下水道の散歩道 第34-63回
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下水道の散歩道1.バイオ技術の動向と我が国の動き……いま、なぜ「BX」か[第58回](34)第1982号 令和4年11月29日(火)発行 BX(バイオ・トランスフォーメーション)が下水道を変える ―ゲノム解析・ゲノム編集・合成生物学の進化により、バイオ技術は新たなステージに入った――バイオリファイナリー・水処理汚泥処理のパラダイムシフト・微生物燃料電池・下水サーベイランスに注目―㈱NJS エグゼクティブ・アドバイザー(常任特別顧問) 第3種郵便物認可(一社)日本下水サーベイランス協会 副会長谷戸 善彦イラスト:PIXTA成生物学」の発展です。この三つの技術のここ数年の画期的進展により、バイオ技術は新たなステージに入りました。 いま、BXが注目される背景には、一昨年から今年にかけての、次の二つの社会の劇的な動き(外的社会要因)があります。 一つは、2020年10月の菅前総理大臣による「脱炭素宣言」、すなわち、2050年に日本はカーボンニュートラルを達成するという公約です。カーボンニュートラル達成のためには、BXは、必須の前提条件となるでしょう。カーボンニュートラルの絶対達成のためには、将来的にはコストを意識しコスト低減を図るとしても、当座はコストよりCO2削減重視との方向となりました。 もう一つは、新型コロナウイルスの出現です。新型コロナウイルス対策のワクチンとして、素早く実用化、供給された「バイオ技術を使った遺伝子ワクチンであるmRNAワクチン(メッセンジャーRNAワクチン)」の有効性の立証です。新型コロナウイルス感染症対策として開発されたファイザー製薬のBNT162b2やモデルナのmRNA-1273が緊急使用承認によりバイオ技術を使ったmRNAワクチンとして、初めて実用化され、これまで実績のなかったmRNAワクチンの有効性が実証され、バイオ技術の素晴らしさが証明されました。 日本政府は、比較的早く、20世紀末より、「バイオ技術(バイオテクノロジー)」に注目し、政府とし 「第五次産業革命は、バイオからやってくる」と言われています。 18世紀後半の石炭の利用と工業への機械の導入による第一次産業革命、19世紀後半の石油・電力による重工業の発展の第二次産業革命、1970年代のコンピュータとデジタルテクノロジーの普及による第三次産業革命、現在進行しているAI・IoT・ビッグデータによる第四次産業革命の次は何か。ゲノム編集等のバイオ技術とデータサイエンスの融合によるバイオエコノミー(バイオマスやバイオ技術を活用し、持続可能な形で経済成長を目指す社会のこと)が第五次産業革命の担い手と目されています。 この第五次産業革命の担い手となるバイオ技術による社会の変化、即ちBX(バイオ・トランスフォーメーション)は、次の三点の革新的技術により実現が可能となりました。 第一に、誰もが簡単に素早く生物・微生物等を特定できる「次世代シーケンサー」の普及等による「ゲノム解析」の進化、第二に、2020年ノーベル化学賞を受賞したダウドナ、シャルパンティエ両氏の開発による効率的で簡易なゲノム編集技術「クリスパー・キャス9(ナイン)」に代表される「ゲノム編集」の画期的な進展、第三に、ゲノム編集を自由に駆使して新たなタンパク質等新物質を作る「合てのバイオ戦略を立案してきました。その後、体系的なバイオ戦略の立案がなされていませんでしたが、3年前の2019年に、11年ぶりに「バイオ戦略2019」を策定し、2019年6月に政府の「統合イノベーション戦略推進会議」で機関決定されました。その中では、2030年に世界最先端のバイオエコノミー社会を実現する目標が立てられ、「バイオファースト発想」がうたわれました。2030年時点での総額92兆円のバイオ産業市場規模を見込んで、内外からの投資を見込み、国内の技術開発を強く進めるとしています。その後、具体的な課題・テーマを列挙した「基盤的施策」「市場領域施策」が作成され、「バイオ戦略フォローアップ(2021年6月)」を経て、「第6期科学技術・イノベーション基本計画(2021年3月閣議決定)」の下で、実行段階に移っています。 「市場領域施策」は、詳細に課題・テーマ等が列挙されており、下水道インフラ関連においては、9本柱の一つの「有機廃棄物・有機排水処理」の項で、「バイオプロセス排水処理の最適化技術の創製」等が挙げられ、「世界に誇る我が国の廃棄物処理・リサイクル・排水処理の経験・ノウハウを生かして、堆肥化や化学品化等の高付加価値を有する物質・素材等への転換を図るバイオを活用した資源循環システムの構築等により、市場を獲得・拡大する」と記述されています。「バイオ戦略フォローアップ」の「戦略の全体像」の中でも、「廃棄物・排水を単純処理により浄化するという既成概念を超え、付加価値を有する物質・素材への転換を図る循環型社会システムの開発に挑戦する」と述べられています。 最近では、2022年4月に、「バイオ戦略有識者会議」から、「新しい資本主義に向けたバイオ戦略の推進に関する提言」が発出されています。その内容も踏まえ、岸田内閣における「我が国のバイオ戦略」の柱は、次の三点となっています。①バイオエコノミーの重視、

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