コンセプト下水道 第1回~20回
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(40)第1940号 令和3年4月6日(火)発行 説明しても、市民に理解してもらえなかったというエピソードです。その流れで、「今になって考えると、私の説明に問題があったというよりは、私自身が信頼されていなかったから説明も信頼されなかったのではないか、と考えています」というような話をしたところ、先生や学生からも「全くその通りでは? 何かあなたが信頼される行動をとっていたのですか?」など、かなり突っ込まれるとともに、私の説明が理解されなかった理由をロジカルに教えていただきました。 のちに読んだ社会心理学関係の文献の中に、原子力発電所を建設する場合の市民からの信頼に関する記述を見つけました。「……政府や電力会社は、安全装置が何重にも装備されているなど精一杯に安全性を説明するが、住民は納得しない。なぜなら、住民には政府や電力会社の『意図』への不信があり、政府や電力会社は本当のことは知らせないだろうと考えているからである。(中略)政府は発電所の『能力』の問題だと考えているのに対して、住民は『意図』の問題と考えているから(中略)政府や発電所の安全性のPR活動では住民に効果がない……」。まさに、私の失敗の要因はこれでした。 ゼミの最後に、「市民科学の取り組みは、市民からの信頼感を得るためにとても有効であるし、市民の信頼を得ることが下水道事業にとって大切なことならば、『信頼学』を少し勉強してみてはどうか」と勧められました。これが私の信頼学との出会いです。社会心理学における「信頼」とは アドバイスを受けた私は、社会心理学の一分野である「信頼学」について様々な書籍や論文を調べてみました。それらの文献から共通すること、私のような専門外の者にも意味あると考えられる部分を私なりの理解でお話しします。 まず、「信頼する」についての定義そのものが、私たちが日常的に使う言葉の「信頼」と、社会心理学で一般的に定義されるものとは異なります。これを認識することが「信頼学」を学ぶ上で重要です。長ったらしく定義すると、「相手の裏切りにより自分が被害を受けるリスクがある(すなわち不確実性がある)状況において、これまでの相手の行動様式などを考えると、そんな意図は持たないだろうと判断できる状態」となります。第3種郵便物認可イラスト: 諸富里子(環境コンセプトデザイナー)コンセプト下水道【第20回】~「価値共有・共感」で市民の信頼を~社会心理学ゼミがきっかけ 今回は、私の専門ではありませんが、最近勉強している「信頼学」について思うところ、特に下水道経営との関係性について書いてみたいと思います。信頼学とは、信頼関係の「つくり方」、逆にそれを「失う行動」、さらには信頼感を「生む効果」を追究する学問です。「何をいまさら小学校の道徳の時間でもあるまいし、仙人か神父さんにでもなったのですか?」という声が聞こえてきそうですが、勉強すればするほど、この信頼学は今の下水道事業にとって必要なものではないかと考えるに至り、今回、その一端を紹介させていただくことにしました。 信頼学に興味を持ったきっかけは、実は市民科学です。市民科学とは、市民が能力や時間、エネルギーを使ってサイエンスにアプローチする取り組みのことで、この連載でも幾度も取り上げました。ある時、東京大学で社会心理学を教えている先生から突然のメールがあり、自分の心理学ゼミでぜひ「下水道の市民科学」について学生に話してほしいと依頼されました。私が市民科学について書いたり話したりしていること、水環境学会に共著の1人として提出した論文を検索して私を見つけたとのことでした。 そんな経緯で、オンライン上でしたが、心理学専攻の学生に向けて市民科学と下水道について講義することになりました。私は、横浜市の事例など、現在進めている市民科学の目的や全国事例について話しましたが、「下水道分野でここまで市民科学について実行されているのは知らなかった。世界的な事例ではないか」などの声がありました。そして、自由討議の中で、何気なく私が滋賀県に出向していた時の経験談に触れました。焼却炉を新設する際、排ガスの問題をシミュレーションや環境基準などの数値により何度もロジカルに下水道経営と信頼学加藤 裕之東京大学 工学系研究科 都市工学専攻下水道システムイノベーション研究室 特任准教授

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