コンセプト下水道 第21~38回
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第3種郵便物認可 なので、例えば理屈と現場をつなげるようなことは得意ではありませんでした。ですから自戒の念も込めています。加藤 私も国交省勤務が長かったので世間から見れば頭でっかちの方だと思いますが、被災時に現場と本省でコンフリクトがある場合などは、イライラしないように「そもそも現場と本省は分かり合えないもの」と冷めて考えるようにしていました。先生がいかに現場の経験を重視されているかがよく分かった気がします。 現場の技術やノウハウを継承するための研究にも取り組まれているんですよね。吉澤 はい、「達人の技」伝承システムというのを構築できないかと考えています。甚大なダメージを受けた後にいかにそれを立て直すか。そこに「達人の技」が発揮されます。達人の技をSafety-Ⅱにおける「対処できる能力」と置き換えても構いません。例えば大雨による停電をいかに迅速に復旧したか、復旧にあたった熟練の技術者にヒアリングし、そのノウハウの獲得プロセスなどを整理しています。興味深いのが、一見無駄な道というか、遠回りのような経験がこの能力の獲得プロセスに強く結びついている傾向がある点です。 また、こうした「対処できる能力」に必要なものの中に、「土地勘」と「人事能力」の2つが含まれていることも分かってきました。土地勘は実際の地理的な知識もそうですが、プラントでいえばそれぞれの設備がどこにどのように配置されているかを把握していることも土地勘と言い換えてもよいかもしれません。人事能力は、端的に言えば部下の適材適所を見抜く力です。福島第一原発の所長の吉田はこれに長けていましたね。私の部下のことを私よりも詳しく知っていると思うことがよくありましたし、この人事能力が実際に事故対応に活かされていました。吉田が社員食堂などで部下に気さくに話しかける場面がよくありましたが、人に興味がない人に人事能力はつきませんよね。加藤 下水道界でも、成功事例の投稿や座談会はありますが、十分な分析と理論化まではできていません。 先生はSafety-Ⅱをテーマに研修も行われていると聞きました。吉澤 「防災ワクチン®」ワークショップのことですね。「薬」が人体に薬理作用を及ぼし、生体が持っている機能に影響を与えるのに対し、「ワクチン」は病原体に対して本来生体が有する免疫力を引き出し、病原体への抵抗力を高めさせるものです。これを災害対応に応用できないかという発想です。参加者に災害を疑似体験させて、対応力(免疫力に相当)を引っ張り出すのですが、コツは情報を与えすぎないことです。ワークショップでは1枚の写真と限られた情報のみを渡します。参加者には写真の背景にある物語に思いを馳せてもらうのですが、これができたときに目の色が変わりますし、涙ぐむ人も出てきます。ワクチンが効いた瞬間ですね。加藤 心理学的な要素も踏まえた興味深い研修ですね。情報や見やすいシナリオがあり過ぎると感性がにぶります。 先生は令和2年4月より長岡技術科学大学の客員教授を務められていますが、同時に東京電力にも籍を置かれています。電力事業者の立場として、いま関心のあるテーマは何でしょうか。吉澤 災害は、その未然防止と災害発生時の減災、そして復旧・復興といった3つのフェーズがあります。社会的なダメージを最小にするためには、これら全体の最適解を求めてゆく必要があります。最近は大雨等で電車が運休することがよくありますが、これは、予防措置をとることで、減災、復旧といった作業を容易にし、全体最適をめざしたものといえるでしょう。しかしながら、電力は、供給義務があるため、あらかじめ停電することが許容されていません。つまり、電気が止まるときは、電気の供給設備に何らかのトラブルが起きてしまったことを意味します。こうなると、復旧には多くの時間を要することにつながります。電車の事例とどちらが社会的に合理的な選択なのか、いろいろと考えてみる必要性を感じています。加藤 なるほど、設備をあらかじめ止めておいた方が復旧にはよいのですね。下水処理場の設備のBCPを考えるうえでも大いに参考になるお話しです。 電力と下水道という異なるインフラでありながら、共通する部分も多く感じました。本日は多岐にわたるお話しをありがとうございました。 第1998号 令和5年7月25日(火)発行(37)

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