コンセプト下水道 第1回~20回
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(34)第1929号 令和2年10月20日(火)発行 され、私も参加しました。学会には世界から500名が参加し、政策提言に関する発表やワークショップが増えたことに驚かされました。この背景には、市民科学で得られたデータをオープンデータとして社会に公開するだけでは不十分で、その成果を、課題解決を迫られている生物多様性の損失を削減するための愛知目標やSDGsの目標の達成、温暖化の緩和などの政策につなげていることが市民科学のミッションであるとの共通認識があると思われます。そのために、市民科学の成果を行政の施策に活かす具体的な提案をする。このような動きは、今後、社会的な要請としても一層大きくなってくるのではないかと考えています。加藤 それは興味深いです。市民科学が政策につながった具体的な事例を教えていただけますか。小堀 政策につながる例としては、国や行政サイドが主導して市民科学を政策に活かす“トップダウン型”と、市民が問題意識を持って自発的にデータを集め行政サイドに提案する“ボトムアップ型”の2つがあると思います。個人的にはこの2つのアプローチはどちらも大事だと考えています。 これから紹介するのは後者の例です。発端は、1993年にカナダと国境を接する米国メイン州にあるアーカディア国立公園の美しい海岸が病原性の細菌で汚染されていることを地元の高校生が見つけたことです。原因は流域の河川にあるのではないかと考えられましたが、汚染源を1つに特定できない非特定汚染源であることが予想され、行政だけでその原因を突き止めることはできませんでした。そこで多くの地域住民が協力し、流域全体を9つの地区に分け、1つ1つは小さなことでしたが、多様な調査を実施しました。調査項目には、汚染源になっている可能性のある糞便性大腸菌の数や栄養塩、堆積物、毒性物質、熱源などを選び、各項目のモニタリング調査を行いました。その結果、71ヵ所の汚染源を見出すことができたので、市民はその具体的な対応策を行政に提案しました。対応策は例えば汚水の排出流量の変更や土壌の流出防止などでしたが、しっかりとした科学的な裏付けがあったため、行政としてはそれらの対応策を飲まざるを得ない状況で、提案に基づき、実際に環境が改善され、国立公園のビーチも復活し、観光客も増えました。これは市民の人たちが立ち上がって行政を動かした“ボトムアップ型”の事例です。米国の例をあげましたが、日本国内でも様々なプロジェクトが動いており、実際に行政施策につながった例もあります。行政や企業への“信頼感”につなげる加藤 私が市民科学に関心を持ったきっかけは冒頭にお話したとおりで、市民科学を通じて下水道と市民を結びつけ、見えないものを「見える化」できないかと考えたことでした。 下水道は施設そのものも事業運営も、市民の税金と使用料で賄っています。ですから下水道施設は本来、市民のものであるわけです。官民連携(PPP)で事業主体である官と民の役割分担が議論されていますが、実は自治体も、市民のものを委託されて運営しているようなものなのです。そう考えると、市民に下水道がやっていることや価値をしっかりと理解していただく努力をすることは当然のことかと思いますし、人口減少が進む中で下水道経営を続けるには、所有者であり使用者である市民からどう信頼されるか、すなわち“信頼感”が大事になってくると考えています。これは自治体の責任だけではありません。コンセッションをはじめ民間企業が大きな役割を果たす官民連携方式が出てきていますが、自治体と同様、民間企業にも信頼感が求められますし、本来は信頼感の高い主体が事業の主人公になるべきと考えます。 自治体も、また、民間企業も、これまではどちらかというと市民に対して下水道のことを「教えてあげる」というスタンスでした。例えば下水処理場に人を集めてその仕組みを解説するなど、先生が生徒に授業をするような形が一般的でした。これはこれで、とても大切なことです。 しかし市民科学には、先生もお話されたように「協働」や「共創」の思想があります。自治体や研究者がリードするというのはベースとして変わらないのかもしれませんが、同じ方向や目的に向けて新たな発見を一緒にやっていこうというスタンスが強く感じられます。こうした考え方や行動の仕方が、市民が下水道事業に興味を持ってもらうことにつながると思いますし、それ以上に、下水道事業に従事している自治体職員や民間企業に対する信頼感を生む効果があるのではないかと期待しているところです。また、とりわけ下水道事業は公共政策ですから、先生の言われた政策まで提言するという点でも市民科学との親和性は高く、今後ますます重要なものになってくると思います。小堀 市民科学が行政や企業の信頼感につながるという話は、まさに理想ですね。本来あるべき姿と言った方がいいかもしれません。 確かに上水道の主な水源である河川は下水道に比べ 第3種郵便物認可

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