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コンクリート防食規格の最新動向

下水道施設のコンクリートについて、昨年3月、日本下水道事業団はその防食技術マニュアルを改訂し(令和5年3月版)、これを受けて同年12月には下水道事業支援センターから『下水道コンクリート防食工事施工・品質管理の手引き(案)』(令和5年12月版)が刊行された。
劣化判定試験の新規格や、腐食環境に応じた工法の提案など、この最新2冊のポイントについて、日本コンクリート防食協会の宮入篤氏よりご寄稿いただいた。(2024.6)

1.はじめに

多くの下水道施設の老朽化が進む中、その対策には機能維持および耐用年数の長期保持、さらにはライフサイクルコスト(LCC)の低減につながるコンクリート構造物の長寿命化対策が有効となる。

かねてより下水道施設において硫化水素ガスの発生に起因する硫酸によるコンクリート構造物の劣化がクローズアップされてきた。これをコンクリート腐食と呼んでおり、時間の経過とともに腐食が進むことから、LCCの増大や下水管に起因する道路陥没などの重大事故を防ぐために、防食という腐食対策が進められてきた。

防食を施すことを被覆というが、被覆した層であっても、下水処理や汚泥処理の過程で、下水および汚泥中に存在する有機酸によってコンクリートが劣化することが判明してきた。有機酸とは、炭素が連なった有機物の酸のことで、酢酸などの種類がある。さらに、下水道施設のコンクリート構造物では、高濃度炭酸ガスや侵食性遊離炭酸による劣化などもあり、これらの劣化要因に対して近年有効となる知見が得られてきた。

このような経緯から、日本下水道事業団『下水道コンクリート構造物の腐食抑制技術及び防食技術マニュアル』(以下、JSマニュアル)および、JSマニュアルの具体的な解説や現場技術者の確認事項等を整理した下水道事業支援センター『下水道コンクリート防食工事施工・品質管理の手引き(案)』(以下、SBMC手引き)が改訂されたので以下にわかりやすく解説する。

なお、今回の改訂は、冊子-1JSマニュアルが令和5年3月版として、冊子-2SBMC手引きが令和5年12月版としてそれぞれ発刊されている。

2.有機酸によるコンクリート劣化と対策

建築構造物のビルピット(ビルから発生した汚水や雑排水を一時的に貯留する排水槽)内には、有機物含有量の多い排水(汚水)が貯留され、排水中の有機物が微生物により分解されることによって、主に有機酸(有機酸の一種である脂肪酸)が生成される。そして微生物の有機物分解によって高級脂肪酸から低級脂肪酸へ低分子化される。下水処理場においてもビルピットと同様な有機酸濃度・組成が想定され、特に、汚泥処理施設においては、最初沈殿池からの生汚泥や最終沈殿池からの余剰汚泥を受け入れ、貯留後に処理することから高濃度の有機酸が含有されている。この有機酸による防食被覆層では、写真-1のような劣化状況が発生する1)

このような有機酸劣化における対策として、JSマニュアルでは、耐有機酸性が求められる場合の品質規格として耐硫酸性の品質規格に加えて、酢酸水溶液濃度5%に浸した場合の外観試験(被覆の膨れ、割れ、軟化、溶出の有無)を確認する方法から、表-1のとおり耐硫酸性の品質規格に加えて、酢酸水溶液濃度10%による外観変化の確認およびバーコル硬さ試験による強度の試験を行うというより厳しい方法に改訂された。

(※)バーコル硬さ試験とは、JIS K7060:1995の「ガラス繊維強化プラスチックのバーコル硬さ試験方法」に規定しており、写真-2に示すように、硬度計を試験片に押付け指示ダイヤルの目盛りを読みとるものである。

(※)JSマニュアルでは、腐食・劣化環境として硫化水素ガスが高濃度の順にⅠ類からⅣ類に分類しており、表-2に示した汚泥処理施設においては汚泥中の有機酸が高濃度となる可能性があることから液相部を含めた耐有機酸性の規格を追加している。前述のⅠ類からⅣ類の環境分類に応じた防食の各工法による規格として、表-3のとおり耐酸性能の高い順にD種、C種、B種、A種の規格としていることに対して、耐有機酸性能は、D~A種という規格がなく、一律に表-1の規格としている。なお、モルタルライニング工法における耐有機酸性能は、使用材料の特性や施工実績等を確認のうえ、使用の可否を判断することとして、表-1の品質規格は該当しない。

