(44)第2004号 令和5年11月14日(火)発行 第3種郵便物認可値最大を目的とする企業が運営するよりも自治体が行うべき、となるのは自然の流れです。政治の変化が水事業の風向きを変えた一因と言えます。水の再公営化の中心はフランスであり、パリ市はまさにこのタイプに当てはまる都市です。首長の政治方針が変わったことで、前述したように再公営化に切り替わり、その動きが国内外の他都市に伝搬していきました。上下水道事業が政治利用されたという見方もできるかもしれません。 この一方で、再公営化が進んだ背景として、いくつかの文献では、民の運営に問題があったと指摘しているものもあります。「運営が非効率で、料金が上がり、期待外れだった」という声や、「事業の中身が不透明」「政治家と民間の癒着」、さらには日本でも行われている自治体によるモニタリングについて「モニタリングのコスト(経営や法律の専門家への委託料含む)など自治体側の負担がかえって増えた」といった点が要因として指摘されています。個人的にはモニタリングほど高コストで自治体職員のやる気をなくすものはないと考えていたので納得しました。そして、重要な点はパリ市等のフランスの再公営化に政治は動いたものの、市民の後押しの動きが見られなかったことだと考えています(ベルリンの再公営化では、多くの市民の署名が政治を動かしたとされています)。「振り子」は同じ位置には二度と戻らない 次に、再公営化した自治体の効果についてお話しします。結論から言いますと、効果について分析した論文は非常に少なく、研究途上とされています。ただ、中には、再公営化した7ヵ所の都市を取り上げ、再公営化により「透明性が向上した」「料金が下がった」「市民の参加が促された」とポジティブな面を論じた文献もありました。この一方で、政治的に再公営化したことで、料金を上げることができないというジレンマに陥り、その結果、適切な改築や修繕が行えず、漏水率が上がったという報告もあります。あまり政治的に引っ張り過ぎると、現実との乖離が生まれるのかもしれません。上下水道事業は、ローカリティーと経済効率性の両立が大切であり、さらに政治であり、市民のものであり、民間会社にとっては職員と株主がいます。これらすべてを見ながら、多元連立方程式を解くようなものと言えます。もしや「解なし」ということもあり得るかもしれません。 また、事業主体は再公営化したものの、もともとの官のやり方に戻ったわけではないとも指摘されています。その例が、欧州と同様、水事業で再公営化の動きがあったアメリカです。民間が運営していた時代のノウハウを官がしっかりと吸収し、まさに民間が行っているのと実態として変わっていない。このことを、官を羊、民をオオカミに例えて「羊の服を着たオオカミだ」と揶揄されているとする文献もありました。このアメリカの例は、官は絶えず民のやり方を学び盗むべき、という教訓を示唆していると思います。 欧州等を中心に、官と民で「振り子」のように揺れ動く上下水道政策の歴史を見てきましたが、民から官、官から民のどちらの場合も、その前の時代を踏まえた、進化した民または官になっています。動き出した振り子は、元の方向に戻っていくことはあっても、同じ位置には二度と戻ることはありません。 再公営化のきっかけとして指摘された、料金アップや事業の不透明性、非効率性、そして癒着などの問題点は、考えて見れば決して民間特有の問題ではありません。官だから、民だから、という問題ではなく、どちらにも起こりうることが問題になるのだ、ということを認識しておくべきです。産業政策の強化と官側のモチベーション ウォーターPPPの下水道で100件、処理場数では5%くらいという目標に関しては、政策的に無茶な目標とは思っていません。ただ、プレイヤー側の民の体力がついてこられるかという懸念があります。自治体のPPP活用への財政的なモチベーションアップだけでなく、民民連携を含めた民間のためのさまざまな産業政策の強化が必要となるでしょう。 官側については、任せた自治体側の若手職員のモチベーションをどう維持していくか、これもチャレンジングな難題です。技術継承は出来てもモチベーションが上がるかは別の問題です。すべて民間に任せてモニタリングだけをしている自治体の上下水道部門で働きたいと考える学生が果たしているのでしょうか。何かスリリングな仕事や刺激、楽しみを官と民で共有していくような仕組みが必要です。 ウォーターPPPをきっかけに、官民連携の長期的なステージに入る日本。大都市から中小都市まで、その受け止め方はさまざまですし、使い方もさまざまになるはずです。官か民かという二項対立の議論に翻弄されることなく、PPPとのつきあい方を考えること。お酒でたとえると、二日酔いにならず、円滑なコミュニケーションのための心と体に良い酒の飲み方、早くそれを学ぶことが肝要と考えています。
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