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認められた背景には、周辺自治体の首長が連名で出したものも含め、2014年だけで3通にのぼった要望書が功を奏したとも言われている。 一方、同じく堤防が決壊した上三坂地区の住民訴訟の主張「堤防が低かったのに国が改修を後回しにした」に対し、阿部裁判長は「他の治水の安全度の低い堤防から優先的に整備する『鬼怒川の改修計画』が格別不合理とは言えない、また国が用いた治水安全度の評価方法も一定の合理性がある」と述べ、住民側の訴えを退けた。住民側の一部は水戸地裁の判決を不服として、同日東京高裁に控訴した。2)判決主文(判決要旨)に記載された治水に関する専門用語 文系の裁判官にとり、水利工学や治水用語の理解は難しく、今後の裁判では、いかに裁判官に理解されるように、訴状を作るのが大きな課題とも考えられる。今回の判決主文では、以下のような専門用語が使われた。◦ 越水による川裏側(かわうらがわ)での洗堀◦ 越水前の浸透によるパイピング現象◦ 治水安全度のスライドダウン流下能力◦スライドダウン堤防高の評価◦ 河川水による裏法(うらのり)すべり◦ 治水安全度の年超過確立1/10、1/30の判断2.海外における水害補償の現状 日本国内では、水害の発生頻度を減少させるために、治水策として主にダムや堤防の整備に重点が置かれてきて、一定の成果があった。しかしながら、治水の安全度の低い氾濫原(地価が安い)での都市化の進展や異常気象の頻発で、第3種郵便物認可 これまでの治水では対応できない事例が多くなっている。治水に関しハード面だけではなくソフト面での対応も迫られている。では、今回の鬼怒川訴訟にみられる水害補償に対し、海外では、どのような洪水保険制度をとっているのか、概要を述べてみたい。 我が国における洪水保険制度は①洪水の発生頻度が予測できない、②大規模洪水被害時には巨大な損害が発生する、③危険な地域の人だけが加入し、その金額が高額となる、などの理由で成立が困難と言われている。現在、日本国内では民間の火災保険で浸水被害の補償(地盤面から45cm以上の建物、家財道具への浸水被害対象)を行っているのみである。しかしながら海外事例では、米国のように洪水保険制度を有している国もあれば、フランスのように自然災害全般を対象とした保険制度を有している国、カナダのように、洪水時の国の補償金額の算定基準まで法定化している国もある。1)米国の洪水保険制度 国が法制化した国営の洪水保険制度(1968年施行)がある。土地利用の規制と密接に関連しており、洪水危険区域の居住を制限することで、洪水被害額の減少を図っている。連邦政府と民間保険業界が共同で運営する形態が多く、仮に民間保険会社に、その保険料収入を上回る保険金請求があった場合、例えば大規模災害時には連邦保険局(FIA)による補填措置がなされる。基本的に任意保険であるが、仮に氾濫区域内に住宅や建物を建設する際には、洪水保険の加入が義務付けられている。2)フランスの洪水保険制度 フランスでは国が法制化した自然災害保険制度(1982年公布)が 第1975号 令和4年8月23日(火)発行(39)存在する。洪水、干ばつ、地震、津波、高潮、雪崩などが対象になっている。政府の責任は災害予防と建築制限である。運営は国有・民間を問わずすべての保険会社で行っている。国の役割は、①補償する自然災害の定義、②保険料率や免責額の決定、③中央再保険公庫(CCR)を通じた再保険の担保保証、などである。任意保険であるが、物件や地域に限らず保険料率は一定であり、ほぼ全世帯が加入している。3)イギリスの洪水保険制度 イギリスでは民間保険会社の住宅保険の基本条項に洪水補償が組み込まれており、洪水リスクの高い契約では国と英国保険協会との合意文章「政府が洪水リスク低減対策と土地利用制限を実施する条件で、保険会社が補償する」を交わしている。洪水保険で民間会社のファンドに損失が生じる場合には、政府から借り入れが可能となっている。 このように、いずれの国においても、洪水対策や洪水リスク情報の提供は国の責務であり、かつ土地利用の規制が存在している。想定外の補償措置については官民連携体制となっている。さいごに 今回の鬼怒川水害訴訟では、水害が発生してから7年目に水戸地裁の判決が出たが、東京高裁、さらに最高裁まで続く長い道のりが予想される。8月10日に発足した第二次岸田改造内閣でも、防災・減災、国土強靭化対策を集中的に実施する意向が示されている。頻発する自然災害、特に洪水対策についてハード面のみならずソフト面から「国民の命を守る」スピーディな施策実行に期待したい。

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