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SEW1.モーゼ計画とは イタリア政府が主導して立ち上げたのがモーゼ計画である。本来の意味は「電気機械式実験モジュール」(Modulo Sperimentale Elettromeccanico)で頭文字をとりMOSEと命名、また旧約聖書の「海を割り海底に道を作り、対岸に渡った預言者モーゼ」の名にちなんでいる。計画目標は、①高潮による浸水防止、②海岸の浸食問題解決、③ラグーン内の水質汚染問題の解消、である。1)ヴェネチアの歴史 ヴェネチアは、紀元6世紀にローマ帝国が衰退し、ゲルマン民族が南下し、このゲルマン侵略を逃れるために住民が陸上から水上へ避難し、ラグーン内の島々に住んだことに始まると言われている。干潟は外敵から身を守る最大の砦であった。湿地ラグーンに木杭を打ち込み、その上に石を積み重ね水上都市を作り上げた。あまりに多くの木杭を打ち込んだために、仮にヴェネチアをひっくり返すグローバル・ウォーター・ナビ 世界的な観光地・イタリアのヴェネチアは水没の危機に直面している。観光名所として有名なサンマルコ広場は今年も浸水被害が頻繁に報告されている。ヴェネチアは複数の島で構成されているが、本島の人口は約6万人、それに対し観光客は年間4千万人を超え、その観光収入額は約1兆2千億円と言われ、イタリア全土を訪れる観光客の約半数がヴェネチアを訪れている。 その本島が深刻な問題に直面している。1966年ヴェネチアは史上最悪の洪水(海抜194cm)に直面し、ほぼ都市全体が水没。総合的な解決をするために、イタリア政府はアドリア海とヴェネチア・ラグーンを結ぶ3水路にフラップゲート式可動堰を設置する「モーゼ計画」を立案し、特別法を制定。総工費約3千億円で2003年に建設を開始し、8年後(2011年)には完成予定であったが、未だに完成していない。最終的に総工費は約2倍以上の約7千億円とも予想され、計画全体の完成は2021年末とみられている。その間、2019年には再び高水位に直面し、有名なサンマルコ広場が頻繁に水没している。遅延しているモーゼ計画とその背景について述べてみたい。(36)第1925号 令和2年8月25日(火)発行 ▲ヴェネチア・ラグーナと水路(出所:Googleマップ)と森ができるとも評された都市造りであった。 その後、アドリア海の付け根という地理的な優位により海洋国家の地位を確立し、東地中海貿易で発展、大航海時代の最盛期(14~16世紀)は東洋と西洋を結ぶ重要都市として栄えた。1866年にイタリア王国に編入、1987年観光都市として世界文化遺産に登録され、現在に至っている。2)都市部浸水の要因 季節と年代にもよるが、以下の3項目による複合災害とも言われている。①大潮と気圧変化 初冬の季節風、シロッコと呼ばれアドリア海からヴェネチア・ラグーンに吹き寄せる風による大潮(アクアアルタと呼ばれている)の襲来。②地球温暖化による海面上昇 これは世界共通の状況であり、年々激しさを増している。③地下水くみ上げで地盤沈下 古い地層には宙水(レンズ状の地下水)が存在し、過剰汲み上げによる地盤沈下をもたらしている。1900年比で25cm沈下。 頻発する浸水被害を防ぐために、当然、岸壁や護岸、道路のかさ上第3種郵便物認可水没都市ヴェネチアを救え、モーゼ計画吉村 和就[グローバルウォータ・ジャパン代表 国連環境アドバイザー]63

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