下水道の散歩道 第1-33回
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イラスト:PIXTA集は、適用に距離があります。しかし、下水道分野においては、「ゲノム編集技術の画期的進化」は、生産性向上・省コスト化に大きな効果を発揮する可能性があります。 遺伝子レベルで生物・微生物の働きを制御・改変する技術は、従来から存在しましたが、効率性が悪く、コストは非常に高く、安全性も疑問で、停滞が続いていました。それを打破したのが、2012年に米仏の女性研究者ダウドナ教授とシャルパンティエ博士が発明した「クリスパーキャス9(略してクリスパーともいう)」という画期的技術です。数年以内のノーベル医学・生理学賞は確実と言われています(注.第一号発明者がだれか、特許を巡って彼女らと米ブロード研究所のチャン博士の間で激しい係争中です)。従来の技術と比べ、極めて短い時間で、安全にかつ正確にゲノム編集(遺伝子の切り貼り)ができます。3週間ほど訓練すれば、高校生でも、編集ができると言われているくらい、簡単な操作でゲノム編集ができる画期的技術です。このクリスパーの発明で、遺伝子操作が大きく変わることになると考えられています(注.ゲノムとはDNAの中の遺伝子を含むすべての情報のことです)。 下水道インフラの分野では、遺伝子操作で、反応槽内の活性汚泥の生物・微生物をその処理施設ごとに最適効率となるものに改変す下水道インフラへの適用-下水道の散歩道株式会社NJS 取締役技師長 開発本部長[第5回](34)第1862号 平成30年2月27日(火)発行 第3種郵便物認可 平成30年度政府予算案の重要な柱は、「生産性革命」と「財政健全化」です。下水道インフラにおいても、「生産性向上」と「省コスト化」、この2点が現下における最大の課題でしょう。この課題に技術面から挑戦するとき、必要なアウトプットは、「イノベーション」です。求められるのは、単位当たりのエネルギーやコストが10分の1といった効率性のオーダーが一桁も二桁も変わる画期的技術です。私は、現在、これを満たす可能性のあるフロンティア技術は、「AI(人工知能)」と「ゲノム編集技術(思い通りに標的遺伝子を改変する技術)」だと考えています。いずれの技術も、下水道界を大きく変える可能性があります。 AI・IoT等のICTについては、下水道の散歩道の第2回で述べました。国も、1月23日に公募を始めた平成30年度B-DASHプロジェクトの新規テーマに「ICTを活用した効率的な下水道施設管理に関する技術・効率的管路マネジメント技術」、「AIによる水処理の省力化・自動化技術」を掲げました。一方、「ゲノム編集技術」は、まだ、下水道界では、注目されていません。しかし、下水道インフラのコア技術は、生物処理・微生物主導です。社会インフラの中でも、極めて特殊な特性を有しています。道路・ダム・港湾・砂防等、他の社会インフラの分野ではゲノム編る可能性があります。ビッグデータをAIで解析してAIとゲノム編集の両者の組み合わせで、一桁オーダーの違う処理効率・運転コストを実現できるかもしれません。反応槽内は毎日流入水質が変化し、微生物層が複雑なため、一朝一夕には、開発が困難かもしれませんが、汚泥消化槽や窒素除去等の高度処理槽では、開発が容易でしょう。京都大学の田中宏明教授と先日お話した際、田中教授は、「反応速度の遅い汚泥消化槽等は有効ではないか。また、ゲノム編集コストが安くなったと言ってもある程度コストがかかるとすれば、資源を創出する部分、汚泥消化ガス発電等に係る消化細菌等の活動効率化に遺伝子操作を適用すればよいのではないか」との意見でした。 私は、また、数年前より注目されている「微生物燃料電池」内の微生物へのゲノム編集適用も、有効と考えています。微生物燃料電池は、数年前から、発電効率がかなり向上し、将来は有望なエネルギー生産技術の一つになるのではと言われています。当初、発電に適した微生物を反応槽に使った場合、水処理能力が3分の1と非効率になると言われていましたが、それもかなり改善されています。そのなかで、ゲノム編集を活用すれば、極めて効率的で省コストの微生物燃料電池システムが成立するかもしれません。 ゲノム編集技術の下水道インフラへの適用はまだこれからの分野です。しかし、大きく化けるかもしれない興味深い領域です。我が国が水メジャーに対抗して、世界において大きな存在感を示すためにも、ゲノム編集について、民学官それぞれの分野での研究と実用化へ向けた戦略的な取り組みが望まれます。ゲノム編集と下水道インフラ-画期的なゲノム編集技術「クリスパー」の谷戸 善彦

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