また、JSマニュアルの改訂を受けて、SBMC手引きでは、具体的な解説を加えて改訂している。

3.炭酸によるコンクリート劣化と対策

下水処理場の反応タンク(下水と活性汚泥(微生物の集まった汚泥)を入れて空気と混ぜ合わせる槽)などにおいては、活性汚泥による有機物の分解により二酸化炭素が生成され、二酸化炭素は、コンクリート槽における気相部(液面より上部の部分)では炭酸ガス、液相部(液体の部分)では浸食性遊離炭酸の形態でコンクリートの劣化を進行させる。

反応タンクの気相部では、主に水中から放散された炭酸ガスがコンクリート内部へ侵入し、水酸化カルシウムなどのセメント水和物と反応し炭酸カルシウムが生成される。その過程で細孔(コンクリートの空隙)溶液中のpHが低下し、酸と水の供給が加わることにより、内部鉄筋の腐食が進行し、コンクリート表面のひび割れやかぶり部分の剥離、躯体耐力の低下にまで発展する。

反応タンクや最終沈殿池(活性汚泥をゆっくりと時間をかけて沈殿させ、上澄みを処理水として分離する)の液相部でも同様に、浸食性遊離炭酸(溶解している二酸化炭素のうち、コンクリート劣化を発生させる炭酸)がコンクリート内部へ侵入することにより、セメント水和物の溶出の進行と骨材の剥落等が発生する1)。炭酸による劣化の事例を写真-3に示す。

もっとも、JSにおける調査研究では、気相部、液相部ともに炭酸と中性化の進行度合いとの関係性が明確ではないとし、その原因としては、処理設備性能、流入水質、運転条件、コンクリート配合や使用しているセメントの種類等が想定されるとしている。例えば、図-1に示したA~Fの6処理場の反応タンクにおける液相部の浸食性遊離炭酸濃度に対する中性化速度係数の関係を見ても、明確な関連性が確認できないとしている。このようなことからJSマニュアルでは、調査項目・調査内容のみが示されている。

しかしSBMC手引きでは、写真-3のような炭酸によるコンクリート劣化の事例報告が増えてきていることや炭酸劣化に関する調査・研究文献等による知見が得られてきたことから炭酸劣化の対策をいくつか引用して解説している。

気相部では、反応タンク(疑似嫌気槽や無酸素槽と好気槽)における調査箇所で中性化深さが2.8~29.9mmと中性化の進行が確認されており、躯体内部の鉄筋まで炭酸イオンが侵入して、今後、鉄筋腐食にまで至る可能性があることが示唆されるとしている。この他、(※)鉄筋かぶり厚さ50mmとした条件において、供用開始後50年の時点で中性化深さが40mm以上の場合、要対策の必要性があるとして、JSマニュアルの防食A種の工法規格が示されている。さらに、他の考え方としては、JSマニュアルにおける塗布型ライニング工法の場合に防食A種またはB種の工法規格を検討することを提案している。

液相部では、浸食性遊離炭酸濃度は、疑似嫌気槽や無酸素槽と好気槽における調査箇所が、1~45mg-CO2/Lの範囲であり、中性化深さのほとんどの測定箇所で4.1mm~16.6mmと中性化の進行が確認された。この他、(※)鉄筋かぶり厚さ50mmとした条件において、供用開始後50年の時点で中性化深さが25mm以上の場合、要対策の必要性があるとして、JSマニュアルのB種の工法規格が示されている。

4.防食施工の専門技術者

防食被覆工事の施工管理には、所定の品質や性能を確保するために、その全工程を通じて適切な施工管理が行われ、各工程の品質が確保されることが求められ、受注者は専門技術者を選定し発注者の監督職員へ届け出することとしている。このため、専門技術者の要件としては通常、表-4に示した資格要件を求めている。この中で、防食被覆工法の施工管理経験を3年以上有することという要件以外に、

①施工者等を網羅するような法人団体(協会)等が行う資格試験に合格した者
②当該工事に使用する防食被覆材料の製造業者及び施工者団体によって使用材料の施工管理能力を有すると認定された者

を要件としている。JSマニュアルでは、表-4に示した①または②という要件であるが、SBMC手引きでは、①かつ②という双方の要件を提示している。このようにSBMC手引きが示した理由としては、②を、使用する防食被覆工法・材料において施工上及び取扱い上の注意点等を習得していることとして、その認定者をプライベートライセンスと呼んでいる。次に、(※)①をプライベートライセンス認定者であることに加えて、コンクリートの腐食環境条件、コンクリートの特性、施工環境条件、施工段階検査・完了検査項目・検査基準(合否判定)等、施工品質管理全般を習得しているものが該当するとして、この資格試験には(一社)日本コンクリート防食協会が行うコンクリート防食技士試験があるとしている。このため①と②の双方の資格を条件とすることが望ましいとしている。

