、危惧を示したりする人もおられます。官と民との連携に馴染まず不安を感じておられる方もいらっしゃる。そういう考えに一定の理解はできますが、今までと同じでは、主体的に物事が考えられない自治体になってしまう。これを機会に、自分たちで新しい官民連携の方法を国に提案していく。今は、そうしたチャンスだとも思っています。

谷戸 先導的にPFIに取り組まれてきた市長だからこその、言葉かもしれません。ただ、令和9年度以降に管渠を改築する際、W-PPPを実施できていなかったらその費用は出しませんよという話になっています。自治体の方に聞くと、それがなんというか、人質のようになっているので、勘弁してくれないかという意見が結構あるんですね。

広瀬 それも前向きに捉えるべきです。養父市では水道と下水道の料金見直しを一年かけて審議し、昨年、答申をいただきました。答申では、下水道料金はまだなんとか据え置きできるかもしれないけれど、水道料金は値上げしなければならないというご指摘をいただきました。ただ、コロナであるとか、低成長の中で生活に余裕のないと言われる状況で、公共料金、特に水道料金の値上げには慎重であるべきと考えています。議会でも私はできるだけ値上げをしたくないと答弁しました。「料金を上げずに赤字をどうするのか?」という質問に対しては、「知恵と工夫で解決できるのでは」と答えさせていただきました。W-PPPの実施にあたっては、管渠の整備などに国の補助金が充てられると聞いています。そうなれば、自治体の財政負担は軽くなります。W-PPPの活用によって、もしかしたら料金の値上げをしないで済むのではないか。そうしたことも視野に入れれば、前向きに取り組んでいけるはずです。
 先日、兵庫県と農水省との意見交換会があり、南但馬の代表として参加しました。農水省からはその際、W-PPPと同じような発想の事業を考えているとの発言がありました。たとえば揚水機や管渠、水門などの施設を小さな土地改良区で維持するのではなく、周辺のいくつかの土地改良区が一体になり、包括的に民間委託するようなイメージのようです。限られた予算で良い成果を出すためには、今後そういう方向に進まざるを得ないと考えています。

谷戸 今日は用意していたテーマ、すべてについてお話が聞けました。ありがとうございました。

(編集:㈱NJS 阿部悦子/下水道情報編集部)

【略歴】広瀬 栄(ひろせ・さかえ)氏
▶昭和22年11月2日生まれ。兵庫県養父市出身。昭和46年鳥取大学農学部卒。建設会社勤務後、昭和51年旧八鹿町役場入庁。商工労政課長、建設課長などを歴任。平成16年に旧養父郡4町が合併し養父市発足。都市整備部長、助役、副市長を務め、平成20年養父市長選に出馬し初当選。現在4期目。
▶在職中よりPPP手法を積極的に取り入れる。平成26年5月に国家戦略特区の指定を受け、農業をはじめ中山間地域の課題解決に向け、規制改革に取り組む。
▶趣味=読書、ウォーキング、釣り