(38)第1985号 令和5年1月24日(火)発行 加藤 最後に、毎回ゲストに来てくださった方に聞いている質問ですが、姫野先生が大事にされているコンセプトや言葉をお教えください。姫野 「平地に乱(波瀾)を起こす」でしょうか。何か事を始めても、平地つまり何もないところでは誰も聞いてくれませんが、波瀾つまり何か起こると急に人はそのほうを向きます。そのときにアタフタしては駄目で、平時に絶えず準備しておき、打つべき手を打っていく。 加藤先生が始めたビストロ下水道といま盛り上がっている肥料化の関係もそれに近いと思っています。ビストロ下水道は感度の高い人には響きましたが、関係者全員が同じ感度を持っていないので、「下水汚泥は重金属が……」と言ったような30~40年前から変わらない議論を吹っかけてくる人たちも依然としていました。ところが今、ウクライナの情勢や円安を背景に肥料価格が高騰し、俄かに下水汚泥の肥料利用に注目が集まっています。加藤先生が取り組まれてきたことに日本中が注目しているわけです。言葉は悪いかもしれませんが、「ほら見たことか、だから前から言ってたでしょ!」うワードがありますが、その基本的な考え方が共有化されていない気がしています。大学の研究にも社会的な意義や普及効果が求められるわけですが、そうなると短期的に実現可能な研究ばかりにシフトしがちになります。その一方で、社会実装を全く意図しない趣味のような研究も問題です。このあたりの問題に若い研究者はジレンマを抱えている気がします。 例えば、大学はいろいろな花が咲く可能性のある種をつくっていくステップに集中し、あとはアウトソーシングすればよいというコンセプトも1つの考え方です。国交省のB-DASHプロジェクトや、産官学の“橋わたし”を行う日本下水道新技術機構も、このあたりの役割を担っているわけですが、一度、水関係の学会と官、そして産業界で、こうした役割分担と連携について統一的な基本方針を示すことにチャレンジしてみるべき時期かと思います。乱に備えて準備をという思いです。 波瀾が起こることにより、結果としてこれまで潜在化していた正しいことが顕在化する。肥料の話などは大きすぎて個人の力で乱を起こすことは難しいので、待つしかない部分もありますが、それでも来るべき日に備えて準備しておくことはできますし、それがとても重要なことだと思います。 二酸化炭素の有効利用の話も同様です。私が研究に取り組んだ20年前は、カーボンマイナスなんていう言葉もありませんでしたし、正直、この研究は100年後くらいに理解されるんだろうなと思いながらやっていました。そう考えると意外に早くその時が来たなという感じです(笑)。こうした経験から、方向が正しければ、今はくすぶっていても必ず日の目を見ると言うか、どんなことにも意味があるということを伝えたいですね。加藤 前向きなメッセージで締めてくださりました。経験にもとづく素晴らしいご助言です。 「引き寄せの法則」と言われることもありますが、先生のおっしゃるとおり、現在はメインテーマでなくても、社会的に正しく、必要になると考えられることは、ひたむきにやり続ければ、不思議と強力な味方が現れますし、追い風が吹きはじめます。 ビストロ下水道が課題としている食料問題は、世界的な人口増から「必ず起こる」と言われていました。誰も気がつかないような特別な課題に目をつけたわけではありません。まさに社会の王道の課題です。ただ、いつ、その風や波が業界に来るかがわからないだけです。だからこそ、姫野先生のおっしゃるとおり、一瞬のチャンスを逃さず風に乗るスキージャンパーのように、もしくは、サーファーがビッグウェイブに乗るためにスキルを高めておくように、準備をしておく心がけが重要なのですね。 事業化のために堅実に資本を貯えながら、乱を予測し学習し続ける。そして、適切なタイミングでバトンを渡せる仲間を組織の内外につくっておく。それが、将来を見通せない不測の時代の組織づくりの基本と思います。本日はありがとうございました。 第3種郵便物認可
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