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SEWグローバル・ウォーター・ナビ 昨年12月、中村哲医師がアフガニスタン(以下アフガンと略す)で凶弾に倒れた報に接し、世界中の人々が哀悼の意を表した。 国際機関やNGO/NPOのグループでは中村医師の活躍は良く知られていたが、今回の事件を契機にNHKをはじめ多くのマスコミで報道され日本国民に知られるようになった。筆者は国連主催のNGO/NPOのサイドイベントで中村医師の講演を拝聴したことがあるが、「100の診療所より1本の用水路を」「命の水をいかに確保するか」の言葉に感激した。筆者は昨年12月4日テレビ朝日のネットテレビAbema Prime News(若者向け無料テレビ)に生出演し解説した。中村医師の功績と、あまり知られていないアフガンの水環境問題について述べてみたい。1.中村哲医師の功績 中村医師のアフガンでの活動を振り返ってみよう。◦ 1989年、アフガンの山岳地帯で診療に取り組む◦ 2000年 アフガン全土で干ばつが深刻化。中村医師は「命の水」の確保を目指し、飲料水用井戸1600本、灌漑用井戸13本、地下水路38ヵ所を修復再生◦ 2001年 医療活動とともに、水▲アフガニスタン地図(38)第1909号 令和2年1月14日(火)発行 資源確保の事業を開始◦ 2003年 用水路建設に着手、戦乱と干ばつで荒れ果てた農村に水を供給、その結果、農地1万6500haをよみがえらせ、65万人の農民の命を救った1)用水路建設……緑の大地計画 中村医師は多くの井戸を再生し飲料水は確保したが、農業用水には足りない。そして灌漑用水路の建設に乗り出した。しかし現地には財源もなく、技術者もいない。ここで近代的な土木工法を採用しても画餅に終わる。中村医師はふるさと福岡県の朝倉市の山田堰(やまだぜき)から伝統的な治水技術を学んだ。 山田堰は江戸時代の土木工事の知恵で、機材がなくとも現地の大小の石を水流に対し斜めに敷き詰めることで川の勢いを抑えつつ用水路に水を導くもので、川上の水流に対し約20度の傾斜を持つ堤防の建設であった。中村医師は7年がかりでクナール川の雪解け水を導水し、全長約25kmの灌漑用水路を完成させ、砂漠が緑に変わった。その用水路の護岸には日本が世界に誇れる伝統的な蛇篭工法(円筒形の金網に砕石を詰めたもの、砕石についた微生物により水質浄化も期待できる)を多用した。 マルワリード用水路をはじめ中村医師が手掛けた用水路の工事や修復は9ヵ所、国内3州にまたがった用水路はアフガン65万人の人々の命を支えた。この用水路建設によって潤った田畑の総面積は1万6500haに達した。中村医師は、この用水路建設のノウハウを全土に広げるために、若者向けに用水路建設を学べる職業訓練校を設立し、そこで学んだ若者は千人を超えている。2)活動資金はどこから 中村医師を扱った報道やドキュメンタリー番組では、あまり触れられないが、彼を支えた資金はどこから来たのか。中村医師の属するペシャワール会に寄せられた寄付金と約1万3千人の会費、中村医師も灌漑事業のかたわら各国への支援要請や講演会活動などで、活動資金集めに奔走してきた。日本政府も国際協力機構(JICA)を通じ、2010年から中村医師が代表を務めるPMS(平和医療団)に資第3種郵便物認可中村哲医師とアフガニスタンの水環境問題吉村 和就[グローバルウォータ・ジャパン代表 国連環境アドバイザー]56

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