コンセプト下水道 第1回~20回
42/63

第3種郵便物認可 ると空間が見えやすいので、人々との距離が近いと思います。昔は“おらが村の川”という意識が強く、子どもたちの遊ぶ姿もたくさん見られ、川を自分たちできれいにするとの責任感が強かったように思います。ところが行政がきちんと管理するようになると、安全のために河川の周囲にフェンスが設置されたり、気がついた時には河川も市民から遠い存在になり、文句を言われる対象となってしまい、ある意味、信頼関係が失われるような状況が長年続いていました。それが1997年の河川法の改正で、治水と利水に加えて、環境保全とそのための地域の人たちの参加が盛り込まれたため、地域の思いを反映できる仕組みが整えられ、行政と市民との信頼関係が戻ってきたと感じています。 下水道に関しても、市民との間に強い信頼関係を築くには、一般の人たちの考え方や価値の置きどころを理解するとともに、河川行政が変わったように何らかのきっかけがほしいなと思います。市民科学も、その小さなきっかけにはなると思うのですが。加藤 これまで下水道と市民のつながりは形式的な使用料のやり取り、すなわち、お金が中心でした。ただ、これは強みでもあり、例えば自分の税金で河川にお金を払っている感覚は市民にはないと思います。しかしながら、見えにくい、楽しみにくい、下水道に市民は関心がないという矛盾もありました。 下水道行政も、これから人口が減っていく中で事業をどう持続させていくか模索しています。官民連携など様々な施策がありますが、官にとっても、長期的なPPPを行う民にとっても、長期的に経営を安定させる礎として所有者であり使用者である市民からの信頼感を得ることはリスク管理の観点からも非常に重要だと考えており、その大きなきっかけに市民科学がなりうると信じています。 昨年訪問したフランスのある処理場では養蜂をしていましたが、その理由の1つとして、環境変化に敏感なハチを育てることは、自分たちが生態系を大切にする環境意識の高い「信頼できる組織」であると、投資者である市民に分かりやすく説明する意義もあると話されていました。ちなみにハチミツはお土産にいただきました(笑)。 市民科学は、広報にとどまらず、市民と共に学習し、政策に結びつけ、経営基盤の強化につながるものです。自治体職員も企業の方も、日々の業務の付加的なものではなく、本来業務としてやってもらいたいと考えています。そうなれば下水道の市民科学の普及がもっと進むのではないでしょうか。小堀 お金とモノだけでない信頼関係づくりをどうやったらできるのか、もう少し踏み込んで考えていただきたいですね。そうすればきっと、市民科学もその有用なアプローチの1つとして認識してもらえるのではないかと思います。加藤 はい。実は最近、社会心理学の先生と交流があり、「信頼」について少しずつ勉強を始めています。この連載でもいつか紹介したいと考えています。 ところで、以前先生に、ビストロ下水道と呼んで推進している農業利用についてお聞きしたら「まさに市民科学ですよ」と言ってくださいました。小堀 はい。立派な市民科学だと思います。加藤 そう考えると、ゼロから市民科学を始めるというよりも、「市民科学の視点」で、今やっている取り組みを分析してみることがまずは大事かなという気もしています。例えばビストロ下水道のプロジェクトも、研究の深化や環境教育、行政政策への還元といった観点から成果を再検証してみるなど。小堀 市民科学と聞いて敷居が高いと感じる方もいると思いますので、とても良い方法ですね。市民科学には4つの要素があるという話をしましたが、そのうち2つでも満たしていれば十分、市民科学と呼べるのではないかと個人的には考えています。加藤 最後に、半ば大学教員としての興味からなのですが、学生へのフィールド教育の重要性について先生のご見解を伺えませんでしょうか。小堀 大学教員として長らく教育にも携わってきましたが、私は基本的には現場主義で、学生には現場に行って肌で感じたことを大事にしてほしいと言ってきました。やはり現場を見ないで、頭でっかちになる教育は良くないと考え、以前は毎年、学生をつれて、100年を経過しても今なお鉱毒の影響が見える足尾銅山と、オーストラリア・ケインズにある世界最古の熱帯雨林に赴いていました。地域社会の崩壊をもたらした人間の行為と素晴らしい自然の両方を知ってもらい、学生の若い感性で何かを感じてもらう。こうした実践型の教育を心がけていますね。加藤 私はまだ新米で卒業生はいませんが、教育成果を出すことの難しさを日々実感しています。今日はいろいろと大変参考になりました。ありがとうございました。これからもご指導よろしくお願いします。また、久しぶりにお酒を飲みながら語り合いたいです(笑)。 第1929号 令和2年10月20日(火)発行(35)

元のページ  ../index.html#42

このブックを見る