安全の枠組安全実現の基本方針(36)第1998号 令和5年7月25日(火)発行 る」アプローチに加え、「上手くいっていることを多くする」視点が無ければここでの活動が見えてきません。この2つの視点が両輪となって、初めて社会が強くなるというのがSafety-Ⅱの概念です。加藤 私も大震災後にBCPをはじめとする様々な指針やマニュアルの策定にかかわりましたが、現場で発見した宝のような「大切な何か」が抜け落ちているような「もやもや感」がありました。それで、たまたま先生のSafety-Ⅱの概念をお聞きして足りないのは「これだ」と思ったんですよね。残念ながら気づいたのは国交省を退職してからでしたが。 福島第一原発事故におけるSafety-Ⅱ、すなわち人命にかかわるような最悪のシナリオを回避できた具体的なエピソードを教えていただけませんか。吉澤 現場で死傷者や負傷者が出たら事故対応どころではなくなりますが、地震が発生し、最初の津波が来るまでの約45分の間に、建物内にいた2000人を超える作業者の方がスムーズに避難できたのは1つの例です。残念ながら、避難した後、現場を確認しに戻った社員2名が津波で命を落としてしまいましたが、津波が来るまでに逃げ遅れた方はゼロで、初動の避難という意味ではとても大きかったと思います。原発は普段も施設の外に出るのに手続きが煩雑なのですが、ゲートの人間が機転を利かして早く出そうとしてくれたのが大きかったですね。 電気が使えなくなり、プラントの状態を示す計器が見えない状況になったときは、駐車場に停めてあった車両のバッテリーを集めてつなぎ、直流電源として活用しました。また、これは所長の吉田のアイデアでしたが、原子炉を冷却するための水が不足した際には、津波によって陸上にプールのように貯まっていた海水を消防車により注水しました。海水は腐食性が高いので、普段は絶対に冷却水として使うことはないのですが、現場の厳しい制約の中、何か使えるものはないかと考えた結果、たどり着いた方法でした。加藤 そのような対処能力を高めるにはどうすればよいのでしょうか。やはり経験を重ねるしかないのでしょうか。吉澤 経験は大切です。ただ、災害対応においては、これまでの大災害がそうであったように全く同じ状況を経験することはないでしょう。たとえ同じ災害が発生しても、社会環境も変化しており、同じ影響にはならなくなっているのです。そこで、これまでの経験をうまく組み合わせ、解決策を探ることが肝要になります。経験をうまくアルゴリズムにして形式知化し、その中から必要な要素を取り出し、組み合わせる。連立方程式を解くようなイメージでしょうか。加藤 連立方程式はとてもしっくり来るメタファーですね。数学のテストで、これまで解いたことがある問題と全く同じ問題が出てくることはまずありませんが、それでも過去に解いた似た問題や知識を組み合わせ、一定の条件のもとに推論して答えを導くことができます。災害対応もこれに近いと思いました。「土地勘」と「人事能力」加藤 毎回ゲストにお聞きしているのですが、仕事や研究を進めるうえで大切にしている言葉やモットーはありますか。吉澤 私は「知行合一」の精神を大切にしています。知識だけではなく、実践が伴わないといけない、知っていることと、やっていることが一致しなければならない、といったような意味ですが、これは昔から意識しています。私はどちらかというと頭でっかちの人間 安全の定義安全の目標システムの理解結果と原因ヒューマンファクターの考え方Erik Hollnagel; Safety-I and Safety-II, ASHGATE, 2014より作成「福島第一原子力発電所における冷温停止状態達成過程に着目した教訓導出」吉澤厚文、大場恭子、北村正晴、人間工学Vol.54, No.1, pp1-13,2018Safety-II安全は変化する条件下で成功する能力である。上手くいっていることを可能な限り多くすることである。結果は特定の構成要素や機能へと遡ることができない。結果は因果律では説明できず、発現(emergent)したものである。成功と失敗の原因は区別できない。人はシステムの柔軟性とレジリエンスの必要資源である。第3種郵便物認可Safety-ⅠとSafety-Ⅱの違いSafety-I安全は許容不可能なリスクから解放されていること(状態)である。上手くいかなかったことが可能な限り少ないことである。システムの挙動は理解でき、要素に分解可能である。結果は因果律により生じた帰結(resultant)である。成功と失敗の原因は区別できる。人はヒューマンエラーに代表される安全を脅かす危険要因である。
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