.専門技術者の資格要件
1防食被覆工法の施工管理経験を3年以上有し、かつ施工者等を網羅するような法人団体(協会)等が行う資格試験に合格した者又は当該工事に使用する防食被覆材料の製造業者及び施工者団体によって使用材料の施工管理能力を有すると認定された者。
(表-4)専門技術者の資格要件(JSマニュアルの抜粋)

5.おわりに

今回のJSマニュアルおよびSBMC手引きの改訂により、下水および汚泥中に存在する有機酸の劣化対策については、一定の基準を示すことができている。また、有機酸劣化においては、下水道施設以外の建築構造物のビルピット等でも課題があることから、本基準類をベースとして対策の検討を日本コンクリート防食協会(日防協)において進めている状況にある。

下水道施設の反応タンクや最終沈殿池における高濃度炭酸ガスや侵食性遊離炭酸による劣化対策については、既往の調査・研究文献等を参考として考え方を示しているが、さらに調査・研究から知見を深めて有機酸の劣化対策における基準化までのレベルにまで押し上げていくことが必要であろう。

また、JSマニュアルおよびSBMC手引きの改訂内容、さらに防食技術資料を含めた説明会を今年7月3日(水)に日防協主催でオンライン講習会としてライブ配信開催を行っている。このライブ配信に参加できなかった方などのために、当日の配信録画を日防協HPに掲載している。詳しくは、日防協HPをご覧いただきたい。

引用文献:
1) 日本下水道事業団「有機酸・炭酸劣化対策による施設長寿命化(平成29年度~令和3年度)報告書」令和4年3月

(『上下水道情報』2024年7月掲載。一部改)

(※)改訂異同表(2024-9-17)
改訂(2024-9-17)
バーコル硬さ試験とは、写真-2に示すように、硬度計を試験片に押付け指示ダイヤルの目盛りを読みとるものである。バーコル硬さ試験とは、JIS K7060:1995の「ガラス繊維強化プラスチックのバーコル硬さ試験方法」に規定しており、写真-2に示すように、硬度計を試験片に押付け指示ダイヤルの目盛りを読みとるものである。
JSマニュアルでは、表-2のとおり腐食・劣化環境として硫化水素ガスが高濃度の順にⅠ類からⅣ類に分類しており、汚泥処理施設においては汚泥中の有機酸が高濃度となる可能性があることから液相部を含めた耐有機酸性の規格を求めている。前述のⅠ類からⅣ類の環境分類に応じた防食の各工法による規格として、表-3のとおり耐酸性能の高い順にD種、C種、B種、A種がある。なお、モルタルライニング工法においては、使用材料の特性や施工実績等を確認のうえ、使用の可否を判断することとして、表-1の品質規格はない。JSマニュアルでは、腐食・劣化環境として硫化水素ガスが高濃度の順にⅠ類からⅣ類に分類しており、表-2に示した汚泥処理施設においては汚泥中の有機酸が高濃度となる可能性があることから液相部を含めた耐有機酸性の規格を追加している。前述のⅠ類からⅣ類の環境分類に応じた防食の各工法による規格として、表-3のとおり耐酸性能の高い順にD種、C種、B種、A種の規格としていることに対して、耐有機酸性能は、D~A種という規格がなく、一律に表-1の規格としている。なお、モルタルライニング工法における耐有機酸性能は、使用材料の特性や施工実績等を確認のうえ、使用の可否を判断することとして、表-1の品質規格は該当しない
鉄筋かぶり厚さ50mmとした場合鉄筋かぶり厚さ50mmとした条件において
鉄筋かぶり厚さ50mmとした場合鉄筋かぶり厚さ50mmとした条件において
①をプライベートライセンス認定者であるうえに①をプライベートライセンス認定者であることに加えて

  • 【宮入篤】(みやいり・あつし)日本下水道事業団(JS)に30年強の期間で奉職し、下水道の計画、処理場の設計・施工管理、技術開発、設計基準類の作成等を担当。この間に本社、設計センター、各地の総合事務所などで勤務。2014年からJSを退職して(公財)日本下水道新技術機構を歴任。技術評価部で審査証明の業務に従事。2021年から(一社)日本コンクリート防食協会 特別顧問、勤務先:日本ジッコウ株式会社 技術顧問